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第40唱 「幸せは歩いて来ない」は確かに正しい

 僕らは料理を前にして、安奈が戻ってくるのを待っていた。おいしいそうな料理を前にしていると一分がとてつもなく長く感じられる。空腹時は精神時間が一番加速するという事を相対性時腔間理論として発表したらノーベル賞ものかもしれない。

 そんなくだらない事を考えていると、ようやく安奈が戻ってきた。

「ごめん、お待たせ」

「もう遅いよ、安奈。早く食べないとせっかくの料理が冷めちゃうよ」

 ふざけて口を尖らせる僕に、彼女は肩にかかる黒い髪を揺らしながら、笑って椅子に座る。

 さぁ、楽しい食事の始まりだ。僕らはピリリと辛い韓国料理を口にする。

『辛いが、うまいな』

 トオルは大絶賛だけど、安奈はそうではないらしい。氷でキンキンに冷えた水を慌ててあおる。

「ぷはっ!! ……これ、辛いじゃない」

 そんな彼女を見て薫はにやりと笑い、真っ赤なソースがついた唐辛子を安奈の口元に運ぶ。

「あら、辛いからこそ痩せるんじゃない? ほら、あーん」

「いらないわよ」

 安奈の不機嫌そうな声に、みんなして笑い、安奈も照れくさそうに笑う。

 ……だから、僕の気のせいなのだろうか。

 僕には、さっきから安奈の笑顔が少しだけ作っているように感じられた。

 ただ単に、料理が辛すぎて少し無理な笑顔になってしまったのだろうか……。



 食事を終えた僕らは、トール曰く戦士育成機関を再び堪能し始める。

 乗り物に乗りながらの射撃訓練(射的)、高く登ってから落下する事で高所活動においての恐怖を抑える訓練(垂直落下のアトラクション)、鏡張りの迷路で己の心を研ぎ澄ませる精神訓練ミラーハウス、モンスターをいち早く察知して実践において慌てないようにする訓練(お化け屋敷)。

 様々なアトラクションを僕は薫と黄麻と一緒のペアになって堪能したけれど、今の所はじゃんけんで安奈とペアになる事はなかった。

 かなり遊んで小腹がすいた僕は、漂ってくる甘く香ばしい匂いにつられる。

「ねぇ、みんな。おやつにここのチェロスでも買おうよ。おいしそうだよ」

 僕はファンタジーなワゴン車のチェロス屋を指差す。ソフトクリームにチェロスが差してあって、そのおいしそうな見た目に胃が主張してくる。

「おいしそうね。……だけど、こんなに食べたらニキビできちゃいそう」

 そんな事を言っているけど、目は食べたいと訴えている安奈に黄麻が笑いかける。

「じゃぁ、俺と半分こすればいいよ。安奈はなにがいいの?」

「うーん、抹茶アイスときなこのチェロスかなぁ」

 アイドルをしている安奈は普段、食べるものを色々と制限しているのだ。今日ぐらいは好きな物を食べたいのだろう。

「じゃぁ、トオル君。私たちは二種類頼んで、半分ずつにしましょう。私、アイスはパイナップルと紅芋、チェロスは黒砂糖とマンゴーがいいな」

「えっ……」

「……よく、そんな沖縄っぽいのがあるね。種類豊富だなぁ」

 安奈は小さく声をあげたが、南の島みたいなメニューに感心していた僕は気がつかなかないで、デザートタイムに入る。五月とはいえ昼間は少し暑いため、冷たいアイスとほんのり温かいチェロスの組み合わせが絶品だ。

 もう半分食べ終わった薫が、僕にアイスを差しだしてくる。

「じゃ、トオル君。残り半分」

「うん」

 僕は薫とアイスを取り換える。紅芋のアイスとマンゴーのチェロスも美味しい。

 アイスをせっせと自分の口に運んでいたら、ふと安奈と目が合った。彼女はこっちを不機嫌そうにじっと見つめている。僕は、彼女の瞳から何か強い感情を受け取る。

「……ン? 安奈、ひょっとして……」

「べ、別に、なんでもないわ」

 目をまん丸にした彼女は慌てて首を振るが、僕は残りの言葉を続けてしまう。

「――紅芋アイスが食べたかったの?」

 一瞬、僕らの間に沈黙が降りてきてから、安奈はため息をつく。

「……なんでそうなるのよ……」

 目をすわらせて、不機嫌そうな顔に逆戻り。

「ふー、……別にいいわ。アイスの食べ過ぎは、体に良くないから」

 彼女はそう言って、残りのアイスを黄麻に渡す。

 安奈はさっき、とっても難しい顔をしていたようだけど……、もっとアイスを食べたい欲求と戦っていたのかな? アイドルだから食事コントロールしないといけなくて、大変そうだなぁ……

 僕はそんな的外れな事を考えていた。

 安奈は少しむくれた顔をしていたけど、園内マップに視線を落とす。

「じゃ、今度は3D映画を見に行こう。ちょうど、ピート君のタイムトリップパラダイスが上演するみたいよ」

 安奈が指差してみんなを誘うので、僕も一緒に歩こうとした時だった。

 それは雷鳴のように大きな音で、腹の底から響き渡るような凄まじさだった。

「ごめん、みんな。僕、ちょっとトイレ。先行って」

 僕の異様なお腹の音にみんなはあきれ返っている。アイスがいけなかったのかな?

「もう、トオルったら。私たちはシアターの前で待っているわ。道に迷わないで、ちゃんと来るのよ」

「安奈、さすがに僕だってそこまで馬鹿じゃないよ」

 彼女が真剣な顔で言ってくるので、僕は笑って答えた……。



『……まさか、本当に迷うとはな……』

 トオルのあきれたような声が僕の心にしみわたる。

「……だって、パレードで通れなくなるとは思わなかったんだもん」

 僕がうんうんと唸りながらコーラス部で鍛え上げた腹筋を酷使している間に、午後のパレードで道を封鎖されてしまったのだ。仕方なく回り道したのだが、さっぱり分からないし、マップも持っていなかった。

「でも、ここらへんのはず、なんだけどなぁ……」

 遊園地の係員は忙しそうに動き回っていて聞きにくいし、周りにいる一般の人に聞くのはもっとハードルが高い。授業でみんな分かっている内容を訪ねるのと甲乙がつけがたいぐらいだ。

「よし、こういう時は探索の魔法を作って」

『おい、トオル。魔法をなんだと思っているんだ? だいいち、魔法を作る方がよっぽど時間かかるだろ』

「うっ、そうだね。今思うと、人に道を尋ねるのと、この人ごみの中で歌うの、どっちの方が簡単かは言うまでもないなぁ」

『ま、案外堂々と歌っていれば、何かのパフォーマンスと思われるかもな』

 ピート君の隣で歌って踊れば楽しそうだけど、今はそんな場合ではない。

「よし、トール。僕、思い切って聞いてみるよ」

 僕は楽しそうに歩く双子の兄妹と両親の四人家族に向かって足を進め、その横を通り過ぎた。

『おい、トオル。道を聞くんじゃなかったのか?』

「いや、やっぱり、こういうのは係員に聞くべきかな、と」

 人見知り症候群な僕は笑ってごまかそうとするけど、トールの怒りを煽っただけだった。

『なら、反対方向に歩いてしまったようだな。とっとと、聞きやがれ! 早くしろ!』

「わ、分かっているさ」

 しぶしぶ係員の方に足を進めるけど、十メートル手前で立ち止まってしまう僕。

『この、キチン野郎が!』

「むー、仕方ないじゃん」

 僕は再び足を進めようとするけど、たかが十メートル、されど十メートル。他人が見れば短い距離は、僕にとって校庭一周分にまで感じられた。

「よ、よし、聞くぞ」

『いつまで引っ張ってやがる。とっととしろ!』

「う、うん」

 周りには沢山の人がいるのに、その雑踏の中で僕はひとりぼっち。家でひとりぼっちより、沢山の赤の他人に囲まれている時の方が居心地悪い。

「仕方ない、ここは思い切っ−−」

「もう!! トオル、こんな所にいた!! 映画が始まっちゃうよ!」

 僕が思い切って道を尋ねようとしたら、すぐ後ろで非難じみた声が鋭く耳を刺した。

「ご、ごめん。安奈」

 思わず背筋を定規みたいにまっすぐにして振り返った僕の手を、安奈が握ってくる。

「まったく、トオルってば、ここは裏口だよ。ばかじゃない!?」

『おいおい、すぐそこだったのかよ。トオルも馬鹿だな』

 トールの文句に気を取られた僕は、彼女に引っ張られて思わずつんのめる。

「何やっているの! 早く行くよ!」

「あ、うん」

 僕らは手をつないだまま、人の合間を縫って走る。その人が流れていくような景色になぜか小学校の時に林で遊んだ時の事が思い出される。

 彼女の柔らかい手の感触、共にはずむ息、二人の駆ける足音、木々の間からもれた月明かりが二人を照らす。

――前にも、似たような事があったかな――

 そんな事を考えながら走っていたので、危うく安奈の踵につまずいてしまって舌打ちされた。


◆◇◆◇


「すみません、娘と一緒に写真を撮っていいですか?」

 彼女は着ぐるみのせいで重たい体を動かし、まだ三、四歳の女の子とその母親の後ろに並ぶ。着ぐるみの覗き穴による狭い視界の中、優しそうな父親が一眼レフの立派なデジカメを構えていた。

「はい、チーズ」

 その優しそうな人が写真を撮ると、そのシャッター音まで素敵な音に聞こえる。

 それもそのはず。なにせその一枚は、とっても幸せな時間を形にしているのだから。

 写真を撮り終わって、幸せそうに笑う母親は自分の娘の肩をポンポンと優しくたたく。

「マミ、ピート君にありがとうは?」

「ありがとう、ピート君」

 その子が元気一杯にお辞儀をして立ち去るのを見て、胸に熱い何かがこみ上げてくる。

――幸せ……かぁ――

 ここは夢の国。ここに来れば、誰もが笑顔になれる。

……いや、それは違う。幸せな人たちだけが、さらに幸せな時間を過ごすためにこの夢の国へ来る。不幸な人達ははなからこんな所に来ないのだ。

 彼女はため息を押し殺し、遊園地に設置されたオシャレで大きな時計を見上げる。

「あら、もう交代の時間。控室に戻らないと……」

 彼女は店内にあるお土産屋からスタッフの控室へ向かう。移動中だってお客さんに手を振り返したりするのを忘れない。彼女はお客さんに夢を配る着ぐるみ係りなのだ。

 お客さんから見えない所について、彼女はほっとため息をつく。ようやく休憩を取れると思いながら、控室の扉に手をかけようとして・・・手が止まってしまった。中から声が聞こえて来たのだ。

「――マジありえなくない? あのオバハンが、着ぐるみの中でせっせと汗かいているなんて、キモいんですけど。同じ着ぐるみなんて絶対に着たくないっし」

「そうそう、オバハンは大人しくスーパーのレジ打ってりゃいいんですよ」

 まだ二十歳ぐらいの若い女の子が人を馬鹿にしたようにおしゃべりしている。その話の話題が誰の事かなんて分かり切っている。

「いい歳したオバハンがこんな着ぐるみきてバイトなんて、絶対に独身っしょ」

「そうそう、マジぱねぇ。絶対ああはなりたくないわよねぇ」

 バカバカしい会話に彼女はわざと大きめに足音をたててから扉を開く。

 新しく入ったバイトの二人が「私、普通にしていましたよ」みたいな顔で押し黙る。自分たちの話を聞かれていた事に気がついていないと考える彼女達の頭の中身は着ぐるみと同じように空っぽなのかもしれないと本気で思えてしまう。

 私は小さくため息をつくだけで、わざわざそれを指摘するつもりもない。それを言った所で返ってくる言い訳や不平に余計イライラさせられるだけだ。

「そろそろ交代の時間よ。準備をして」

「「はーい」」

 猫かぶるのならば、もっと徹底して猫かぶって欲しいと彼女は思う。こんな甘い猫かぶりでは、余計にこちらの神経を逆なでるだけだ。

 私が気分転換にお茶をいれると、キャットランドで正社員として働いている根古さんがこちらの様子を伺いにきた。

「やぁ、真田さん。調子はどうですか?」

「えぇ、良いですよ根古さん。お茶でもいれましょうか?」

 うなずいた彼にお茶を用意する。

 彼はとっても気立てが良くて、アルバイトへの気配りも丁寧だ。もうすぐ四十になるそうだけど、奥さんと離婚していて、時々お互いの悩みを聞いたりしている。別に私と話し合って解決するわけじゃないけど、話しているだけで私の気が楽になるような気がする。彼はどうだか知らないけれど・・・。

「ありがとう、真田さん。じゃぁ、しっかり休んで!」

 彼はまだまだ忙しいようで、お茶を一息に流し込むとまたどこかへ行ってしまった。

 彼に笑顔を向けていた私だけど、彼が行ってしまうと一気に疲れがのしかかってくるように感じだ。

「ふー……、なんて疲れるのかしら……」

 彼女は部屋に置いてある鏡で自分の顔を見つめる。そこには、疲れ切った三十半ばを過ぎた中年女性の顔が映っていた。

 彼女は以前に水泳のインストラクターもやっていて、体力にはさっきの若い二人にも負けていない。

 けれども、ここに居る事自体が彼女にとって重みとなって押しかかってくるのだ。

 彼女は疲れをいやすため、そっと瞼を閉じた。



 彼女は二十代半ばで結婚して、三十前に待望の女の子を産んだ。

 しかし、その子が五歳になる前に、狂った殺人鬼にさらわれて殺されてしまった。

 夫の親族は彼女の監督不届きだと責め立てた。彼女の両親は悲しそうな顔をするだけだが、その悲しそうな顔も自分を責めているかのように彼女は感じてしまう。

 夫も「お前のせいじゃない」と慰めてくれたけど、娘を失くした事でいつしか夫婦間に亀裂が入り、離婚にまで追い詰められた。

 一人で意気消沈し、何もやる気が起きなかった彼女は離婚時に夫からもらった慰謝料でしばらく過ごしていた。

 このままでは自分がダメになると彼女が感じた時、ちょうどネットで遊園地のバイト募集が目に付いた。


――ひょっとしたら、遊園地で働いて沢山の人の笑顔を見ているうちに心の傷も癒えていくのかもしれない――


 そう感じた彼女は、遊園地でバイトをする事を決心した。

 しかし、そう甘くはなかった。

 確かに、幸せは歩いて来ない。彼女は家に籠っている間に気がついた。

 そして、それは探したって見つかるものでもないという事もアルバイトしていて悟った。


 彼女は遊園地でバイト中に、可愛らしい女の子を見かけるたびに失くした娘を思い。

 二十歳ぐらいの女の子に手をふるたびに、もう大人になれない娘のための涙をこらえ。

 幸せそうな親子と写真をとるたびに、もう自分には訪れないだろう幸せに胸を痛めた。


……そう、幸せそうな人達の笑顔を見るたびに、どうしてその当たり前のような幸せが自分には訪れなかったのだろうかと思ってしまう。

 なぜ、あの人たちはあんなに幸せそうで、自分はそうではないのかと……。

 羨んでしまう。

 嘆いてしまう。

 憎みさえもしてしまう。

 ここはみんなに幸せをもたらす夢の国。

 しかし、強すぎる光は影を色濃く落としてしまう。

 彼女の心の闇は、あまりにも大きくなりすぎてしまっていた……。

 彼女の絶望が幻聴を生み出したのだろうか、それとも彼女の嘆きを何かが聞き入れたのだろうか。

 彼女の頭の中に直接、恐ろしくも不思議と甘い闇のように深い声が降ってきた。


――ねぇ、それなら、幸せそうに笑っている人達に、あなたの悲しみを教えてあげたらどう?――


 悪魔のような囁きに彼女は抵抗できなかった。

 いや、抵抗しようとすら思わなかった。


「よう、韓国料理が気に入ったトールだ。

 俺は韓国にいい感情を持っていなかったが、この期に改めようと思うぜ。

 ――ん? なんで良い感情を持っていなかったかって? そりゃぁ、ちゃんなんちゃらって言う、アイドルが気に入らないんだ。

 別に、そいつ自信が嫌いってわけじゃないが、隣の部屋のババーが、「キャー!! ●●●様、素敵―!!」とかきもい声だすんだぜ。怪獣が吠えているような歌声でアパートを破壊しかけるわ、ドシン、ドシン、とアパートの床を突き破りかけるわ、俺もてんてこまいだぜ。この小説の裏ボスとして登場しても納得できるぜ、俺は……。

 おっと、物語があやしい雰囲気をかもしだしているのに、無駄話もここらへんまでにしないとな。

 次回も楽しみに待っていろよな。作者が歌詞作りに四苦八苦しているから、いつになるか知らんが」 

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