第2唱 魔法の目覚め
突然、自分の中に自称賢者ことトールが話しかけてきた。彼を元の世界に返品、・・・いや、帰る手伝いをするために徹は賢者から魔法を学ぶ。果たして、彼は魔法を使えるようになるのか?
それは神のみぞ知ることである。
『おい、徹。何ぼやぼやしれるんだ』
僕は鏡に映る、自称賢者様、ことトールと向き合った。彼は相変わらず図々しい態度ではあったが、僕にはこれから教わる魔法の事で頭がいっぱいだった。
(魔法……。いったいどんな事をするんだろう?ハリーポッターみたいに物体浮遊や、ドラクエみたいに火を出すのだろうか?)
僕はファンタジー小説が大好きで、魔法を使うなんて無理だとは思ってはいるが、使えるものなら使ってみたいのだ。
「ところでさ、トール。異世界の住人である僕たちが普通に話をしているけれど、もしかして翻訳の魔法とかを使ったの?」
鏡の中でトールが頭を振る。
『いや、俺がお前と同化している時は驚いたし、お前達が俺たちと同じ言語を話しているのを聞いた時も驚いていたぞ。なぜだかは分らないが、もしかしたら、お前たちの世界と俺たちの世界は意外と近い世界なのかもしれないな』
トールが不思議そうに答える。
『まぁ、そんな事はどうでもいい。お前に魔法を覚えてもらわなくちゃな。徹、いいか。魔法は己の心から生みだすものであり、何を思うか、どんな事を願うか、それが重要なんだ』
トールの言葉に僕はうなずく。
「それで、どうやって魔法を使うの?」
『魔法は願いを込めて唄を歌う事で、現実に己の心を映しだす事なんだ。歌詞は己の心の中から探し、曲は己の気持ちに従い、喉を震わせるんだ』
偉大なる賢者様は、真剣に、ありがたい悟りをご教授していただいたが、僕にはさっぱり・・・。
「実際に見せてよ」
僕はせかす。
『分かってないな、魔法がどれだけ難しいのか。今の俺では上手く魔法を使えず、残念ながら手本を見せてやれない。お前、自分でやってみろ』
トールにそんな事をふられて僕は少しあわてた。
「いきなり無理だよ」
『まぁ、物は試しだ。お前、今何がしたい?』
トールに尋ねられる。
「ぼ、僕?引っ込み思案を直したい。将来の夢は……、えっと何にしよう……」
僕は一人考え込む。トールは僕のうじうじした姿に、少しいらいらし始めたようだ。
『もっと単純な事でいい。喉かわいたとか、腹減ったとか。単純な物事程集中しやすいからな』
「えっと、少しトイレに行きたいかな。少し、ほんの少しだけ便秘ぎみなんだ」
僕は答えてから、言い訳じみた事をいった。実際は入学式の緊張のせいで昨日から出ていない。
『下品だが、いい例だ。便をすませたい事を歌にするんだ』
トールが無茶な事を言う。
「えっと、僕は歌なんて、あまり歌った事ないし……、どうすればいいのか……」
『つべこべ言わずにやれ!』
トールが怒鳴る。
僕は必死の思いで考える。便を済ませたい思いを歌うなんて、人生で最高に下らない事に必死になる自分はきっと滑稽だろうに。
10分経過。
『徹、まだか。いつまでかかってるんだよ』
トールがいらいらしている。
「もう少し待っててよ」
僕は情けなく返事する。
20分経過
『徹、いい加減早くしろ!何時まで待たせるんだ』
トールが切れかけている。
「・・・・・・。」
僕は沈黙して、考える。
40分経過
『と、徹・・・・。ま、まさか、漏らしたんじゃないだろう・・・な?』
トールが恐る恐る尋ねる。
「いや、そんな事ないよ。ようやく考えがまとまったんだ。歌詞だけだけど」
僕はあわてて返事をする。中学生になってそんな疑いをかけられるのは恥ずかしい。
『よし、じゃあ、歌え。曲もしっかりしている方が良いが、物は試しだ』
僕は頷き、歌を歌う。
願いを込めて歌う。
便を済ませたいと、情けない思いを込めて歌う。
題名;お腹の痛いの飛んで行け!
作曲;田中 徹|
作詞;田中 徹
歌 ;田中 徹
グルグルまわる僕のお腹
ゴロゴロ暴れるお腹の虫
昨日食べた物はなんだっけ?
ギュルギュル響く僕のお腹
ギリギリ閉まる腸のお中
ユッケはダメと言ったけ?
助けて助けて トイレの神様
炎の苦しみ 止まらないですか
僕の腸はメビウスの輪か?
無限の地獄からクモの糸を!
「『・・・・・・・・・』」
僕は歌った余韻に浸った。それは重い沈黙だった。どうやら効果いまひとつのようだ。僕のお腹は相変わらず張っている。
『・・・・センスねぇな。」トールは呟く。
(自分でも歴史上、人類初の最高にくだらなく、情けない歌だという事ぐらいは自覚している。しかし、お前が出した課題がくだらないのだから、歌もくだらないにきまっているではないか!)
もちろん実際に口にはしない。
「しかたないでしょ、歌を作るのは初めてなんだから。」
僕はそう言った。
『できるまで歌い続けろ!もらしてもやれ!』
トールが怒鳴る。
僕は続けた。
何度も失敗してもあきらめなかった。
魔法の神秘の扉を開くため。
輝く明日へ向かうため。
どれ程困難な壁が立ちはだかろうとも、それを越えた先にある物を目指すため。
・・・・・決してトールが怖かったのではない。
2回目、ミス!
3回目、ミス! どうやらはぐれメ●ルを攻撃するより難しいらしい。
4回目、どうやらトールは退屈し始めたようだ。
5回目、トールは眠りにおちた。
6回目、僕のお腹がゴロゴロ鳴った。少しだけ痛かった。
7回目、トールの眠りは深くなったようだ。
僕が8回歌った後。
『で、どうなんだ?お前のお腹。スッキリしたのか?』
トールの質問に僕はハッとする。僕のお腹の中に居座っていた敵は、いつの間にかに退散しているようだった。
「これが魔法か!凄い!くだらない事だけど、凄い!」
僕ははしゃいだ。
『確かに、くだらない歌詞で、くだらない歌で、くだらない願いではあったが、それで魔法を発揮させられたとは、おみごととしか言いようがねぇな。さすが俺様と魂を共有しているだけの事はあるな』
トールはトールなりに褒めているのだろう。そうは思えないが・・。
これが僕の初めての魔法だった。下品で下らない事ではあるが、それでも僕は初めての魔法に大感動だった。
追伸、この魔法は僕のお腹の中身をトイレにテレポーテーションさせるものらしい。トイレにはお腹の中身が詰まっていた。僕はトイレのスッポンを手に排水管と激戦を繰り広げた。これからは排水管の詰まりを直す魔法を覚えた方が良さそうだ。
困難とは乗り越えるためにある。
その先にある物を見る事ができるのは、乗り越えた者だけだ。
困難を乗り越えた先に大きな壁が立ちはだかったとしても、
それはその時に考えればいいや・・・・。
俺に導かれて徹は歩む。
それが遥か遠い約束の地へ辿りつけるのか・・・・
それは神のみぞ知る事だが、神はそんな事に見向きもしないだろう・・・・・。
トール・T・ナーガ