第42唱 緊急時は冷静になれ、と言っても普通は無理だ
3D映画が始まった。私も田舎から東京に来てからアイドル活動に忙しかったので、3D映画はもちろん、映画館に行った事すらなかったので驚きの連続だった。
今にも襲いかかってきそうなキャラクターに向かって思わず手を振ってしまい、隣に座るトオルの顔面に裏拳を叩き込みもした。3D眼鏡がずれて当たり所が悪かったらしく、「目がぁ〜、目がぁ〜」とトオルが呻くのを見た薫ちゃんが、「映画よりもこっちの方がおもしろいわね」と笑い、映画鑑賞を邪魔された後ろのおっさんから舌打ちされてしまった。
まぁ、とにかく、映画はマナーを守らなくてはと思い、私達は少し自粛して映画を鑑賞し始めた。
噂には聞いていたけど、本当に3D映画は凄いわね。同じのをまた見ても飽きないかもしれない。
手に汗を握るような映画も後半になった時、今まで以上にピート君が飛び出して見える。
「トオル、まるで本物みたいよね。映画だって事、忘れちゃいそう」
私はトオルの肩をつつきながら囁くけど――
「Zzz」
トオルが返してきたのは小さい寝息だけ。いびきではない事がせめてものの救いだ。
「ふー、駄目ね、こりゃ。トオル君はデートに映画を選んじゃいけないタイプね」
トオルの向こう側から薫ちゃんがこっちを見返してくる。そのあきれたような言い方に、私達は思わず笑い合う。初めて彼女と共感できた。
私が映画に目を戻すと、ピート君や様々な猫、ギャング達が一番前の客席にまで届いているように見えた。
「ほんとに凄いね、黄麻」
「うん、本当だね」
「うーん……、でも、なんか様子がおかしい気がするけど」
私達は感心するけど、薫ちゃんだけが疑わしそうにうめき声をもらす。
「そうかしら?」
私は注意深く映画を見る。
映画の中ではギャング達とドッタンバッタン劇を繰り広げているピート君が、ビルの屋上から真っ逆さまに落下する。これからどうなるのかと手に汗を握っていると、ピート君が一番最前列で見ていたおじさんの禿げあがった頭の上に着地したのだ。
「えっ? なんか、凄いリアルだけど……」
『安奈! テレビから実体化しているわよ!!』
ありえない出来ごとに目を疑っていたけれど、アンの決定的な一言で心臓が激しく暴れ出した。
一番前の男性の動揺がはっきりと見て取れる。彼は思いっきり立ち上がり、手で頭の上を振うと、ピート君は少し前に振り払われて着地する。
「ね、ねぇ、薫ちゃん……。今、あの人、ピート君触れていたよね?」
「う、うん、そうだと思う……」
そう頷く彼女の顔は青ざめていた。
「まさか、そんな馬鹿な……」
私達を黄麻が笑った時だった。
映画に登場したギャングが右手に持った拳銃を上に持ち上げ、その引き金を引いたのだ。
その銃口からオレンジ色の光が一瞬光り、鼓膜を突き破るような銃声がシアター内に響く。
しかし、それだけではない。天井に取り付けられたライトが消え、おっさんの悲鳴が上がる。そのハゲ頭には赤い髪が生えた……わけなくて、血が流れていた。
そう、照明のガラスの破片が飛び散ったのだ。
「た、助けてくれー!!」
さっきまでの楽しいはずの映画が一変して恐怖に変わる。観客たちは悲鳴を上げて、我先にともみくちゃになりながら出口を目指す。
「ちょっと、トオル、起きてよ!!」
「う~……あと十分」
こんな惨事になっても居眠りしているトオルに業を煮やし、淑女らしくその頭に拳を振りおろす。トオルが痛そうに頭を抑えて涙目で見上げてくるけど、そんなのは無視。
「もう、安奈ってば・・・・・・って、なんじゃこりゃ!?」
遅まきながらもようやく映画館の現状に気がついたトオルが目をまん丸にしてスットンキョな声を上げる。
「分かんないわよ。とにかく、逃げるわよ」
幸いにも一番後ろのど真ん中だったので、入り口と出口に殺到する人たちに踏みつぶされるような事にはなっていない。一番逃げにくいところにいて不幸なのか、他の人に靴で踏みつぶされないだけ幸運なのか分からないけれど、私は入り口に向かって走った。なんで、映画が現実に飛び出してきたのかなんて関係ない。とにかくひたすら逃げる事しか頭になかった。
シアターから外へ飛び出し、それでも不安に襲われて後ろも振り向かずにひたすら走り続けた。
他の建物でシアターが見えない所にまで逃げたところで息が苦しくなってしまい、肩で大きく息をする。緊張と恐怖で呼吸するのも忘れていたみたいだ。
「ぜぇ……み、みんな、無事?」
顔を上げてみると、そこには疲れた顔をしている黄麻しかいなかった。
「お、黄麻。トオルと薫ちゃんは、どこ?」
私の質問に、黄麻も二人がいない事に気がついたようだ。ただでさえ悪い顔色がもっと悪くなる。
「い、いや、分からない。逃げる途中、はぐれたのかも」
あたりを見渡しても、逃げていく人、疲れて立ち止まる人達が見えるけど、その中に二人の姿が見えない。
トオルが現実世界に飛び出してきた映画のキャラに危険な目に遭わされているのではないかと思うと、胸の動機がさらに激しくなる。頭もくらくらして、こめかみで血が脈打っているのを感じる。
「大変! 私、ちょっと探してくる」
「あ、安奈。危ないよ」
シアターに戻ろうとした私を、黄麻が肩をつかんで引き止める。
「で、でも、トオルと薫ちゃんが……」
「大丈夫。係の人が、警察がなんとかしてくれるよ」
黄麻の方が冷静な判断なのだろうけど、映画のキャラが飛び出してきて暴れるというおかしな現象に警察どころか自衛隊が役に立つとは思わなかった。
「放して!」
私は肩をよじらせて黄麻の手から飛び出して、シアターに向かって走る。
『安奈、戻って!! 私もよく分からないけど、なんだかここ、強い魔力で覆われているわ。危険よ! 早く、遊園地の外に逃げて!』
アンの警告に私は我に返る。一番近くに、この不可思議な現象を知るかもしれない人がいるではないか!
「ねぇ、アン。なんとかできないかしら!?」
『ごめん、無理よ。私は安奈の中にいる事しかできないし、安奈だって魔法を使えなかったじゃない』
私は悔しくて歯をくいしばる。アンの言う通りだ。
「だけど、トオルと薫ちゃんを置いて逃げるなんて……」
助けたいけど助けられない。そのジレンマに捕われて一歩も先に進めなくなってしまう。
「はぁ、はぁ……。安奈、とりあいず逃げよう。僕らが向かっても、足手まといになるだけだよ」
「……うん」
私はしぶしぶ頷いて、黄麻と一緒に入園ゲートに向かうため、後ろを振り返ろうとした時だった。
『安奈ッ、後ろ!!』
アンの叫びに私ははっと振り返る。
私の後ろからは、真っ赤なゴーカートが迫っていた。
「キャッ!」
思わず悲鳴を上げてしまう。サーキット内にあるはずのゴーカートが目の前を走っていている。とてもじゃないけど、本来の性能では出せないはずのスピードで迫ってきていた。そしてなにより誰も乗っていない無人だったのだ。
――このままじゃ、ぶつかる――
私は黄麻が怪我するかどうかなんて関係なしに思いっきり突き飛ばし、自分も横に力一杯アスファルトを蹴って跳ぶ。アイドルのダンス訓練で鍛えられた身軽さが実際に役に立つ時がくるとは思ってもいなかった。
しかし、それでは甘かった。
ゴーカートは私が跳んだ方へ向きを変えて突進してくる。
私は思いっきり跳んだ後のために次の動作に移れない!!
「安奈―!!」
黄麻の叫びがどこか遠くへ感じる。
誰にもどうにもできない。
ひかれてしまう。
それ以上何も考えられず、他人事のように呆然と迫りくるゴーカートを見つめていた時だった。
それは黒い紫電のように、忽然と空から降ってきた。
「ガット・ネロキィック!!」
ゴーカートがあった場所からコンクリートが爆発する。安奈のいる足元までコンクリがひび割れ、瓦礫と土煙で一瞬ゴーカートの姿が見えなくなった。
安奈は顔を覆った指の隙間から爆発した所をみつめると、風に吹かれて土煙が散らされた後には無残なスクラップとなったゴーカートがあった。そしてそれの上で仁王立ちする人物は、夜の空のような漆黒のマントをひらめかせ、黒い長グツ……じゃなくて黒いロングブーツで包んだ脚。その顔は猫耳のついたマスクで包まれていた。
胸の中で安堵と熱い思いがこみ上げてくる。
「あ、あ、あなたは……、ガット・ネロマスク!?」
私の呟きを聞いた彼は唇を少し曲げて安心したような微笑みを見せる。
「さぁ、逃げるんだ。ゆっくりおしゃべりしている暇はないよ」
ガット・ネロマスクは手を振って逃げるようにと促すけど、私は顔を振る。
「いえ、トオルと薫ちゃんが……。私の友達が二人、はぐれちゃったんです。助けてあげて!」
ガット・ネロマスクのマントを掴みながら懇願する私に、彼は困ったような笑みを浮かべる。
「大丈夫。ぼく……いや、私がこの遊園地にいるみんなを助けるから。約束する。だから、君たちはもう逃げるんだ」
「ありがとう」
私は飛んで戦いに向かう彼に向かってぽつりと呟いた。
◆◇◆◇
僕は建物の上から遊園地の様子を見下ろす。
「なんじゃ、こりゃ?」
人々が出口に向かって殺到していて、川のように流れている。
しかし、何よりもおかしいのは遊園地のあらゆるものが人を襲っているのだ。
メリーゴーランドの木馬が本物の馬みたいにいなないてその馬蹄を振るい、コーヒーカップが逃げる人を無理矢理乗せて高速回転している。
「もう、何がどうなっているんだよ」
3Dシアターでうつらうつらしていた所を安奈に起こされたと思ったら、映画のキャラが現実世界に飛び出してみんなを襲っていたのだ。
このままじゃ駄目だと思い、僕はこっそりみんなと別れて、黒きマントのナイスガイ、ガット・ネロマスクに変身した。
そうしてなんとか安奈を助けて、今に至る。
「ねぇ、トオル。これって、この前の巨人やピエロみたいにトールの世界の魔物なのかな?」
『よく分からんが、その可能性が大きい』
僕はまだ幼い子供を踏みつぶそうとしていた木馬を蹴り、その足をへし折りながら聞く。
『一つだけ思いつく相手がいる。しかし、そいつは戦士の訓練道具を操れないはずだが……』
「とにかく、そいつを説明してみてよ!」
僕はコーヒーカップの回転地獄から人を救いながら、一人で渋るトールを促す。
『俺が知っている奴は、人形などのおもちゃとか遊具を自在に操つる力を持つ、トイ・スローターっという奴だ。しかし、さっき言った通り、そいつはおもちゃしか操れず、戦士とかスパイの訓練道具は使えないはずなんだが……』
その言葉に僕はぞっとした。ここは遊園地だ。遊ぶものなんて、あっちこっちに溢れている。
「トオル! 君は勘違いしているようだけど、遊園地は遊ぶ所なんだ。トオルが訓練道具だと思っているものは、全部遊び道具なんだよ!」
僕の言葉にトオルは声に焦りの色を見せる。
『な、なんだって!? トオル、お前、俺をだましたな!!』
「だ、だましてなんかないよ。君が勝手に勘違いしたんじゃないか!?」
僕は助けた人達へ逃げるように手を振りながらトオルに抗議する。
「ま、とにかく整理してみると。そのトイ・スローターというのがこの騒ぎを起こしているわけだ。そして、前の化け物とピエロの出来事から考えると、今回も誰かの体を乗っ取っているはず。だから作戦は、その乗っ取られた人を捜して、トイ・スローターをこの世界から追放する」
『アバウトな作戦だけど、それしかねぇよなぁ』
作戦なんて言えやしないようなものだけど、何が起こっているのか分かっていない僕らにはそれ以外に何もできない。
「行くよ、トール! 正義のヒーロー、ガット・ネロマスクのお出ましだ!」
『おう! せっかく来たんだし、チャッチャと片付けて遊園地を楽しむとするか!』
僕らは襲われている人達の元へ飛ぶ。
「やぁ! 映画といえば、前に語った「長靴をはいた猫」を思い出すトオルです。あれはいいですよ。DVDでレンタル開始したら、一度くらい見てはいかが?
主人公のプス。渋くてかっこいいセリフを言うのに、外見はキュートでコミカルで大好きですえ。やっぱり猫がかわゆい。うちの三匹と交換したいくらいです。いや、それはちょっと酷いかな。
最近気になる映画としては、「狼こどもの雨と雪」も気になりますね。サマーウォーズが好きだったので小説を読んでみたら、映画でも見てみたくなりましたよ。ま、僕は基本的にDVDで見るのがほとんどですが……。
さてさて、作者の都合でこの作品と最弱勇者の更新がかなり遅くなりましたが、ちゃんとこのシリーズを完了させますよ。僕もはりきって歌詞を作るぞう!
では、本日はここまで。また次回を気長に待ってね!」