第43唱 交渉事は相手を知った者が勝つ
ガット・ネロマスクに変身したトオルは暴れまわるアトラクションを相手に奮闘した。
「もうっ!! 薫さんもアトラクションを操る敵もどこにいるのか分からないし、これじゃぁ八方塞がりだよ!!」
しかし、いかせん相手の数が多すぎる。たいていは一撃でどうにかなる相手ではあるけれど、トオルの体は一つしかない。園内で襲われている人達を助けるには数が足りないのだ。 ガット・ネロマスクに複数遠距離攻撃が欲しいぐらいではあるけれど、あいにく殴る、蹴る以外の攻撃手段を持っていない。
『トオル!! こういう時は精神を集中させ、相手の魔力を感知するんだ! これだけの数のおもちゃを操っているから、相手はそれだけ強大な魔力を使っているはずだ』
トオルは静かに頷き、遊園地で高めの時計台の上に立つ。時計台は目の錯覚を利用して高く見せているのだろうか、立ってみると意外に先細りしていて高度も思いの他低かった。
ちょっとがっかりした感もあったけど、トオルは目を閉じ、深く息を吐き、遊園地全体にまで意識を広げる。
魔法は何度も使っているけれど、彼は初めて魔力という気配を感じ取った。
それはろうそくの火のようにちらちらと揺らめくように微かなもののように感じたけれど、きっとこれがそうなのだと本能的に悟った。
トオルは目を見開く。
『トオル! 敵の居場所は分かったか!?』
トオルは口を開く。
「…………分かるわけがないじゃん!! 四方八方からそれらしき物を感じてるんだよ!? どこに居るんだかさっぱりだよ!!」
『……あっちこっちでおもちゃが操られているから、魔力の気配が散らばっているんだな。しかしだ、その操られているおもちゃの魔力の元を辿れば大本に探る事ができるはずだ。トオル、やってみろ!』
トオルは再び意識をクリアにして、魔力を探る……けどすぐに挫折した。
「……無理。トールがやってよ」
『自分に出来たら誰がお前なんかにやらせるか! こういう細かい作業は苦手なんだよ!』
「もう、トールったら自分も出来ない癖に、人にばっか押し付けて!!」
『あぁぁん!? 俺が懇切丁寧に教授してやってんのに、なんだ、その言い草は!! だいたい、俺の力が制限されていなかったらこんな雑魚なんてすぐ蹴り散らしてやるし、とっくに自分の世界に帰ってるぞ!』
「そんな、だいたい……」
トオルがまくしたてようとすると、エントランスゲートの方向から大きな音が響いてきた。
「『なんだ!?』」
音の源へ視線を向けると、建物の一部が崩れていて、逃げていた沢山の人達が怯えて佇んでいた。その人ごみの中に……
「あ、安奈!!」『あの女!!』
彼女が巻き込まれていた!!
◆◇◆◇
安奈と黄麻は、我先にと逃げる人達に押しつぶされそうになるも、遊園地のエントランスゲートへ向けて走った。どんな逃げ方をしたのか、お土産屋さんのショーウィンドウが割れ、あっちこっちで子供の泣き声がする。中国のデモ活動なんて可愛いぐらいだ。
「安奈、まだ走れるか?」
「はぁ……はぁ……。ま、まだだいじょ……ぶ……」
安奈は息苦しさを押し殺しながらも走る。ずいぶんと走ったが、シアターはエントランスゲートと真反対にあったため、そして暴れるヌイグルミやおもちゃを避けるように走ったため、まだもう半分の距離を残している。
「よし、もうひとっ走り行くよ、安奈」
「うん」
私たちがまた走り出そうとした時だった。
何か大きな物が動いたような音と振動が響きわたった後、周りからの悲鳴が二人の耳を刺す。
「あ、あれは……」
二メートル近くもある大きなピート君の飾りが動き出したのだ。その艶やかで真っ黒なボディは近くにある建物を破壊する。
「きゃっ!!」
建物の壁からコンクリートがはがれ、上からパラパラと崩れ落ちる。幸いにもみんな逃げ出したから大きな塊は当たらなかったけれど、小石大の瓦礫から頭をかばわなければならなかった。
しかし、そんな事で足止めをされている余裕はない。ピート君の巨大モニュメントが高らかに鳴き声を上げるようなしぐさを見せた後、私たちに向かって前足を振り下ろしてきた。
「安奈、逃げるぞ!!」
黄麻に手をひかれて安奈は走りだすけれど、人々が混乱していて思うように走れない。もうピート君の前足はすぐそこまで迫っている。
『安奈!! 右前に走り込むのよ!!』
安奈は黄麻の手を引き、アンの言う通りの方向へ確認もせずに走り込んだ。ちょうど人ごみが途切れていて、その先に建物の間の細い路地があった。
「はぁ、はぁ……、黄麻、大じょ……」
安奈は黄麻を振り返ると、恐ろしい光景が目に飛び込んできた。ピート君のモニュメントが二人の隣にある建物を崩そうとしている。
安奈は真上から降り注ぐ瓦礫に対して体が固まってしまった。
「安奈!!」
黄麻に抱えられるというよりも、一緒に転げまわるように飛び出す。すぐ後ろで瓦礫の落下音が聞こえてきた。安奈が慌てて起きあがると、真後ろを振り返るとピート君のモニュメントが私たちに向かって前足を振り上げた。どうやら、私たちに狙いが付けられたようだ。
安奈がもうだめだと思い、目をぎゅっと閉じてしまった時だった。
「そこの人達!! どきなさい!!」
少女のような甲高い声が聞こえたと思った時、何かが転がる音が大きくなってくる。
「ピングル~ッ!! ストライク!!」
何かが勢い良くピート君のモニュメントに衝突し、ピート君を真っ二つに追って横に吹き飛ばした。
「た、助かったの?」
安奈は自分を助けてくれた存在を見つめる。
たぶん彼女と同じぐらいの年頃の少女だと思う。なぜ疑問形なのかと言えば、彼女はピート君を模した上下一体となったキャラクターの服を身にまとい、フードを目深にかぶっている。そうとう顔を見られたくないのだろうか、フードの下はピート君の仮面という徹底ぶりだ。
「意外とちゃっちぃ作りなのね、これ」
彼女の前にはピート君のモニュメントは後ろ脚と分離されており、その断面は厚さ1,2センチのプラスチックのようなもので中は空洞だった。
そして、謎の少女がそのピート君を破壊するのに使ったのが……。
「ポップコーンの屋台?」
謎の少女は両手でポップコーンの屋台に手をあてていた。その一撃の凄まじさを物語るかのように、割れた屋台のガラスからポップコーンが散らばっている。この匂いと色からしてキャラメル味だと思われる。
安奈が茫然とその少女を見つめていると、彼女はこちらを振り向いてきた。
「お二人さん、大丈夫のようね。早く逃げたほうがいいわよ」
彼女は周りで茫然としている人達に向かって「しっしっ!」と手を振り、逃げるように促す。ニタニタと笑うピート君のお面が不気味に見えるけれど、彼女は私たちの味方らしい。
「あ、あなたは……、クロネコ仮面の仲間なの?」
「うーん……、名乗る必要性は感じないけど、まぁノリって奴? 私は呼ばれればやって来る、魔法少女ピングル。私を召喚すると高くつくわよっ……ふげっ!?」
魔法少女ピングルはこちらを指差してポーズをとるけど、どこからともなくゴムボールが飛んできて彼女の頭に激突してきたせいで決まらなかった。
「あー、もう!! あなた達も早く逃げなさい。怪我でもされたら面倒なのよ」
イラついたような魔法少女ピングルに従って逃げようとして安奈はふと足を止める。
「あ、あの! クロネコ仮面にも頼んだけど、私の友達が……」
「はいはい、二人とも私が助けておくから、とっとと逃げなさい」
彼女にそっけなく返されたが、黄麻に手を引かれていたので安奈は大人しく逃げに転ずる。
(あれっ? でも私、友達二人だって言ったっけ?)
ふと疑問に思ったけれど、オーソドックスなサイズのぬいぐるみがこちらに向かってテクテク歩いてきたのを見て、それ以上考えずに走った。
◆◇◆◇
ガット・ネロマスクの拳が数多のぬいぐるみを吹きとばし、魔法少女ピングルが振り回すテッキブラシがブリキの人形を薙ぎ払う。背を向け合って戦う二人は長年共に闘ってきた仲間のよう……
「ちょっと、ピングル。ブラシがこっちにぶつかりそうなんだけど」
「そっちこそ、無駄に破壊しないでよ。こっちにコンクリの破片が飛んでくるんだけど」
……長年共に闘ってきた仲間のようだった(過去形)。
「これじゃぁ、きりがないわよ。なんか策でもないの?」
「うーん……ごめん、無理。さっきから探索の魔法を考えているんだけど、いい歌詞が思いつかなくって」
「へぇっ!? あんたの魔法って、自分で編み出しているの? 新しい魔法を自力で作りだすなんて、どんだけ天才なのよ!?」
『おい、トオル。お前が天才だとよ。お前には似合わない言葉だな』
魔法少女ピングルが驚きの声を漏らすけれど、トオルにはそれが凄いのかどうか良く分からない。歌を歌うのにも時間がかかるし、隙だらけだ。どうせなら一言二言で魔法が使えたらいいのにと思ったりもする。
「ねぇ、君になんかいい方法でもない? こっちがへばっちゃうよ」
「うーん、そうねぇ……。知らない敵を探す方法ねぇ……」
さすがの彼女も悩みこむように顎に手をあて、ゆっくりと周りを見渡す。
「やっぱり、そんな都合のいいことあ……」
「あるわよ」
「るわけないか……、えっ!?」
トオルは驚きで目を剥く。
「そ、そんな魔法があるの?」
「えぇ、だからこっちに来て」
自信満々に頷く彼女は近くにあった食べ放題のレストランを指差す。
レストランの中はさすがにオモチャが少ないらしく、人っけのない店内は比較的綺麗な状態だったけれど、銀色の食器に世界各地の料理がそろっていた。おいしそうなゴーやチャンプル、香ばしい香りのミミガー、ソースの香りただようソーキそばなど等。
「えっと、ここでいったい何をするんだい?」
ここで何かをできるようには思えない。それとも、邪魔されない所で何かをすると言う訳なのか。
彼女は「ふふん」と鼻で笑い、襟から一冊の黒い本を取り出す。
「召喚魔法よ、しょ・う・か・ん・魔法! 自分達で出来なきゃ、ヒトの力を借りればいいのよ」
『何!? こいつ、召喚魔法なんて高度な魔法を使えるのか? こいつの魔力からして、そんな事できないと思っていたのに!?』
驚く彼らに気づかずに、彼女は次々とページを捲り、紙がこすれる音が静まる店内を支配する。
「たしか、このへん……。あった」
彼女は片手で本を持ち、満足そうな声を弾ませる。
「ねぇ、召喚魔法なんてできるなら、なんでもっと早く使わなかったの?」
「あぁ、召喚魔法と言っても、私の魔力だけじゃ足りないのよ。でも、あなたの魔力を借りれば、なんとかなるわ。……ほら、私の手を握って!」
どうやるんだか分からなかったけど、トオルが彼女の手を握ると、彼女は厳かで静謐な声を紡ぐ。
「ピングル・スウィングル・タキ=シード・コウテイ!! セント・マギコ・プリジ……」
黒い手袋越しに伝わる柔らかい感触と共に、トオルの内側の何かが勝手に蠢くような錯覚を得てしまう。自分の魔力を使っているということなのだろうか。
「来たれ! 我と汝の縁において、我が呼びかけに答えよ!! 夢喰い(バク)」
彼女の本から光が溢れ、どこからか聞こえてくる深い鐘の音はまるで空高くから降り注いでいるかのようだ。その眩しさにトオルは思わず目を閉じる。
『こんなに軽々と世界の境界を超えるだと!? こいつは、いったい……』
僕もトールもあまりの光景に圧倒されっぱなしだ。感嘆の声を漏らしていると、徐々に光が収まっていく。おそるおそる目を開くと、そこには夢喰い(バク)らしき姿が佇んでいた。
「これが……夢喰い(バク)?」
トオル達の目の前には、大きめなブタぐらいのサイズで、体色はなんの冗談なのか真っピンクだった、真っピンク。その鼻は中途半端に長く、しっぽはクルリンと丸まっている。そしてなによりも重要な事は、その生き物がトオルに背、というかケツを向けていて何やら黒い物をにょきにょきと出していた。
「ひっ!?」
ブーツの爪先の数センチ先に落下したそれから距離をとるため、ガット・ネロマスクの脚力の全開にまで発揮して店内の壁際まで跳んだ。
『こ、こいつ!? この俺に向かってウンコだと!! ふざけやがって』
トールが苦々しげな口調で愚痴をもらすけど、もちろん彼女とその生き物には通じない。
「ちょっと、バッ君。人に尻向けてトイレするなんて、ちょっとひどいじゃない」
「んあぁ~……、おいらは四足だから、和式トイレはみんなと逆向いてするんだな。というか、トイレしてる最中に召喚んだのは君なんだぞぉ…………って、君はピングルじゃないか!? 久しぶり、妙チクリンな格好しているね。もしかして三十年ぶり?」
「いえ、私の世界ではまだ一年も経ってないわ」
魔法少女ピングルがバッ君と呼んだ謎の生命体は彼女を見てしきりに驚いている。丸い耳をピクピク動かしている。
「ね、ねぇ……。それ、なに?」
その魔法少女ピングルよりもさらに妙チクリンな生き物を指差して訪ねる。
「あ、紹介遅れたわね。こっちは友達のバッ君。えっと、あの黒猫の仮面をかぶった人はクロネコ仮面よ」
「ぶっ、ぷー!! まんまじゃん。ネーミングセンスがないね」
「もう、ピングル。僕の名前はガット・ネロマスクなんだけど」
名乗り直したけれど、夢喰い(バク)改めバッ君はさらに笑い転げるばかり。うんざりしてくる。
ようやく笑いが落ち着いたバッ君はピングルと向き合う。
「それでピングル。いきなりおいらを呼び出していったいなんなのさ? おいらを召喚した報酬は高くつくよ。君の見る甘い夢とかさぁ……」
夢喰い(バク)であるからやはり夢を所望してきた。トオルは悪寒がしたけれど、当のピングルは自信満々に胸を張る。
「えぇ、ここにある料理、全てあなたのために用意したのよ。これ全部が契約の対価よ」
「『えぇー!?』」
(ここの料理はあんたが用意した物じゃないじゃン! 火事場泥棒だよ!?)
トオル達は心の底からあきれかえるが、自分達の不利になりそうな事にはちゃっかりと口をつむぐ。
「うっ……、おいらの対価は、夢、なんだけどなぁ……」
「あら、この地球にある全世界の料理が集結しているのよ。今のチャンスを逃したら、二度目はないわよ」
夢喰い(バグ)としての誇りか、目の前にある食欲かで葛藤していたようだが、彼女の煽りに押されてしぶしぶ頷く。
「わ、分かったよ。これで手を打つから」
「よし、ありがとうね、バッ君」
バッ君はピングルに上から目線で頭を撫でまわされた後、大きく口を開けて料理をバラックホールのように吸い込んでいく光景に二人はただ見つめる。
「……すんごい食べっぷり。漫画みたい」
『あぁ、そうだな。というか、あいつの胃袋はどうなってやがるんだ?』
食器は吸い込まれずに料理だけが口の中に収められていく様子をみると、吸い込む対象は細かく選べるようである。
僕らはじっと見ていたが、バッ君は並べられた料理だけではあきたらず、巨大な業務用冷蔵庫の半分もからっぽにしてようやく満足したらしい。にんまりと笑って横になる。
「さぁ、バッ君。満足したでしょう? さぁ、キリキリ働いてもらうわよ」
「うーん……、食ったばっかりで動きたくないけど……契約だから仕方ない……かわっ!?」
バッ君は立ちあがろうとしてお腹の重みによろめいた。
『「……大丈夫」なのか』
この妙チクリンな夢喰い(バク)に不安を覚えた二人だったが、ピングルとバッ君は気にしせずはりきっている。
「さぁ、バッ君。私たち、おもちゃを操る奴に襲われているんだけど、その本体が見つからないのよ。あなたの鼻で探してくれる?」
「分かったんだな。さぁ、見てな。おいらの鼻はあらゆる世界で一番なんだな」
バッ君が中途半端に長い鼻を上に掲げる。
「ほら、見てて、クロネコ仮面。バッ君の鼻は魔力すらも嗅ぎわけるんだから」
「へぇ、それは凄い……。けど、僕の名前はガット・ネロ……」
「見つけたよ、ピングル。ここのすぐ近くで、魔力の根源を感じるんだな。ついてくるんだな」
トオルの事はガン無視で一人と一匹が外へ向かう。
「……理不尽だ」
『おい、トオル。とっとと行けよ、ほら』
「僕は、おざなりな扱いの変身ヒーローか……」
トールに促されてとぼとぼついて行く。
遊園地のあちこちで物や建物が壊れている。もはや遊園地としてやっていけるのか不安になる程である。そんな中、さっきまで自分達がいたレストランの向かい側にあるハンバーガーショップの前でバッ君が足を止める。
「ここなんだな。ここに魔力の主がいるんだな」
「ほら、クロネコ仮面。ここに敵がいるらしいわよ。準備はいいかしら?」
ピングルが真剣な目でこちらを窺う。
『トオル、お前の好きなゲームの主人公みたいな展開だぞ。おざなりな扱いじゃなくてよかったじゃないか。ほら、「行くぞ」か「ちょっと待った」のどちらかを選べよ』
ハンバーガーショップがラスボスの間か……。なんか微妙だけど、早くなんとかしなくちゃならない。
「よし、じゃぁみんな行くよ」
トオルは扉を押しあけた。
「Hi! 私は、正義と愛を愛する使者! ガット・ネロマスク! ……なんかびみょーなセリフになっちゃった……。
さてさて、みんなはちゃんと覚えたかな、この漆黒のマントをひるがえした正義のヒーローの名前を!
世間一般的には、「クロネコ仮面」「猫耳仮面」「長靴をはいた猫」 とか呼び、魔法少女ピングルは、「クロネコ仮面」とか「クロ」とか呼んで、嫌になっちゃうよね。安奈にいたっては「クロネコ・ヤマト」と間違えるし、なんだろうね?
僕が空を飛べば、「クロネコ・ヤマトが飛んでる!」とか言われるの? 僕はクロネコヤマトのエア便かよ!
そんなわけで、みなさんはヒーローの名前を決して間違えませんように。
さぁ、次回はガット・ネロマスクの活躍をご期待を!」