第36唱 他者を笑う奴は自分の愚かさから目をそらしている
僕は魔法少女ピングルをかばって、邪悪な道化師・フールが投げつけてくるトランプを避ける。回転するトランプ自体の切れ味は、せいぜいカッター程度で、強固なガット・ネロマスクのスーツを傷つける事はできないが、魔法少女ピングルは話が別だ。彼女は普通の服だし、トランプで肌を切れば出血して体力を失くしていくし、目やのどにあたれば危険だ。
僕は大きな柱の裏に隠れてトランプの雨をやり過ごす。
『くそっ、こいつ、俺らをいたぶって倒すつもりか』
「トール、どうしたら、いいかな?」
僕がトールと相談していると、魔法少女ピングルが顔をしかめる。
「あなた、さっきからいったい誰と話しているの?」
僕が彼女に言い訳をする前に、ふと背後でおかしげな声が僕らの背筋を凍りつかせた。
「ふふふ、おしゃべりするゆとりをお持ちとは、羨ましい限りでございます」
急に目前に現れたフールに対して、僕は彼女を抱え、距離を取る。
フールは沢山の細長いフーセンを飛ばしてきて、それが床、天井、柱、商品棚にぶつかって小爆発を起こし、そのたびにコンクリの破片が飛び散る。
「くっそ、あいつ、神出鬼没だ」
「神出鬼没……ねぇ」
僕がいら立ちを隠せずに呟くと、彼女は悩むように意味ありげな言葉を呟く。
「ねぇ、クロネコ仮面」
「ガット・ネロマスクだよ」
「ねぇ、クロネコ仮面。あいつ、さっきから似たような場所に出現していると思わない?」
僕の訂正も聞かずに、彼女は続ける。
「そう? いろんな所に現れているように感じるけど……」
僕はフールの攻撃を防ぐのに精一杯で、奴の出現場所まで気が回らない。
「私達を倒そうとするなら、私達の真後とか、真上に現れて攻撃すればいいのよ。……少なくとも、それで私を殺す事はできるわ。なのに、さっきから出現する場所にパターンがあるような気がする……」
彼女の言葉に僕は引っ掛かる。何かを大切な物を見落としているような気がする。でも、その何かが分からない。それを歯がゆく思う。
でも、考えている暇はない。
「ほほほ、フラワーボンバーでございます」
フールがまた僕らの前に出現して、今度はまん丸の赤い鼻飾りを飛ばしてきたので、僕は彼女をまた抱えて横に跳ぶと、それは床で爆発して床の破片を撒き散らす。
「ふふふ、ホント猫のように俊敏であられますね。ぜひとも、私のショーの出演してもらいたいぐらいです」
「そんなの、ごめんだね!」
僕は落ちていたはさみを投げつけたが、やっぱりすり抜ける。
フールがまた何かをしようとしたが、急に動きを止める。
「なんだ?」
フールの不気味な笑みを僕は怪訝に思う。
「ほら、新たにお客様がいらっしゃいました」
僕も耳を澄ましてみると、階段の下から大勢の人の足音が聞こえてくる。
「警察だ! 大人しくし……なんだ!?」
透明な盾と拳銃を手にした警察の中でも特殊部隊らしき人達が上がってきて、異様なピエロの姿に仰天する。
「……なんだ、お前は! 動くな! 動いたら発砲する!」
隊長らしき人が、異様な相手に対して、冷静に対処する。しかし、僕らに倒せなかったフールにとって、警察だって敵ではない。
「ほほほ、穏やかではありませんねぇ」
再び四つの手から操り人形の道具を出現させ、警察の方に飛ばす。
「ま、まずい!」
僕は急いで警察の方に向かうが、フールがハトを飛ばして邪魔をする。
さっきは普通のおっさんとおばちゃんが操られたけれど、今度は銃を持った警察だ。操られたら、とんでもない惨事になる。銃も使い方次第では、フールの攻撃よりもやっかいだ。
「おい、何をしているんだ!」
フールが手を振るうと同時に、四人の警察がガシャンと鉄がこすれる音を立てながら僕に銃口を向ける。
「う、うわぁぁ! た、隊長! か、体が勝手に!?」
自分に向けられた弾幕に対して、僕はひたすら避ける事しかできず、なかなか近づく事ができない。
「ふふふ、簡単に避けてしまいますね。……なら、これならどうでしょう?」
フールが手で銃の形を作ると、操り人形となった警察は、仲間に向かって銃を向けてしまう。彼らは恐怖で顔を引きつらせ、必死で銃を下ろそうとするが無慈悲にも体は言う事を聞かない。
僕は矢のように飛ぶが間に合わない。せいぜい、手前にいる一人を解放するのが精一杯だ。他の警察も、僕も間に合わない。
だが、この場で戦えるのは僕だけじゃない。
「ピングル・スウィングル・タキ=シード! ムーブル・プッシュル・サイキックル!」
魔法少女ピングルの不思議な呪文らしき言葉が響き、なにやらガシッという金属音が鳴る。
「ほほほ、ショーにはちょっぴり刺激が必要なのですよ」
フールの微笑みを合図に、操られている警官が人差指で引き金を引いた…………が、惨劇は起きなかった。
「おや、どういう事でしょうか?」
予期していた銃弾は飛び出さず、その警察たちは仲間に取り押さえられる。
僕も飛び上がり、上に浮かんでいた操り具を壊して四人を解放する。
「よ、ようやく、体が思い通りに、動く……」
警察達は顔を青くしていた。自分の仲間同士で殺し合うなんて、背筋が凍る思いだっただろう。
「おやおや、何をしたのですか?」
何やら分からないうちに邪魔をされたのが気に食わなかったらしく、穏やかな言い方だったが、そこにいら立ちも混じっていた。
「なに、ちょっと念動力の魔法を使っただけよ。その様子なら、セーフティを知らないようね」
彼女は得意げそうに、フールを馬鹿にしたように言い放つ。僕は知らなかったが、念動力で細かい操作をする事は難しく、それは彼女が熟練者である事を示していた。
僕は二人が話し合っているすきに、倒れている強盗五人を引きずるようにして持ち運び、警察に明け渡す。
「こいつらが強盗です。六階にも三人、放送室に二人いるはずです。こいつは普通の人間ではありません。ここは僕らに任せて、避難してください!」
「わ、分かった。撤退、撤退だ!」
見るからに異様な光景に圧倒されたせいか、彼らは大人しく頷いてこの場から退散する。
僕が魔法少女ピングルの隣に立ち、フールと対峙する。奴は僕らをおかしそうに笑う。
「ふふふ、強盗まで助けるとは、あなたはとても優しいですね」
「まあね、余計な人間がいるとお前の能力で操り人形にされちゃうからね。退散してもらった方が……好都合、だ」
そう言いながらも、僕はふと一つの疑問が頭をよぎる。
こいつはトールの世界から来た魂で、それが実体化するには誰かの肉体と魂を乗っ取らないといけないはずだ。
しかし、ここの階には五人全員そろっていたし、こいつは誰もいない所に忽然と現れた。誰かの体を乗っ取っている様子を見ていない。
「ねぇ、君。六階には、ちゃんと強盗は三人いた?」
「何よ、こんな時に……」
突然の問いに、彼女は怪訝な顔をする。
「いいから、大事な事なの。全員そろっていた?」
「えぇ、三人いたけど……。それがどうしたの?」
僕は素早く考えをまとめる。ようやく頭の中でつかえていた物がとれたようだ。
『トオル、何か思いついたようだな』
「うん、もしかしたら……」
トールの問いかけに、僕は頷く……が、魔法少女ピングルが僕の首根っこを捕まえて揺さぶってくる。
「さっきから、なに自己完結しているのよ! 私にも、教えなさい!」
「あ、あぁ、わ、分かったから、揺すらないで」
首ががくんがくんして、上手く話せない。彼女をいさめる。
「あなたたち、敵を前に何おしゃべりしているのですか? 余裕ですね」
フールがクマやウサギのぬいぐるみを操って差し向けてくるので、僕は彼女を抱えて跳びながら彼女にささやく。
「…………ちょ、ちょっと、どういう意味!?」
「ここにいても君に出来る事はない。早く行け!」
ビックリして尋ねてくる彼女に、今度は大きな声で怒鳴る。
「……ん、もう、分かったわよ!」
僕は階段に向かって走る彼女を見送って、再びフールと対峙する。
「さぁ、続きはサシでやろうか」
「ふふ、良いのですか? 彼女もそこそこの魔術師だったようですが……。お二人でかかってきた方がそちらに有利でしたのに」
「元々、彼女は関係ない。僕らとお前とで勝負をつけるべきだった」
僕はフールを睨みつけて歌う。
どこまでも続く青い海は
夢の色を映してる……
「どんな魔法かは知りませんが、やらせません!」
フールが十数本のバトンを思いっきり回転させて投げつけてくる。ヘリコプターのプロペラみたいに回るバトンは床や柱を粉砕しながらこちら向かって来る。
「ガット・ネロドロウ! アンド、ガット・ネロバトン!」
僕はバトンの二つをくすね、回転させながら他のバトンをはたき落とす。
それからと言うと、防戦の一方だった。フールの攻撃は弱くも僕の歌を中断するには十分で、僕はと言うとフールに一撃も与えられない。
「ははは、どうです、賢者トール! 舞台で踊らされている気分は!? 何も知らずに振り回される気分は!」
『さぁな、踊らされるつもりはさらさらない。やられるのはテメェだ!』
トールはテレパシーでフールに言い返す。
「ははは、あなたらしいですね、偉大なる賢者よ!」
トールの強気な発言にフールは大笑いする。
「さぁ、最高のショーもフィナーレです。最後のクライマックスをお楽しみください!」
僕は成すすべもなく、フールが四つの手を構えるのを見ていた時だった。
「な、なんですか!?」
フールの体にテレビの映りが悪い時に出るようなノイズが走り、その姿が霞む。
そして次の瞬間、フールの姿が濃くなったのだ。
それは今まで透明なガラス越しに見ていた所で、急にガラスを取り除いて見たような変化だった。よく見なければ分からないけど、確かに変化がったのだ。
これが意味する事。……そう、つまり、フールの本体が姿を現したのだ。
「さぁ、フール。お前の言う通り、ショーのフィナーレだ。クライマックスを楽しんだらどうだい?」
顔を青くするフールに向かって、僕は最高の顔で微笑む。
「ま、まさか、気づいて……。さっきの女に、やらせたのですか!?」
「そうだよ。僕はただ気付かれないように時間稼ぎをしていただけ。さっきの歌だって、別に魔法じゃないよ」
◆◇◆◇
放送室、彼女はモニターの前に立っている。いくつも並んだモニターは全て電源が落ちて、真っ暗になっている。
放送室には一人の少女と一人の男しかいない。魔法少女ピングルと、伸びている強盗だ。
「もう、監視カメラのモニターを消せって、いったいどういう意味よ。説明してくれたっていいじゃない」
彼女はクロネコ仮面に「モニターを消せ」と抱えられた時にささやかれた。その真意を聞こうとしたら、「早く行け!」だ。文句の一つや二つ言いたくなっても仕方がないだろう。
「全く、これで倒せるのかしら?」
彼女は放送室を飛びだし、戦いの現場へと向かった。
◆◇◆◇
「お前は、影と本体を入れ替えて、攻撃をかわす能力を持っていた。しかし、それが影である必要はなかった。ある程度、自分の姿を写しているものであればよかったんだ。たとえば、鏡とか、水面に映った自分とか……。そう、たとえば防犯カメラに収められて、モニターに映し出された自分とか」
そう、こいつは放送室にいた強盗の肉体と魂を乗っ取ったんだ。そして、防犯カメラのモニターから跳び込み、防犯カメラが撮っていた所、僕らの前に出現した。
魔法少女ピングルのフールが等間隔に出現しているという疑問も、あいつは防犯カメラにはっきりと映る場所でないと、影と入れ替わる能力が切れてしまう為、防犯カメラのある場所にテレポートし続けていたのだ。
フールの陰である防犯カメラの映像は消えた。もう、フールを守るものはない。
「さぁ、終わりだ! ガット・ネロキック・フィナーレ!」
「ブバアァァァ!!」
僕はフールにドロップキックをかまし、壁にめり込ませる。フールはうめき声をあげて、体をぐったりとさせる。
一回転して着地した僕は、苦しげにもがくフールを見下ろす。
「意外と打たれ弱いんだね。……さてと、あなたにはこの世界から消えてもらう」
僕は祈りを込めて歌う。悪しき魂を追放するために歌う。
そうさぁ Push up Pull up together!
暗い影を振り切って 何度でも 君に手を差し伸べるから
So yeah! Get up! Let’s hop tomorrow
何度転んでも 僕らは 明日があるのだから
一緒に歩いてゆこうよ
乗っ取られた体から黄金色の光が溢れ、フールの魂を押し流そうとする。
『ハハハ、結局、私は舞台で踊るだけの道化師だったようですね』
『はん、何を今さら』
悔しげに笑うフールをトールが笑う。
『……しかし、偉大なる賢者、トール・T・ナーガ。あなたもとんだ道化師ですよ』
『なんだと!?』
最後の負け惜しみなのか、フールが語る皮肉にトールが腹を立てる。
『あなたは何も知らない。何も知らずに、笑って踊っている。いや、何も知らないからこそ、笑って踊れるのです』
『どういう意味だ!』
フールの魂も半分ほど出ていて、ジョジョスの元副社長も本来の姿を取り戻しつつある。
『あなたは真実を知りません。美しく、素晴らしく残酷な世界の真実を……。知ってしまえば、笑ってなんかいられまれません。嘆く事しかできません。絶望するしかありません。偉大なる賢者、トール・T・ナーガ様。あなたは世界の真実を知った時、いったいどのような顔をするのでしょうか!? その顔が楽しみで仕方ありません』
フールがまたおどけて笑う。あざけ笑う。馬鹿にしたように笑う。
『おい、テメェ、どういう事だ!』
『さようなら、偉大なる賢者、トール様とトオル様。ごきげんよう。もう二度と会えないと思いますが、運が良ければ……』
その言葉を最後に、フールの魂はこの世界から消え、荒れ果てたデパートの三階には、僕と気絶したジョジョスの元副社長だけが残された。
「ねぇ、トール……」
『……俺の、知らない、真実……』
いつも自信満々なトールが茫然としてように呟いている様子に、僕はなんともじれったい気持ちになってしまう。
「ねぇ、トール!」
『あ、わりぃ。なんだ、トオル』
僕の掛け声に、ようやくトールが反応する。
「あいつは皮肉で言ったのかもしれないよ。そんなに考え込んでも仕方ないよ。そうやってトールを悩ませるのを楽しんでいるだけかもしれないよ、あいつは」
『……そうだな』
「そうだよ。トールが悩むなんて似合わない。大胆不敵、猪突猛進だよ」
『それ、俺を馬鹿にしてないか?』
トールが不機嫌そうに返してくるので、僕は笑って誤魔化す。
トールが問い詰めようとした所で、魔法少女ピングルが放送室から戻ってきた。
「あら、クロネコ仮面。もう、終わったの」
「終わったよ。あと、クロネコ仮面じゃなくて、ガット・ネロマスク。これで何度目だい?」
僕は腕を組んで、怒ったふりをする。
「さあね、ガット・ネロマスクより、クロネコ仮面の方が言いやすいからね」
「わざとか!?」
覚えているくせに、わざと間違えるなんて性質が悪い。
彼女はウインクして、人差指を振るう。
「まぁ、そんな事より、そろそろ警察が上がってくるかもしれないから、退散しようかしら」
「まぁ、そうだね」
彼女の言う通り、僕も退散する。どこの誰かは知らないけど、魔法少女ピングルがいてくれて本当に助かった。
よう! ようやく、あのうぜえピエロを倒したトールだぜ。
しかし、あのフールが言っていた世界の真実とやらはいったいなんだって言うんだか…・・・。
今の俺にはわからないが、そんなの関係ねぇ。俺は俺の成すべきことをする、それだけだ。
そのためにも、トオルをビシバシこき使ってやらないとな!
次回のトオルの活躍も飽きずに見ろよ!