第37唱 自分のことなんて、案外分かっていないものだ
僕は魔法少女ピングルと別れた後、デパートの裏通りに下りて変身を解除した。
「渡辺さんやコント・トリオが心配していないといいけど」
『さぁな、それは無理だろう。お前の肉体はもやしとどっこいどっこいだから』
「それって、どういう意味? 僕がもやしみたいにひょろいって言いたいの? それとも、本気で僕をもやしと同列にしてるの?」
トールの言葉に不機嫌になりながら歩く。
僕はデパートの表、人が集まっている方へ向かう。そこにはテレビ局や記者が沢山押し掛けていて、強盗達が逮捕される所や、被害にあった人たちにレポートを求めている。
「えっと、エルフィー達はどこにいるんだろう……」
沢山人がいるから、小さな猫を探すのが困難だ。
「こういう時こそ、テレパシーの出番だ!」
僕は眼を閉じて、三匹に心の中で呼びかける。
――おおい、エルフィー! ラジー! マリー嬢! どこに居るの!?――
『……ここだよ。トオル、助けて、苦じい!』
三匹は意外と近くに居て、デパートの角にたたずんでいた。
「もう、どうしたんだよ……。って、どうしたの!?」
三匹とも伏せていて、かなり元気がなさそうだ。
『……トオル、お刺身食べすぎた。気持ち悪い~、おえっ』
『もう、マグロは当分いいんだなぁ~。……うっぷ』
『まったく、二人とも、紳氏として失格ですわ……。うぅ~』
三匹とも、毛玉と共にリバース。あきれた僕は手で額をぽんと打つ。
「お前ら、お店の物を盗み食いしたな。火事場泥棒して動けなくなる程食べるなんて、なんて食い意地の張った奴らだ」
主人が命がけで戦っていたのに、こいつらは命がけで胃に寿司を詰め込んでいたのか。
文句の五、六個は言いたくなるが、そんなのは後回し。みんなが心配しない内に合流しないとね。
僕はコント・トリオと渡辺さんを探していると、彼らは人だかりから外れた所にいた。
「やぁ、みんな! 無事だったみたいだね」
僕は手を振りながらみんなの所に走り寄る。
みんなホッとしたような顔をして手を振り返すが、コント・トリオのリーダーだけが不機嫌そうに腕組する。
「おい、田中。一人でどこへ逃げたんだよ! 全く、自分の事ばかりだな!」
「ごめん、思わず逃げ出しちゃった」
彼の言い分も分からなくもない。僕だって仲間を置いて一人で逃げたら不機嫌になるだろうしね。
僕が謝っても口を尖らせているリーダーの後ろでチビが苦笑する。
「さっきまでお前の事を心配してくれたんだけど、お前がピンピンしているのを見て、心配していた事が照れくさくなったんだよ……痛っ!」
リーダーの本音をつらつらと述べたチビは頭を殴られる。このまま続くと、背が伸びなくなってしまいそうだ。そんな二人の様子に渡辺さんが笑う。
「あはは。まぁ、君は相変わらずテレ屋さんだね。私もお手洗いに居て強盗の目から逃れたんだけど、合流できるまで一生懸命に私の名前を呼んで探してくれたんだよ」
「そ、そんな事よりだなぁ……。お前が逃げた後に、凄い事が起こったんだぜ!」
耳を赤くしたリーダーは、慌てて話題を変える。
「あの、噂のヒーローが俺達を助けてくれたんだぜ! クロネコ仮面は本当にいたんだぞ! 盗賊をあっと言う間に倒したんだ」
すると、チビやデブもはしゃぎだし、クロネコ仮面がカッコよかっただの、強かっただと手放しで称賛する。
『ベタ褒めだが、結局名前を間違えたままだな』
僕らは警察の事情聴取も、その場だけ話しをするだけで、たいして行われなかった。まぁ、これだけ沢山人がいるのだから、子供からわざわざ話を聞く必要はないだろうし、正直それでありがたかった。
そうして、僕は行きの時よりも重くなってしまった三匹を肩と頭に乗せて帰る。僕の首、肩、足腰が鍛えられそうだが、正直、戦いの後で疲れていていたので、食べすぎで気持ち悪そうにしていた三匹を放り出したくなった。我慢して連れ帰った僕って偉いよね。
◆◇◆◇
「……安奈、もう帰って来てるかな?」
もう八時を回った頃。僕は前回よりも上達したお好み焼きを持って彼女の部屋を訪れる。今回はゴージャスに、豚肉だけでなくイカも入れてみた。イカ様さまだ。
彼女も今回の事でどたばたして大変だろうし、疲れた時はやっぱり野菜と肉を食べられるお好み焼きが一番だ。
『そんな上手い事言って、単にそれしか作れないだけだろう? お前はお好み焼き以外に、冷凍食品か、スーパーで買ってきた物を食べるだけじゃねぇか。俺が普段、どれだけ食に我慢していると思ってんだ』
トールが痛いところをついてくるので、僕はふてくされる。
「いいじゃん。お好み焼き、美味しいし」
口を尖らせながらもチャイムを鳴らすと安奈がでた。
彼女は既に帰っていたようで、安奈は疲れていたような笑みを浮かべ、二人でお好み焼きを食べると言ってくれる。
僕らはお好み焼きを口にする。僕はマヨネーズと焼きノリをかけるのが好きだけど、マヨネーズはカロリーが高すぎると安奈は眉をひそめる。
お好み焼きを食べた後は、緑茶でホット一息つく。やっぱり、食後は緑茶に限る。
彼女は僕が連れて来たマリー嬢とエルフィーを撫でながら、ゆったりとくつろぐ。
「はぁ、でもトオルがお好み焼きを持ってきてくれて助かったわ。もう、夕飯の準備が面倒だから、スーパーのサラダと、シリアルで済ませようかと思っていた所よ」
彼女はマリー嬢とエルフィーの耳の裏をかいてやると、二匹は『もう少し右』とか『首の後ろ』とか気持ちよさそうに言う。まぁ、彼女にはテレパシーが届いていないみたいだけど。
「……そう言えばさ、トオル」
『僕もなんだな~』とせがんでくるラジーを僕が撫でていると、安奈がふと思いついたかのように口にする。
「ジョジョスの事件、知ってる? ジョジョスの副社長が起こした強盗事件。あれに、すっかり巻き込まれちゃったのよ」
「あぁ、うん。テレビで見てたよ。安奈も大変だったね。……でも、無事でよかったぁ」
僕はその場に居なかったかのように話す。勝手に見に行った事を知られたら、「見に来ないでと言ったでしょ!」とか言って、安奈が不機嫌になりそうだ。
僕は躓かずに言えて、ホッとした……けど、なんか安奈が少しだけ不機嫌そうに眉をひそめて俯いたような気がした。次の瞬間には苦笑するように顔をあげる。
「あ、うん。本当に大変だったのよ。本当の本当に死ぬかと思ったわ。でもね、噂のヒーロー、ガット・ネロマスクが助けに来てくれたのよ」
一瞬彼女が落ち込んでいるように見えたけど、そんなのは杞憂だったようだ。目を輝かせて、ようやく名前を覚えてもらえたガット・ネロマスクについて語りだす。
「私が人質に取られて、もう殺されると思った瞬間に強盗らしい男が仲間を殴り飛ばすのね。私に拳銃が向けられても、ジャ●ニカノートを投げて拳銃を狙い落としたのよ。ガット・ネロ・ジャ●ニカブーメランって、格好良く綺麗に回転させて投げたの。とても素敵だったわ」
『おい、トオル、カッコ良かったってよ。よかったじゃねぇか。ジャ●ニカブーメランが大好評みたいだな』
トールの茶々に少し気まずい思いをする。安奈はガット・ネロマスクに心酔してくれたようだけど、今改めて思うとジャ●ニカブーメランはなかったかな?
僕が頭をかいて、これからは必殺技にこだわろうと胸の内で誓った。
「それでね、私、思ったんだけど……」
安奈が少し恥ずかしげに声をかけてくるので、僕は安奈に視線を戻す。
「なに?」
聞いてみたけど、返答してくるまでに少し時間がかかった。彼女は恥ずかしげにまごついた後、思い切って宣言する。
「私ね、ガット・ネロマスクの正体に迫ってみようかと思う!」
「へっ、て、ふええぇぇ!?」
彼女が拳を握りしめての決意に、僕はすっとんきょな声をあげる。
「安奈、それマジ?」
「もー、マジよ、マジ!」
僕の念を押して聞き返したのに不機嫌そうな顔で答える。
「そりゃ、いきなり何だと思うかもしれないけど、私はガット・ネロマスクに会って、素顔を見てみたいの」
彼女は恋する乙女みたいな顔をして、ガット・ネロマスクに思いはせる。それとは対照的に、僕の顔は青くなったような気がする。
「だから、トオルも私の仲間に入れてあげる。私と黄麻とトオルで、ガット・ネロマスク探究会を結成するわよ!」
「えぇ、その、僕は……」
拳を振り上げて気合を入れる彼女に、僕は慌てる。
彼女は興がそがれたと言わんばかりに、不機嫌そうな顔をこっちに向けてくる。
「なによ、トオルは嫌なの? もしガット・ネロマスクと仲良くなれても、あなたに会わせてあげないわよ!」
『そりゃぁ、無理だな。このヒョロイのが、ガット・ネロマスクの正体なんだから。どうやって、本人に本人を会わせてやるんだ? ドッペルゲンガーか?』
トールが笑うけど、僕はちっとも笑えない。安奈の顔を見てみると、絶対に本気で言っている事が分かる。
「お、黄麻も、その会に入ったんだ……」
「えぇ、黄麻は電話で入る事に決めたわ。だからトオルはそのナンバースリーよ。光栄でしょ? だからトオルも入れてあげる」
「あ、うん、そうだね。ありがと、ね……」
僕は笑みをひきつらせて頷く。
なんだか、自分で自分の正体を追いかける会に入ってしまった。なんて報われないのだろうか……。
「あはは、もうこんな時間。僕はもう部屋に戻るね。おやすみ、安奈」
「あら、そうね。また明日、トオル」
僕は居た堪れなくなり、彼女の部屋から逃げるようにして出ていく。
◆◇◆◇
「……はぁ、何をやってんだか……。全く、トオルってば……」
私はひきつった笑みを浮かべたトオルを見送ってため息をつく。
『さすがに、あのヒーローの正体を探るなんて、突拍子もない考えとでも思ったのかしら?』
「……それもあるかもしれないけど……」
私が気にしているのはそんな事じゃない。
「……トオル、嘘ついてた……」
ポツリと呟く私の口は、まるで自分の物ではないかのような気がした。
「トオルがデパートにいたの、私、見てたもん。……それに、嘘つくのも下手すぎ。デパートに居なかった、ってアピールしたいなら、私の安否を真っ先に聞かなくちゃおかしいじゃない。……はぁ」
『まったく、なにため息ついてるの。きっと、安奈があれだけ嫌がったから、デパートに来た事を言いづらくなったんじゃないかしら?』
アンはそう言ってくれるけど、なんだか心の中がもやもやする。そのもやもやが私の心の中で膨れ上がって、そのうち、ところてんみたいにうねうねと押し出されるんじゃないかと思っちゃう。そうして、私はところてんに押し流されてどこまでも行くんだわ。
私は憤慨して、アンに愚痴る。
「あれは絶対、女の子といちゃついていた事を知られたくなかったんだわ。きっと、そうよ。男って、そんなのばっかりなんだから。いつか見たドラマではそうだったもん」
他の女の人に会った事は恋人に内緒にするのよ。現実をドラマに照らし合わせるなんて、他の人が聞いたらおかしいと思うだろうけど、私の恋愛経験は韓流ドラマでなりたっているのだもん。そう思うのが普通。うん、そうよ、絶対。
私が鼻息を荒くして言いきると、アンが『あらあら』と困ったような声を出す。
『……それで? 安奈はどうしたいの?』
「ど、どう、って……。いや、私はトオルが嘘ついて腹が立つだけ、と言うか……」
アンがいきなりそう聞いてくるので、一瞬、私は彼女がいったい何を聞きたいのか分からずに戸惑ってしまう。
『本当にそれだけ? それだけなら安奈が腹を立てるだけの理由にならないんじゃないかしら?』
「どういう意味よ」
アンの言い方が妙に引っ掛かる。彼女は諭すように語りかけてくる。
『ただそれだけなら、安奈はあの女の子の事でトオルをからかうだけじゃない? でも、それが出来ずに怒ってしまう。それは、トオルと女の子が一緒に居る事が気に入らないんでしょ』
「いや、私は……、そんなこと……」
否定しようとしたけど、言葉がのどの奥に引っ掛かって出てこない。出てくるのは掠れた声だけ。
『安奈は、トオルの事が好きなんじゃないの? だから、トオルが女の子と仲良くしているのを見て、面白くなかったんじゃないかしら』
私は心臓をきゅっと掴まれたような気がした。
「わ、私は……友達に囲まれていたトオルに嫉妬していただけよ」
なんだか、胸が痛い位にドキドキする。でも、アンはそんな私にお構いなし。
『本当にそうかしら?』
「そ、そうよ。……もう、寝るわ!」
私はアンに向かって怒鳴り、自分のベッドに向かう。
『ちょ、ちょっと、安奈』
「なによ! 私は知らないから!」
アンったら、イライラする事ばっかり言うんだから。なんにも聞いてやらない。
『安奈、お好み焼き食べて歯磨きしてないわ。パジャマに着替えてないし、だいいち、お風呂にも入ってないわ』
「あっ……。な、なに、自分の部屋に着替えを取りにきただけよ」
少し悔しかったけど、私はベッドの前で回れ右して、洗面台に向かった。
◆◇◆◇
「うん。すごいじゃない、田中君。このシーンにぴったりだよ」
「へへっ、そうかな?」
次の日、僕は渡辺さんに昨夜書きあげた歌詞を読んでもらった。我ながら、会心の一撃だと思う。
その歌は、昨日、僕がデパートの火災報知機のボタンを離れた所から押す、いわゆる念動力と言われるものを操る魔法の歌を書きあげたのだ。これの題名は【ディスタンス】と名前をつけた。
この歌のシーンは、月の光で一時的に人間に変身できる主人公の黒猫が、猫である自分と人間であるヒロインとの差を考えて、自分の思いを伝えられないで悩むシーンの歌。
家に帰って考えてみると、その【ディスタンス】がちょうどそのシーンにピッタリだったので、デパートで歌った時の歌詞をそのまま使った。まさか、今までさんざん悩んでいたのに、ほんの一瞬で作れたなんて、自分で作っておいて驚いてしまう。 渡辺さんが感心したように歌詞をもう一度見直す。
「うん、これは良いわね。もしかしたら、曲に合わせて変更する所もあるかもしれないけど、変えるとしてもそれぐらいだよ。きっと」
「へぇ、そんなに?」
僕も褒められて少し照れる。
「うん、そうよ。……うーん、それにしてもねぇ……」
「どうしたの?」
彼女が感慨深げな表情で言葉を続ける。
「この作品が素敵に感じるのは、迫真に迫ったものがあると言うか、リアリティがあると言うか……。うん、なんか心が詰まっているのよね。実際にこんな思いをしなくちゃ、この作品を書けないような気がするわ。……これ、田中君が恋した時の思いを歌詞にしたの?」
「いや、そんなはずはないけど……」
そう答えながらも彼女の言葉に僕は考えるけど、そんな心当たりなんてない。
「そうかしら? 案外、田中君が気づいていないだけで、ひょっとしたらそんな思いを持っているのかもしれないわよ。人って、案外自分の事さえも分かっていないものだからね」
「……そう、なのかな……?」
自分でも気づいていない、自分の思い。そんなものがあるのだろうか……。
少なくとも、今の僕には分かりそうにない。
エルフィー「やっほー、みんな。お刺身大好き、エルフィーだよ」
ラジー「後書きなんて、僕、初めてなんだな」
マリー嬢「ちょっと、そんな無駄話してたら、肝心な事を話せなくなりますわ」
エルフィー「今回は、僕らのご主人様、トオルの恋が少しだけ進展、したのかな?」
ラジー「やばいんだな、緊張、するんだなぁ~、……Zzz」
エルフィー「それで、今後は……」
マリー嬢「もう、こんな晴れ舞台で、何寝ていらっしゃるのですか!? 起きなさい。猫パンチ!」
ラジー「うわっ、なんだな」
エルフィー「……もう、面倒だから、ここまで。次回をお楽しみに」
マリー嬢「ちょっと、お待ちなさい! 勝手に終わらせな……」