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第31唱 遠くの親戚よりも近くの他人もいいけど、やっぱ近くの身内

「……はぁ、ぜんぜん思いつかない。恋の歌は専門外だよ……」

 僕はペンを回す。ペン回しもかなり上達し、滑らかに動かせるようになった。

 しかし、歌は全然思いつかない。恋した事ないガキに、恋の歌は作れないのだろうか。

『ねぇ、トオル。遊んでよ!』

「今、歌詞を考えているの。また後でね」

 机に向かっている僕に、エルフィーがじゃれてくる。足に体をこすりつけてくる様子は可愛らしいのだが、僕が一生懸命になっている時に限って甘えてくるのだ。

『ふあぁ~! 俺も飽きたぜ。トオル、あの子のコンサート、見に行こうぜ!』

 トールの提案に、僕は苦い顔をする。

「安奈は、来て欲しくないって言っていたけど……」

『嫌よ、嫌よも好きのうちって言うじゃんか』

「どこのおっさんの迷言だ。そう言うのは、迷い事って言うんだよ」

 僕は一生懸命に少年少女の淡い恋を考えていたのに、ドラマにありそうな、バーでおっさんが女性に言い寄って殴られるシーンが浮かんできてしまう。

「あぁ、もう! イメージが台無しだよ! コンビニで“素敵な恋愛”でも売ってないかな。三百円ぐらいで」

 僕は頭をかいてノートを放り投げる。もう、無理だ!

『ならさ、コンサートを見に行こうぜ。ジョジョスって所だろ。行けば、青臭い恋人がいちゃついているかもしれないぞ』

「はぁ、いちゃついているカップル見て、良い歌詞が思いつくなら苦労しないよ」

 安奈はコンサートに来るなって、言っていたけど、……僕もちょっと気になる。

「……ばれなきゃ、大丈夫かな?」

『決まりだな』

 僕が出かける準備をしていると、三匹が駆け寄ってくる。

『トオル、お出かけ? 僕、焼き鳥が食べたい!』

「はいはい。デパートの前にあるお店で、なんか買ってあげるよ。でも、中には入れてあげられないからね」

 僕は大きなバックに三匹を詰めて外に出る。マンションから出入りする時、大家さんに見つからないように。

 安全な所まで運んで、三匹を外に出す。エルフィーとラジーはじゃれあいながら走る。マリー嬢は座り込み、僕をじっと見上げる。

 僕がどうしたものかと思っていると、彼女はジャンプして僕の右肩に座る。

「ちょ、ちょっと、マリー嬢。そこにいられると、邪魔なんだけど……」

『あら、高貴な人は、ベンツや馬車、お籠で移動するものですわ。私としても、これでも妥協しているのです。こんな貧相な肩でね』

「貧相な肩で悪かったね」

 僕が彼女にイライラしていると、エルフィーとラジーが羨ましそうにこっちを見る。

『いいなぁ、マリー。僕も!』『僕もなんだな』

 エルフィーが僕の頭の上に座り、ラジーが僕の左肩に座る。

「ちょ、ちょっと、重たいんですけど……」

『ま、今のうちに体を鍛えとけ。いつ戦う事になるか、分からねぇぞ』

「トールまで……」

 僕はあきらめてJOJOSに向かう。すれ違う人はみんな僕を振り返り、微笑ましそうな顔をする。端から見れば羨ましく思うかもしれないが、こっちは恥ずかしいし重たい。できるなら代わってもらいたいものだ。

 僕は三匹を乗っけたままJOJOSに辿り着いた。僕のアパートから三㎞ほどあり、歩いて行くには少しだけ遠いが、東北に住んでいた時よりは楽だ。小学校の時はコンビニ行くのにも三㎞なんてざらで、当時は移動手段に捨ててあったオンボロ自転車を慎重に使っていた。

 三匹は焼き鳥の匂いをかぐと、僕から飛び降り、早く行こうと言わんばかりにこっちを振り向いて、尻尾をゆらゆらさせる。

「いらっしゃい」

 焼き鳥の屋台に僕らが行くと、良い匂いが漂って来て、それにトールがはしゃぐ。

『トオル、俺は牛タンが食べたいぞ! 今度こそ牛タンだ』

「……そう、いくらかなぁ……、げげ」

 牛タンが一本三百円している。ニチレイの冷凍唐揚げ一袋、半額セールをしていたら冷凍唐揚げが二袋も買えてしまう。鳥モモは百五十円、鳥皮は百二十円。

「鳥皮と鳥モモ一本ずつ」

『トオル! 牛タンは!?』

 エルフィーが叫ぶが、そんなの無視! 牛が一番だと誰が決めたのだ。モモと皮を馬鹿にする奴は許さない。僕は皮が大好物だしね。

 僕は邪魔にならない所に移動し、モモと皮を一口ずつ食べて、後は三匹にやる。『牛タン、牛タン』と文句言っていたが、目の前にモモと皮を出されると夢中で食べる。一生懸命に串に刺さった肉を食べる様子は、とても可愛いく、僕も思わず微笑んでしまう。

 僕が三匹を見ていると、視界の隅に白いスニーカーが入ってきた。

「あら、黒猫ちゃんが三匹もいるからもしかしてと思ったけど、やっぱり田中君じゃない。偶然ね。猫ちゃん達、とっても目立っているわよ」

 僕が顔をあげると、渡辺さんが微笑んでいた。

「あ、渡辺さん。こりゃまた偶然だね。ジョジョスに買い物に来たの?」

「えぇ、なんでも、色々と値引きセールしているみたいよ。この際だし、猫耳を買ってみない?」

「え、はや、ちょっと早すぎると思うけど……」

 彼女は僕の手を引いて、一緒にジョジョスに入る。エルフィー達が気になって振り返ってみたけど、もうすでに女子高生たちから焼き鳥を貰っていた。この分なら、大丈夫そうだ。それに、時計を見てみると、コンサートまでに一時間はある。彼女と一緒に時間を潰すのもいいかもしれない。

「分かった。じゃぁ、どこから見ようかな?」

 すると彼女は、「洋服見たい」と言って、僕を引っ張る。今さらながら、安奈以外と同世代の女の子と手をつないだ事はなかった。それを意識してしまうと、少し照れくさくなってしまう。

 そうして一番に来たお店は……。

『トオル、これは何の店だ?』

「こ、ここはよさない?」

 女性用のランジェリーショップだった。渡辺さんが屈託のない笑みを浮かべているけど、それが悪魔の笑みに見える。

「ほれほれ、これなんてどう? 田中君」

 ドギツイピンクのレースを突きつけてくるので、僕は眼をそらす。店内にいるおばさん二人が「いやね~、最近の若い子は……」とか、声をひそめずに囁き合っている。

「あ、渡辺さん。僕、ちょっとそこで待っているよ」

「あら、残念。せっかく田中君をからかって遊んでいたのに」

「か、からかってたの!?」

 僕は愕然と口を開ける。どうりで、僕に商品を見せびらかすわけだ。

「そうに決まってるじゃない。こんなに派手派手なの、おばさんぐらいしか買わないわ」

 僕は後ろにいるおばさんたちの視線が物凄く怖くなってきた。めっちゃ睨まれてる。

「ちょ、ちょっと、他も回ろう!」

 僕は彼女の手を取って、違う店に移動する。

「あら、田中君。あっちに水着屋さんが……」

「あー! 僕、シャツが欲しかったんだー!」

 僕が棒読みのセリフを言って、洋服屋を覗く様子に彼女は小悪魔みたいな笑みを浮かべる。僕がポロシャツを見ていると、彼女はアニメっぽいペンギンがプリントされた青いTシャツを熱心に眺めている。

「渡辺さん、それが気に入ったの?」

 彼女は優しくペンギンのプリントを撫でる。微笑んでいるけど、少しだけ寂しそうに見えた。何か、ペンギンに特別な思い入れがあるのかもしれない。

「うん、私ペンギンが好きなの」

 僕は「へー」と頷く。女の子と買い物にくる事なんてなかったから、どんな会話をしたらいいのか。間がもたない。

あぁ、誰か助けてくれないかなぁ。

『たかが女と買い物して、大げさだろ』

 僕のぼやきにトールがもっともな事を言っていると、救いの手が転がり込んできた。

「お、田中。お前もシンちゃん目当てにジョジョスへ来たのか? やっぱり、数だけのアイドルより、シンちゃんだよな」

 偶然にも、コント・トリオと出会った。リーダーは満足そうに笑う。普段は面倒だなと思う三人組だけど、今は彼らがいると、とっても心強い。

「あら、三人もジョジョスに来てたんだ。奇遇だね」

 話しをしていた僕らに気がつき、渡辺さんが三人に声をかける。

「お、渡辺、奇遇だな。もしかして、田中と一緒に……」

 そこまで言うと、リーダーは表情を固くし、僕の襟首を掴んで彼女から少し離れる。

「お、お、おい、田中。お前、渡辺と、そ、その、デ、デ、デート、してたのか!?」

 前言撤回。コント・トリオは悪い人ではないが、やっぱり少々面倒な性格をしている。

「……違うよ。僕もついさっき出くわした所」

 彼はしばらくの間、疑わしげに僕の事を睨む。

「……ほ、本当だな。本当なんだな。シンちゃんに誓って言えるな!」

「う、うん、誓える」

『なんだ、そんな事を誓うような相手か?』

 本気な彼の眼に、トールはあきれる。コント・トリオの中でシンちゃん(安奈)は神格化されているらしい。その気になれば、安奈はカルト団体を作れそうだ。

 僕が一生懸命にデートじゃないと言う事を誓わされていると、渡辺さんが不思議そうな顔をして近づいてくる。

「ねぇ、男同士で何を話しているのよ。私には言えない、猥談?」

「ち、違うよ」「違げーよ」

 僕らは慌てて否定した。彼女のいたずら好きな性格には困ったものだ。

「そうかしら……、じゃぁ、今度は田中君の猫耳を探しに行こうかしら?」

「なんでそうなるの!? と言うか、百貨店に売っているような代物なの?」

 僕が抗議をあげるも、はなから無視される。

「なになに、猫耳ってなんの事?」

「あぁ、田中君はコーラス部でやるミュージカルの主役の猫なの。私がヒロインのラブストーリーなのよ」

 猫耳と聞いておもしろそうに笑っていたリーダーだが、ラブストーリーで僕が彼女の相手役をする話を聞いて、物凄く目をつり上がる。

「……おい、田中。似合いそうな猫耳を探そうな! 猫耳を!」

「は、はい」

 僕は面白そうに笑う渡辺さん、嫉妬で怒り狂うリーダー、その彼を心配するチビとデブに連れられて、猫耳を探す事になった。

 ジョジョスは何を考えているのだか、猫耳カチューシャがずらりと並んでいる店があった。黒い猫耳だけでも五種類ある。

 四人に猫耳を押し付けられているのに疲れ、ふと後ろを振り向いてみると、見覚えのある人物が立っていた。

「あれ? 猫のお兄さん?」

「あ、君は……」

 四人の小学生のうちの一人は、何度か河端であった事のある子だった。相変わらず不機嫌そうな顔をしているが、友達と一緒に居る所を見ると、以前ほどひどくなさそうだ。

「おう、タッツー。この猫耳兄ちゃん、知り合いか?」

「うん、近所でね……。猫のお兄さんは、黒い子猫を三匹も飼ってるんだよ」

「へぇ、だから猫耳付ける程の猫好きなんだ」

 僕の頭についている猫耳カチューシャを見て納得する小学生三人。別に猫好きだからしているんじゃないけど、説明するのが面倒だし、ラブストーリーのミュージカルの主人公をやると知られる方が嫌だ。文化祭まで見に来て欲しくない。

 僕が彼らと話しているのを猫耳選びに熱中していた四人も気がつき、手を振って軽く挨拶だけする。そして、小学生達が行ってしまうと、さらなる猫耳選びに興ずる。もはや、主人公は黒猫だと言う事を忘れているかのようだ。

「はぁ、やれやれだね……」

『まぁ、これも人づきあいというものだろうな?』

 装着する当の本人である僕は、あきれて彼らを眺める。

「……でも、こういう馬鹿な事をするのも、悪くないかもね?」

 一緒に無駄に騒いで、一緒に無駄な時間を過ごして……。でも、その一緒に無駄と思えるような事をするのも大切だと思う。無駄な事を全て省いてずっと走り続ければ、必ず息が詰まって倒れてしまう。安奈のスケジュール表を見た時、あれはびっしりと予定で埋まっていたが、あれでは絶対に息苦しくなってしまいそうだ。

「今度、安奈と黄麻を誘って、一緒にどこかプラプラしようかなぁ」

『いいかもなぁ。さる筋の情報によると、ネズミがダンスする夢の国があるらしいぞ? ピカピカに光る神の乗り物や、飛行魔法を巧みに操る少年とかがいるらしい。俺はそこに行ってみたいぜ』

「それ、昨日のテレビで見た所でしょ」

 そう言いながらも、三人でデ●ズニーっぽい格好して遊ぶのも悪くないと思った。

 そんな事を考えていると、先ほど彼と一緒に居た子のうちの一人がいた。青いキャップを少し上げて、目線を合わせてくる。

「ねぇ、お兄さん」

「えっ、さっきの……。何か用かな?」

 僕は微笑んで聞き返す。

「ねぇ、もしかして、タッツーが僕達と話してくれるようになったのって、お兄さんのおかげなのかなって?」

「んー、どうだろうねぇ。……僕はただ話を聞いただけだよ。赤の他人の方が話しやすい事もあるだろうし……」

 親身になってくれる他人の方が話しやすい。誰かに聞いてもらいたいけど、それで誰かを傷つけて、傷つけられてしまうかもしれない。でも、他人なら傷つけて合う程に関係が深くないし、嫌なら二度と会わないで関係を断ち切れる、という逃げ道もある。カウンセラーとかもその一つのように思えてきた。

 でも、赤の他人のままではそれ以上の事はできない。

「……やっぱし、親や友達とか、周りにいる人たちと向き合わなければね。僕のおかげで友達と向き合えるようになったら嬉しいけど、その先は君たちが頼りだ。ま、焦る必要はないけどね」

「うん。それじゃ!」

 僕は手を振って、三つ先にあるお店を見まわっている仲間達に合流する彼を見送る。

『結果を結んだようだな』

「ま、僕はたいした事してないけどね」

 それでも笑みがこぼれてしまう僕は、「田中!」と呼ぶ僕の仲間の所に向かう。



 やっほー! 焼き鳥は鳥皮が大好きなトオルです!

 あのぷるんとした食感が好きなのに、あれが嫌いっていう人もいますね。そうそう、焼き鳥で思い出したのですが、前に焼鳥屋さんで友達と一緒に鳥モモを頼んだのです。鳥モモは百二十円、僕は五百円で支払いました。

 すると、おじさんが「面倒だ、二十円ぐらい負けとくよ」と言って、おつりを渡したのです。

 僕が戸惑っていると友達が、「お礼言えよ」と言って僕をせかすので、頭を下げました。

 僕が歩きながら食べていた最中、僕は受け取ったお釣りを確認していると、三百円しか渡されていなかったのです。なんだか、「騙された」という気持ちでした。

 僕は戻ってその事を言うと、おじさんは照れて(おっさんが照れるな!)、本来の値段で勘定して、残りの八十円を受け取りました。

 これとは別の日に、コンビニで新人らしい大学生の女性がレジを打って、お釣りを間違えられました。僕がそれを指摘すると、申し訳なさそうに謝ります。

 結論。同じ事をされても、相手の外見一つで受け取る印象が大きく違うという事です。みなさんも、身だしなみには気をつけましょう。では、次回をお楽しみに!


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