第34唱 一人では無理でも、誰かと一緒なら可能性は広がる
変身したとは言え、最初の一手が重要だ。
今すぐ安奈を助けたい所だが、彼女を助けているうちに別の人質で脅されては元も子もない。強盗犯を各個撃破していくべきだ。
ならば、今回の強盗で指揮している人物を最初に叩き、連携を崩すしかない。
その主犯はどこに居るのだろうか。このデパート内での出来事を把握できる場所は……。
「……監視カメラのモニターが見える、放送室か」
僕は監視カメラの無い階段を駆け上がる。監視カメラは、あくまでも犯罪を防ぐためのものであり、売り場でない所に設置しなかったようだ。気づかれないうちに放送室へ駆けつけて、一気に方を付けてやる。
『トオル。左手の通路から、人の気配がするぞ』
僕が四階に辿り着く前に、トールが警告し、僕はその手前で足を止める。強盗犯が変身前に逃げ出した僕を探しているのかもしれない。
相手の足音が近づいてきて、僕は拳を構える。そして曲がり角から見えた黒い物は、フライパンだった。
「へっ?」
僕は虚をつかれて、フライパンを避けそこなってしまう。ゴーンと、意外と綺麗な音がフライパンと僕の頭の間で生まれる。
「い、痛っ!」『つぅぅー!?』
「あら?」
僕が頭を両手で押さえながら涙目で見返すと、ポニーテールの女の子が立っていた。
水滴がついたサンバイザーで顔を隠している。僕の意見からすると、デザインが少し怪しいレンジャー物っぽい気がする。
それと彼女は、ひざが隠れるほどの大きい上着を着込み、手には商品説明のシールが貼られたままのフライパンを手にしている。
「あなた、黒猫仮面ね。こんな所で会えて、私ってばツイてるわね。前とは格好が違うけど、私は魔法少女ピングルよ」
「……出会いがしらにフライパンで殴られるなんて、僕はついてないね」
「あらら、男がそんな細かい事、気にしないものよ」
彼女は「ちっ、ちっ」と舌打ちしながら人差指を横にふる。殴ってきた当の本人に言われるような事じゃない。
「まぁ、本当に助かったわ。私一人の力じゃ無理だから機会を窺っていたんだけど、これ以上の機会なんて無いと思って、一か八かで飛び出してきたのよ。……あなたも、まずは放送室を叩くんでしょ?」
少し腹が立つが、この状況で見方が多いに越した事はない。頭を殴られた事は一時水に流そう。
「うん。じゃぁ、行こうか。僕は男だから、フライパンの事なんて、いちいち気にしたりしないよ。君が身につけている物の値札とかもね」
「これを外に持ち出した訳じゃないし、まだ万引きにはならないわよ」
彼女は、サンバイザーで表情が見えづらいけれど、ニコッと笑ったようだ。
急いで走る僕らは、放送室がある最上階にまで辿り着く。
「良い? ここからは監視カメラがあるから、一気に走って放送部屋へ押し掛けるわよ」
僕は互いに顔を見合わせてから、思いっきり走る。スタッフ以外立ち入り禁止のドアを半分壊す勢いで開き、細い廊下を駆け抜ける。
「こっちが放送室みたい!」
「えぇ、……ピングル、スウィングル、タキ=シード。パワフル、ムーヴル、ストロングル! 我に力を!」
彼女は走りながら何かを呟く。
『こいつ、弱いがたしかに魔法を使っているぞ!? 俺の知らない形式だ……』
魔法の効果なのだろうか、彼女の走る足が早くなった。僕もそれに合わせて足を速める。
「行くよ……。それ!」
僕は扉を蹴り破って、放送室の中に乗り込むと、縛られて床に転がされたスーツ姿女の人と、覆面を被って、モニターを食いつくように見張っていた男が目に入った。
僕らは思いっきり床を蹴り、虚をつかれて驚いている男二人に突っ込む。
「ガット・ネロキィィック!」「ピングル・スイングゥゥ!」
僕の靴底が男の腹にめり込み、テフロン加工が施されたフライパンはもう一方の男の頭に振り落とされる。
男達はうめき声を出す暇もないまま床に沈む。完全に気絶していて、しばらく起き上がれそうにないようだ。
「……さてと、こいつらを縛っとかなくちゃ、起きた時に面倒だ」
「なら任せて。こんな事もあろうかと、持って来たの」
彼女は包装されたままの、まだお会計が済んでいないであろうガムテープを取り出し、男たちを縛り始める。
「まったく……」
僕はやれやれとため息をついて、女性の縄を解きにかかる。しばらく怯えと驚きで口をわななかせるだけだったが、枷を解いてやると、ようやく口を開いた。
「あ、あたた、達は……?」
彼女の下を噛みながらの質問に、僕は少し悩む。
「うーん、これって、名乗るべきなのかなぁ?」
「さぁね、でも、見た目からして私たちは怪しいから、名乗った方がいいかもね」
確かに、僕は黒い仮面とマントの黒ずくめ、彼女はサンバイザーで顔を隠してフライパンを手にしている。強盗犯と同じぐらいに怪しいはずだ。本名は隠しておくとして、この姿の名前を告げておくべきだろう。
「僕、いや、私は正義のヒーロー、ガット・ネロマスク。巷では、黒猫仮面とか、長靴をはいた猫と呼ばれているけど、それは違うからね」
「あなたが、うわさの……」
噂は知っていたようだ。今度こそ、きちんと名前が伝わる事を祈って名乗る。
「私は魔法少女ピングル」
どう見ても魔法少女に見えない、自称魔法少女が名乗る。女性も「魔法、少女?」と首をかしげている。
『おい、こんな茶番劇、どうでもいいから早く助けないとやばいぜ』
「そうだね、強盗は何人いるんだろう」
僕と自称魔法少女は監視カメラのモニターを覗きこむ。三階と六階に人が沢山集まっていて、三階には機関銃を構えた男が五人。六階には三人程いる。
「僕は三階へ向かう。君は六階を頼める?」
「えぇ、分かったわ」
僕らは戦いに向かおうとして、僕は立ち止まる。
「あ、やっぱり待って」
「もう、何よ」
僕は彼女を引きとめて、先ほど倒した男のマスクを剥ぎとる。すると、一人は凶悪そうな三十代の男で、もう一人はどこかで見た事のある男だった。
「んー、誰だっけ?」
「さぁね? 強盗なんかに、知り合いなんていないわ」
彼女は興味ないと言わんばかりに否定したが、さっき助けた女性が驚きの声をあげる。
「こ、この人……。元ジョジョスの副社長だった人よ。嫌みたらしい顔で、よく覚えているわ」
「……なるほど、この人が例の……」
僕らは頷く。こんな広くて人も一杯いそうなデパートへ強盗に入った事を疑問に思っていたが、そういう繋がりがあったのに少しだけ納得する。この男の、自称復讐という名の逆恨みなのだろう。
「でも、こんな奴らの顔なんかみて、どうするの?」
「いいから、こっち」
僕は彼女を引っ張って、廊下に出る。
Change! Change! 決めつけないで Jump! Jump! 思いっきりの
どんな時も止まらないで 恐れを振り切り走り続けて
Let’s change わがままに
僕は【Let’s change!】を歌い、自分と彼女を先ほど倒した男達の姿に変える。
「へぇ、あなたはこんな魔法も使えるのね」
「君は魔法少女なのに、変身魔法とかは使わないの? ファンタジーの定番だけど」
「えぇ、使えない事はないけど、私は使える魔法の量が少ないから。魔法を長時間使うなんて事はできないのよ。……前なら出来たけど……」
後半はぼそぼそ呟くので聞こえなかった。僕に話しているのではなく、途中で一人事になってしまっているようだ。
「さてと、鬼退治をしましょうか」
彼女はすてきに微笑んだつもりだろうけど、強盗に変身しているおかげで悪そうな笑みになっている。
「よし、それじゃぁ行くよ。ここは頼んだ」
僕は六階で彼女と別れて、三階を目指す。
強盗五人を素早く倒す。攻撃は最大の防御。反逆の機会すら与えない。
『さぁ、ヒーローのお出ましだ!』
三階に辿り着いた僕は、走りたくなるのを抑えて歩く。
「おい、誰か。こっちに来てくれ」
僕は強盗犯達に呼びかける。さすがに人質のそばで構えていた男は来なかったが、二人程こちらに来てくれた。
「どうした?」
「早く、こっちに!」
僕は他の強盗に見えない所まで男が来たら、一人は腹に当て身をし、もう一人は頸動脈を握って意識を落とす。
そして、僕を怪しまれないうちに人質を取っている強盗の所に小走りで近づく。
「大変だ!」
僕の必死さをアピールした声に、男は動揺する。
「どうした……うわっ!?」
「ガット・ネロバスター!」
沢山の人質に銃口を向けていた男の腕を取り、近くで構えていた男に投げ飛ばす。
「「ぷろぱっ!?」」
二人の男は意味不明な言葉をもらして気絶する。
「何者だ!? 止まれ!」
「きゃっ!」
最後の一人は安奈の髪を引っ張り、拳銃を彼女のこめかみに当てる。
『トオル!』
トールの叫びに僕は答えず、手元にあった商品に手を伸ばす。
「ガット・ネロ・ジ●ポニカブーメラン!」
南米の花の写真が載せられた学習帳は、きれいに回転しながら男の拳銃の銃身に吸い込まれるように飛ぶ。(※学習帳は投げて遊ぶ物ではありません。それぞれの学習帳の使い方を読み、正しく使用しましょう)
「うわっ!?」
銃を落としてしまった男は、恐怖の目で僕を見返す。
僕は鋭く踏み込み、男の目の前に迫る。
「チョキの人は超ラッキー!!」
僕は安奈が殴られた所と同じ、右側の頬にビンタを叩きこんだ。薄く黄ばんだ歯が宙を舞い、男と共に床へ落ちた。
強盗を倒した僕は、ようやく安堵のため息をつく。
「ほー……、一時はどうなるかと思った……」
僕は怯えながら床に倒れている安奈に手をさしのべる。
「やー、大丈夫だった?」
「な、なんで、な、仲間、割れ!?」
彼女は困惑するばかりで、緊張を解かない。
『トオル、お前、強盗に変身したままだぞ』
「そうだった。変身魔法を解かなくちゃ」
『おう。今度こそ、カッコよく名乗れよ。こんなに人がいるんだから』
僕はしばし考えて、右手を天高く突き上げて、堂々と名乗り上げる。
「ある時は平凡な中学生。またある時は駅前の歌手。またある時は強盗犯に化ける。そして、その正体は!」
僕は宙返りして、ガット・ネロマスクに戻る。空飛ぶ能力あってこそ出来る技だ。
「私こそが謎に包まれた正義のヒーロー! ガット・ネロマスク!」
辺りがシーンと静まりかえる。強盗かと思った男が突然仲間を殴り倒し、いきなり噂でしか聞いた事のないヒーローだなんて言っても、話しについて来られないのだろう。思いっきり恥をかいたようだ。
安奈も戸惑った顔をしながらも、おずおずと尋ねてくる。
「わ、私たち……助かったの?」
「えっと、そうだ、よ?」
僕がそう言ってもなかなか信じなかったようだけど、周りで倒れている強盗達を何度も確認して、徐々に緊張がやわらかくなってゆく。
コント・トリオ達も緊張が解けて、僕を指差しながら叫ぶ。
「あ、あれは、巷で噂の黒猫仮面、なのか!? か、カメラ。しまった、どっかに落としちまった!?」
リーダーが慌ててカメラを探す。彼のそんな様子に、周りの人たちはようやく助かった事を認識して安堵し、それが周りの人たちへ伝わった。
「……ガット・ネロマスク……。本当にいたんだ……。私を助けてくれた……」
安奈も顔をほころばせ、頬に透明な涙を伝わす。
みんなで互いの無事を喜んでいると、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
「黒猫さん。こっちはやったよ。そっちも大丈夫そうね」
自称魔法少女が元の姿で戻ってきた。
「お疲れ様。君もいてくれたおかげで、うまくいったよ」
「ふふ、私の魔法少女としての実力、これで分かったわね。あとは、警察が踏み込んで来るのを待つだけ……」
彼女が自慢そうに微笑んでいたけど、その言葉を途中で引っ込める事になる。
突然エスカレータの前に、強く黒い光が現れたのだ。
「な、なんなの。いったい、何?」
強い圧力が押し寄せてきてくる。
『おい、トオル! なんか、嫌な魔力を感じる!』
周りにいる人たちもその異常さに怯え、叫び声をあげる。僕は一番近くにいた安奈を抱え、その黒い光から離れる。
「みなさん! 早くここから出てください! 階段から、早く!」
みんな黒い光から目を離せないでいたが、僕の言葉で我に返って階段へ向かう。
「私、上の階に居る人たちを逃がしてくる!」
魔法少女ピングルは階段を上って行った。
「さぁ、君も、ここから逃げるんだ!」
僕は安奈を立たせ、彼女を逃がす。
「え、えぇ。……気をつけてね」
心配と恐怖の顔を浮かべる彼女に、僕は微笑んで親指を立てる。
「大丈夫。僕は、ヒーローだから」
逃げる彼女を見送り、僕は黒い光の方へ立ち向かう。
黒い光が弱まっていった後には、謎の男が立っていた。
右半分が赤、左半分が緑の服を着て、二つに分かれた帽子を被っている。顔は不気味なほど真っ白で、目は黒い十字の模様があるだけで、鼻はまん丸で真っ赤だ。
「……こいつ、ピエロ?」
男はピエロだった。人を笑わせるようなピエロではなく、人を惑わす道化士。
『トオル。まだもう一仕事あるようだな』
「うん、世の中簡単には行かないね」
僕らは、新たに現れた敵と立ち向かう。
ちゃお!! 私の手にあるフライパンが唸る。ビューティー&プリティーな魔法少女ピングルよ!
フライパンってとっても便利よね。
なんたって、焼く、炒める、揚げる、ゆでる、蒸す、叩く、殴る、砕くと、弾く。たった一つで九つの使い方ができて、本当に万能よ。
ところで、話は変わるけど。
私が魔法少女になったのは、この世界の残酷なルールを壊すため。絶望した人たちを救うため。すべての運命を捻じ曲げるため…………ではありまえん。嘘です。
まぁ、私が魔法少女になったのは、第三部でお話しましょう。それまで、気長に読んでください。
では、また次回にお会いしましょう! 再開する時の魔法の言葉は、ピングル・スィングル・タキ=シード グッバイ・ガバイ・ショウバイ!
復活の呪文を忘れたら、一から読み直しだからね! さよなら!