第38唱 予定通りに行くなんてあまりない
「今日もごくろうさま、シンちゃん。ジョジョスでは酷い目にあったけど、立ち直りが早いわ。よく頑張ったわね」
「えぇ、本当、この前は大変でしたね」
ここは楽屋。愛の聖戦士に見守られたコンサートも終わり、汗びっしょりの衣装を着替えて髪をとかしている私に、マネージャーの村上さんがスケジュール表を確認しながら話す。
「まぁ、今度の日曜日は仕事が開いているでしょ? 私、知り合いから遊園地のチケット貰ったし、友達さそって行ってきたらどうかしら? キャッツランドって所なのだけど、それなりに人気がある所らしいわ」
チケット二枚を私に握らせてくる。
「あの、いいのですか?」
「いいの、いいの。うちの旦那は仕事仕事で、どこにも連れて行ってくれないもの。どうせ一人で行って来いって言うに決まっているわ。遊園地に三十路すぎの女が一人で行くなんて、とてつもなく勇気のいる事なのよ。アトラクションに並ぶなんて、もはや生き地獄だもの」
村上さんは拳を握りしめて、眉をひそめる。
『……村上さんったら、妙に熱く語るわね。以前、遊園地って所で、なにか嫌な事でもあったのかしら?』
「あはは、村上さん、ありがとうございます。友達さそって行きますね」
村上さんとアンの反応に対して、私は笑って誤魔化し、手元にあるチケットを眺める。
「遊園地かぁ……。黄麻とトオルでも、誘おうかなぁ」
久しぶりに三人で思いっきり遊ぼうかしら。二年ぶりだわ。
「まぁ、トオルなんていつも家に籠っているのだろうし、引っ張りだそうかしら」
一瞬、ジョジョスでトオルの隣にいた女の子が思い浮かんだけど、頭の中から追い出す。
「じゃぁ、後で二人を誘おうかしら?」
『そうね、三人で思いっきり楽しむといいわ』
私は三人で泥んこになって遊んだ小学校の頃を思い出し、そっと微笑む。
◆◇◆◇
「ねぇ、田中君。今度の日曜日、ひま?」
「う、うん。暇だけど……」
僕らはコーラス部の練習の後、音楽室で休んでいる。ときどき、こっそりお菓子を食べたりするのは、先生も暗黙の了解だ。
ちらほらと皆が帰り始めた頃、練習に疲れた僕が一休みしていると、渡辺薫さんが声をかけてきた。
「それなら、田中君。一緒に遊園地行かない? 前にフルグラ(彼女お気に入りのシリアル)の懸賞でチケットを二枚当たったんだけど、友達が一緒に行かれなくなっちゃったの。次の機会にとも思ったけど、来月からは部活とかテスト勉強とか、色々と忙しくなりそうだしね」
「ふ、二人、だけ?」
意外な申し出に声がうわずる声を抑える。女の子と二人で遊園地に行くなんて、他の人たちに聞かれたら、からかわれる事間違いなし。それに、僕は女の子と二人きりで出かけた事もない。
何も言えないで口をパクパクさせる僕に、彼女は面白げに口を開く。
「他に一緒に行く人がいれば賑やかで楽しそうだけど……。まぁ、もし他に一緒に行く人が見つかったら、人数が増えた分は割り勘ね」
彼女は僕にチケットの一枚を渡してくる。そのチケットを読み上げてみる。
「……キャッツ、ランド?」
「そう、文化祭でやる『フルムーンナイト』の遊園地はここをイメージしたのよ。これもミュージカルの役作りよ」
彼女が人差指を振って、偉そうに言う。
そう言えば、遊園地で遊ぶシーンもあったような気がするけど……。
「そうだねぇ……。でも、今思ったら、遊園地の舞台セットを用意するなんて大変じゃない?」
「うーん、もしかしたらそこは削除される、かもね? まぁ、いいじゃない。気にしない! じゃぁ、今度の日曜日に、ね?」
「うん、誘ってくれてありがとう」
僕は笑顔で手を振り、帰り仕度をする彼女を見送った後、僕はため息をつく。
「それにしても遊園地かぁ……。僕、一度も行った事ないよ」
『ゆうえんち? なんか、うまいもんでも食えんのか?』
トールの的外れな質問に、僕はクスクス笑ってしまう。
「違うよ、トール。遊園地は遊ぶ所だよ」
『あ、遊ぶ、所?』
僕は普通に答えたつもりなのに、トールはさらに混乱する。
『そ、そうか、遊ぶ所か……。女を誘ってそんな所に行くなんて、お前も意外と大人だな……』
「ン? トール、何か勘違いしていない?」
トールとの会話に食い違った物を感じる。
『いや、そういうのは個人の問題だし、俺としてはとやかく言うつもりはないが……。酒とかは程ほどにしとけよ。あと、病気は移されないように、な?』
「トール!! 君、絶対勘違いしているでしょ!?」
その後、トールに遊園地について教えるのに少し苦労した。
◇◆◇◆
僕はマンションに戻って、エルフィー達と一緒に食事をとる。僕が先に食事をしようと思えば、エルフィー達は僕のご飯を狙ってくるため、それが一番安心して食べられる方法なのだ。
そんな風に食事していると、いきなり玄関のドアが開いた。
「やっほー、トオル。おじゃまするけど、もちろんいいわね?」
「安奈……、ドアホンぐらい鳴らしてよ。親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ! 僕、食事中なんだけど」
僕は皿の上にあるパンを指差す。
「いいじゃない、気にしない、気にしない。……ところで、そのトーストって、納豆を乗せているの? 斬新すぎるわね……」
「うん、納豆とキムチを混ぜて乗せた後、その上にチーズを乗せて焼くんだ。なかなか行けるよ」
僕は安奈に納豆のトースト、名付けて、ナットーストを見せつける。これはチーズをとろけさせるのがみそだ。チーズが納豆をパンにしっかりと留めてくれて食べやすいのだ。
安奈は納豆の匂いに顔をしかめる。
「そ、そう……。お皿を汚さないで済む食べ方ね……」
「これは美味しいし、皿洗いの時は納豆のネバネバがスポンジに残りやすいんだよ。合理的、かつ美味しい一品だ。安奈も食べる?」
「……私はいいわ」
僕はナットーストをかじる。いつも食べるものにうるさいトールも結構気に入っているぐらいだ。これなら毎朝食べたっていい。
「まぁ、納豆はおいといて……。トオル、今度の日曜日はあいてる?」
安奈に聞かれて、今日の部活後に渡辺さんと遊園地行く約束を思いだした。
「今度の日曜日? ごめん、予定があるけど……、それ、どんな予定なの?」
「なんだー……、トオル、予定があるの……」
僕に予定があると聞いた安奈はむくれて口をへの字に曲げる。
「……実はね、マネージャーさんからキャッツランドのチケットを二枚貰ったから、三人で行こうかと思ってね。……ま、用事があるんじゃ、仕方ないわね。友達が楽しみにして誘ってきたのに、よ・て・い! があるんじゃ仕方ないわよね」
「キャッツランド?」
不機嫌そうな彼女の口からその名前を聞いて、僕は渡辺さんにもらったチケットを取りだそうと、かばんの中を探る。
「……もしかして、ここの事?」
僕が渡辺さんから貰ったチケットを見せると、安奈は驚いた表情を見せる。
「あ、このチケット!? そうよ、ここに行くの」
「僕も、今度の日曜日はここに行く約束してたんだ」
学校の友達と幼馴染の約束がぶつかり、おまけに行く場所まで同じなんて偶然にしてはできすぎだけど、ある意味ラッキーかも。
「ねぇ、安奈。どうせ同じ所に行くなら、一緒に行かない? 実は、他の友達は行かれないというから、二人で行くつもりだったんだ。人数も多い方が楽しいし、三人より四人の方が乗り物にも乗りやすいでしょ?」
彼女は少しだけ悩んだけど、僕の提案に頷いてくれる。
「そうね、その友達がいいのなら、そうしましょう」
「うん、分かった。明日、伝えとくよ」
「約束よ。キャットランドは朝の九時から始まるから、黄麻と九時にチケット売り場で待ち合わせしているの。そのお友達にちゃんと伝えといてよ。トオルってば、いつもどこか抜けているんだから」
『お前、信用ねぇな』
それに関しては何も言い返せない。どこか遊びに行くときも、よく自分だけ寝坊するし、約束を忘れる事も多々ある。
「はいはい、分かりました。ちゃんと、頭のネジを締めて伝えるよ」
安奈に向かって僕はおざなりな返事する。口で彼女に勝てないや。
「トオル、頼むから忘れないでよ。……猫ちゃんも、じゃあね」
安奈はエルフィーの頭を少しなでてから部屋を出て行った。彼女が扉を閉めるまで見送った後、僕は感慨深げに呟く。
「それにしても……、前に安奈達と遊びに誘おうと思ったけど、こんなに早く機会が来るなんてなぁ……。この際、思いっきり楽しみもうかなぁ」
『そうだ、そうだ。お前は学校と部活の事以外では、いつも引きこもってばかりじゃねぇか。そんなんだと、体が萎えるぞ』
「もう、トール、僕は引きこもってないもん。ただ、外出する理由が見つからないだけで」
酷い事を言って来るトールに、僕は口を尖らせる。
『それを引きこもっているって言うんだよ』
「うっ」
そう言われたら、グーの音も出ない。
◆◇◆◇
『よかったわね、安奈。トオル君と遊べて。最近、忙しかったものね』
「そうね、遊園地も四年ぶりかしら? 友達と一緒に行くのは初めてね。……そうだ、日曜日には何着ていこうかしら? この前買ったスカート……、いや、遊ぶのには不向きよね?」
私ははっと思い立って、タンスから服を引っ張りだす。鏡の前であてて見ては、床に放り投げる。
『安奈、おちつきなさい。まだ四日もあるじゃない』
「てへへ……」
アンに私が子供のようにはしゃいじゃった事を指摘され、ちょっとバツが悪くなって頭をかく。
そんな私をアンは笑って、それに私もつられて笑う。
『それにしても、安奈ったらとっても楽しみみたいね』
「そうね、三人で遊園地に行くのだもの。トオルの新しいお友達もいるそうだけど、それもまた楽しみかな。どんな子だろう?」
今からでも三人でジェットコースターに乗る様子を思い浮かべるだけで、楽しくなってくる。
『そう、トオル君が一緒だもの、楽しみよね。この機に、トオル君との距離を縮められるんじゃないかしら』
「そうねぇ……、って、アン、何変な事言ってんの!?」
流れで頷いてしまい、顔がカッと熱くなる。そんな私の様子に、アンがクスクス笑う。
『フフフ、冗談よ。半分だけ』
「何よ、その半分ってどういう意味よ?」
私が厳しく問い詰めても、アンは笑っていただけで、ずっと誤魔化された。
◆◇◆◇
そして、学校に行って、アイドル活動をしているうちに、あっと言う間に日曜日の朝を迎えた。
「安奈!? まだ起きてないの? 安奈?」
玄関から私を呼ぶ声が聞こえ、呼び鈴が鳴り続ける。
「ごめん、トオル!! あと二十分だけ待って!」
『もう、安奈。準備は前日の夜にしておくものよ』
私は大慌てで着替えをする。今日は膝上までのGパンをはき、二ーソックスとチェックのパーカーを上からはおり、青いハンターハットを被る。鏡で確認したけど、ボーイッシュで良い感じ。
私はショルダーバックと真っ赤なりんごを手に取る。赤いスニーカーをはく。
「おまたせ、トオル」
「遅かったね……って、安奈、君は歩きながらりんごを食べるつもり? 漫画じゃあるまいし」
「いいじゃない。そういう気分なの」
私は微笑みながら林檎にかじりつく。漫画に出てきそうな、元気のいいおてんばレディを気どって見る。
「おいおい、安奈、りんごの汁でべたべた。……って、乱暴な食べ方したから、歯茎から血が出てるよ!」
「ふえっ」
どうやら漫画みたいに上手くいかなかったみたい。マイナーとはいえ、アイドルにあるまじき出来事だ。
手で口を押さえた私に、トオルはあきれたような顔をして、ハンカチとペットボトルのお茶を手渡してくる。
「ほら、これでふいて」
「ありがと」
りんごを食べ終わった私は、お茶を飲み込み、ハンカチで口周りをふく。昔は私がトオルの面倒を見ていたのに、今は逆転しちゃっている。
私は口を拭いた後、微笑んでハンカチを返す。
「さぁ、ちょっと急ごう。黄麻とお友達を待たせちゃうわよ」
「ちょ、ちょっと、安奈?」
トオルが戸惑った声を出すけど、私は構わずに手を握った。
誰かと手を握るのも本当に久しぶりだ。トオルの体温を手のひらで感じて、少しだけドキドキする。
「……やっぱり、汗かくから放して」
「もう、安奈から手をつないできたんでしょ」
少し汗の湿りを感じ始めたので、ドキドキは収まってしまった。五月の良い天気の日に手を握るのは止めておいたほうがいい。
私達は電車で揺られながら遊園地まで移動する。皆で仲良くおしくらまんじゅう。
「遊園地、楽しみだね」とか、「うん」とか、あまり会話が続かない。少し気恥ずかしくなって微妙に視線を反らし合いながら、遊園地へ辿り着いた。
「黄麻と、トオルのお友達はどこかな?」
「うーん、チケット売り場のあたりにいるはずだけど……。あ、あそこ」
トオルが指を差した方向に目を向ける。
「あら、田中君。おはよう。……こちらが田中君の友達?」
口元にえくぼを作ってトオルに向かって手を振る。そして、トオルの隣にいる私を見て、気軽に挨拶してくる。
「えっと、田中君の友達、なのよね? 今日は誘ってくれて、ありがとう。私は渡辺薫。よろしくね」
「えぇ、おはよう。私は、菅原安奈。こちらこそ、よろしく」
素敵に笑う彼女に自己紹介を返す。初対面でも気負いしない笑顔で、すぐに仲良くなれそうな女の子だ。でも……
『あれ? この子って、この前トオル君と一緒に居た子じゃないかしら?』
そう、トオルの友達と言うのは、ジョジョスでトオルと一緒にいた、栗毛のポニーテールが印象的な子だった。気になっていた相手が突然に出くわしたので、私は少し面喰ってしまうも、笑顔でそれを隠す。アイドルなら、どんな時でも笑顔で対応できるだけの技術が必要だ。
「……もう、こういう時は、トオルが紹介してくれるものでしょ。気が効かないんだから……」
私が肘でトオルの脇をつつくと、慌てて紹介を始める。
「ご、ごめん。渡辺さん、こっちは僕の幼馴染の菅原安奈。僕らは安奈って呼んでるんだよ。ほら、『すがわら』って、なんか言いにくいでしょ」
「もう、それはトオルだけよ。昔は私を呼ぶと『しゅがわら』になっちゃうから、安奈で定着したのよね」
「ご、ごめん」
私はわざと不機嫌そうに横目でトオルを睨みつけると、トオルは慌てて謝ってくる。その様子に、渡辺さんはこらえきれないように笑う。
「ははは、あなたたち、とっても仲が良いのね」
「はは、そうかもね。仲のいい友達というより、まるで僕のお姉さんみたいに口やかましいよ」
トオルは照れたように頭をかくけど、私の胸がきゅっと痛くなるような錯覚をする。
そう、私はトオルの口やかましい友達。
ただ、それだけ。
それと比べて、トオルと魅力的な笑顔の渡辺さんがどれくらい親しいのか気になってしまう。
……これって、仲のいい友達と思っていた人が、他に仲のいい友達と一緒にいるのを見て、やちもち焼いているようなものかしら……。
『本当に、そんな気持ちなのかしら? あなたのトオル君に対する気持ちは……』
そうよ、そうに決まっているわ! だいたい、アンは……。
私が心の内でアンと言い合っていると、トオルが私に呼び掛けてくる。
「ねぇ、安奈。あっちに黄麻がいるから、早く行こう。遊ぶ時間がどんどん減っちゃうよ」
「え、あぁ、そうね。早く行きましょう」
我に返った私は、トオルに頷き返して足を進める。
楽しみにしていた遊園地。
しかし、昔から一緒に遊んでいた三人組に一人加わっていて、それが私の胸の中でトゲのようにつかえていた。
「はい、なんか気に入らない安奈です。一番の友達だと思っていたのに、久しぶりに会ってみると新しい友達と仲良くしているのを見て、ちょっと寂しい気がします。自分にも友達が増えていればそうでもないかもしれないけど、ね。
世界中誰だって、微笑めば仲良しさ、なんて、そうそう世の中うまく行きませんよね? もう、なんか疲れちゃう。
はぁ、今日はここまで。次回は憂鬱な気分も晴れるかな?