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第26唱 人は思い出の積み重ねで成り立っている

「はぁ……、こってり絞られたなぁ。帰りが遅くなっちゃった」

 もう五時をまわってしまった。あと一時間もしないうちに真っ赤な夕焼けで川の水が血の色に染まることだろう。

 担任の峯高春菜先生は、例の如くシガーレットから煙を立ち上らせながらのお説教。聴覚、視覚、嗅覚からじわりじわりと責められる。耳が痛いこともさながら、目と鼻もひどい有様だ。

『もう、時間も遅いし、明日にしたらどうだ?』

「いや、やれるだけ、やってみさ!」

 トールの言葉に僕は不敵に口をゆがめ、前を見据えて走る。

『わかった、しかし……』

「大丈夫、たとえ無理だと思えても頑張ってみる。そこに、可能性がある限り!」

『Yeah! I know ……、分かったが、お前は寄り道してから川端に行くつもりか?』

「…………」

 僕は足をぴたりと止める。確かに、このコースだと遠回りになってしまう。

 僕はトコトコと走ってきた道を戻り、川へまっすぐに進む道を走りだす。

「……さぁ、行くよ!」

『………………』

 トールの沈黙が妙に重く感じる中、僕はようやく川に辿り着いた。まだ、夕焼けまで時間がある。

 川端には、走行距離不明のおじいさんがジョギングしている。僕は最近、このじいさんは怪異の一種だと思っている。普通のじいさんが、こんなに走れるわけがない。きっと、妖怪徒走翁とそうおきなという、不健康生活を送る現代人の前を走り続ける妖怪なのだ。この妖怪に出くわしたくないなら、バランスのとれた食生活と適度な運動を推奨する。僕みたいに「冷凍食品とネットだけが友達さ!」みたいな人は、心身共に危険だ。

 僕は川端と歩きながら、死にたがりの小学生を探す。きっと、徒走翁の出現に彼も関与しているはず。

「あ、まだ居てくれた」

 僕はあの小学生が寝転がる姿を見つける。

「やぁ、こんにちは」

「……うん、お兄さんか……」

 彼は僕を見上げてから、つまらなさそうに視線を川に戻す。

 僕はそんな彼の隣にためらうことなく座り、川をみつめながら尋ねる。

「……ねぇ、君は何か困っている事があるんじゃない……」

「……同情か。関係ないだろ……」

「君は……、お母さんを亡くしたそうだね……」

 彼は驚いたように目を丸くした後、怒ったように目じりを突き上げる。

「だれから聞いた!」

「うちの猫たちに……」

「はっ! 嘘ならもっとましな嘘をつけよ」

 怒ったように嘲笑をあげる。

「いやぁ、まぁ、本当なんだけどぉ……。これは、秘密だよ」

「誰が言うかよ、痛々しい。なんだ? 家に帰ると猫耳生やした美少女メイドになって『おかえりなさいませ、ご主人様にゃ~』とか言って出迎えるのか? 痛々しい」

 僕は顔を苦々しい笑みを浮かべる。

「いや、そんなのなら良いけど、きっと便利な人間だと思われている。あいつらは色々と要望を突きつけてくるんだ。一匹はお嬢様顔で、しょっちゅうこき使われる」

「特殊な性癖だな。どっちにしろ、痛々しい。…………たとえば、どんな事を話すんだ?」

「たとえば、今朝は猫缶を開けるように言われたかも……」

「それぐらい開けてやれよ。猫に缶を開けられるわけないだろ……」

 彼は苦笑する。怒りの何割かはあきれに変わったようだ。

 僕は呼吸を整えてから、ぽつりと呟くように話す。

「……僕もね、お母さんを亡くしたんだ……」

「……なんだよ、いきなり……」

 彼が目を丸くして、こちらをみる。

「……僕はね、四歳ぐらいにね、お母さんが交通事故あったんだ……。その時の事はうる覚えだけど」

 しかし、はっきりと覚えている事もある。その交通事故が起きる前に、僕は出かける母を笑顔で見送っていた事を……。あの時、ぐずって引きとめていれば事故に会わなかったのではないかと思い続けた事を……。それ以降、たまに帰ってくる父の笑顔は無理やり作っているかのようにどこか曇っている事……。

「……それから僕はひとりで塞いでいた。お父さんは仕事であまり一緒にいられないけれど、僕を心配している事ぐらいわかっていた。それでも辛かった。……そんな時だったんだ……。大切な友達に会ったのは……」

 安奈と黄麻は嫌がる僕を無理やり連れ出そうとした。あっちこっち引きずり回されるのを迷惑に思えた。

「最初は僕に同情して、馴れ馴れしく友達面して、憐れんで、見下して、優越感に浸っているように思えた。うっとうしく思った。腹も立った。……でも、いつの間にかそれにも慣れきて、気がついた時には二人がいるのが当たり前になっていた……」

 もし二人がいなかったら、今の僕はあっただろうか。この少年のように自殺を考えたりしなかったと言えるだろうか。少なくとも、僕の心は死んでいたと思う。

 生きたくても死んでしまう人もいるのに、自殺するなんて贅沢だと思う人もいるだろう。

自殺するほど絶望している人間にとっては、生きる事に意味を見いだせる人の事を羨ましく思うかもしれない。

 体が先か、心が先か……。どちらが死んでも、それは悲劇だと思う。

 しかし、心の死は、体がなんとか生きていれば立ち直る事ができる可能性もある。

 それは、自分一人だけでは難しいかもしれない。

 誰かが傍で支えてくれなければ、大変だと思う。

 その誰かとは、僕にとって安奈と黄麻だった。

 何度も手を振りほどいたって、手をしっかりと握って離さないでいてくれた。

 自ら独りになろうとした僕のそばに居てくれた。

「……だからさ、たとえ、うっとうしく思えても、君と一緒にいてくれようとする人と一緒にいてさ……。自分からも仲良くしようと頑張ってみたらどうかなぁ。死ぬなんて、この先いくらでも機会はあるしさ。まぁ、だらだら生きてみたっていいじゃない?」

 僕は言ってみてから少し照れくさくなって、頭をかく。

 彼の表情から怒りが完全に消え、悲しそうな顔をみせる。

「……俺の母さんは、火事で……」

 彼の声に、かすかな嗚咽が混じってくる。鼻を鳴らしながらも、ぽつり、ぽつりと話す。まるで、天に罪を告白するかのように……。

「……俺が起こしたんだ……」

 彼は激しくなる嗚咽をなんとか堪えて話そうとする。呼吸をするのも耐え耐えに語ろうとする。

「……あの日、冬で……、母さんは風邪だった。……俺が看病するって……。そして、いつの間にか寝ていて、気がつくと火事になっていた……」

  彼は僕に背を向けて話す。泣き顔をみられたくないという自尊心の表れか、はたまた罪悪感の表れか。

 「……気がついたら、病院だった。……俺は平気だった、が、……病気だった、母さんは……。火事の、元も、聞いた……」

 彼は何度も深呼吸して、必死に心を落ち着けようとする。こみあげてくる嗚咽をなんとか鎮めようと踏ん張る。

「……俺が、ストーブの前で、マフラーを、乾かし……。燃えて……。俺が、こ……」

 その後の言葉を口にできないようだ。喉でくすぶり続ける言葉が、しばらくの間、うめき声として漏れ出す。

「……なのに、俺は、俺は……、何も、覚えてない……。何も……」

 その事故の記憶を消し去ってしまったのは、恐怖か、罪の意識か、絶望か。

「……しかし」

 僕はなんとか声をかけようとするも、何も言えなくなってしまう。

「それは事故だ?」「誰でも失敗する?」「君のお母さんは君の幸せを願っている?」、そんな慰めの言葉にはたして意味があるのだろうか。そんな陳腐な言葉で彼を救えるなら、とっくに誰かが救っているはずだ。

『……なら、そいつの記憶を取り戻してやったらどうだ?』

 ……どういう事?

 トールの言葉に、僕は心の中で聞き返す。

『そいつには、事故の記憶がない。覚えていないからこそ、自分の罪の意識と折り合いをつけられない。大切な人の死を覚えていられない自分に憤りを感じてしまう……。永遠に自分を罰し続けてしまう……』

 ……でも、思い出したら、よけいに苦しくならなのかなぁ……

『そんな奴なら、最初から覚えていない事で苦しむはずないさ』

 ……だけど、トールみたいに強い人なんて少ないよ。思い出して、罪の意識に押しつぶされるかも……

『そうかもな。そいつの母親が実の息子を憎んで、憎んで、憎んで死んでいったのならば、罪の意識で死にたくなるかもな』

 僕はトールに反論できなくなる。そんな事を考えるなんて、彼の母親への侮辱のように思えてしまう。

 しかし、どうやって思い出を呼び覚ますつもり?

『お前、馬鹿か。今まで俺に何を教わってきたんだ?』

 確かに、そんな事は言われるまでもない。僕にやれる事はただ一つだ。

 だが、問題は、どんな歌でその魔法を可能にするかだ。

『大丈夫だ。お前はすでに、どんな歌を歌えばいいのか分かっているはずだ』

 そう、トールの言うとおりだ。どんな歌が、この魔法にぴったりなのか、僕は直感的に分かっている。絶対にこの歌以外にありえないと……。



  二人でアルバム開こう

  くじけて泣きそうな時でも

  二人並んだ笑顔が

  不思議と勇気くれるよ


  子供の頃僕ら

 「なんでもできる!」そんな

  夢みたいな事 信じていた

  

  夢見続ける事

  意外と難しくて

  涙に曇る虚ろな瞳


  毎日輝いていたはずなのに

  古い風船のようにしぼんだ


  毎日、夢見ていた日々を思い出して

  忘れかけた夢を取り戻そう


  だから

  二人でアルバム開こう

  くじけて泣きそうな時も

  二人並んだ笑顔が

  不思議と勇気くれるよ



 突然歌いだした僕、に彼は少し驚いたようだが、すぐに目を閉じて歌に身をゆだねる。

 これは、安奈が昨日歌ってくれた【夢のアルバム】だ。

 思い出は、自分自身の分身。今の自分を作っていて、その先で待っている未来のための礎。

 僕は瞳を閉じて歌う。彼が思い出を取り戻せるように……。



  社会に出た僕ら

  駅のホームに捨てた

  クズかごの底へ、昔の心


  夢が叶わなくて

  傷つく事を恐れ

  眠たげな瞳で忘れたふり?


  歌手にパイロット絵本のヒーロー

  全部七夕で飾った願い事


  あの日書き散らした短冊 捨てたけれど

  そんな夢見る心が欲しいよ


  だから

  一緒にアルバムを開こう

  心がうつろでからっぽになっても

  僕らに向けられた笑顔で

  取り戻そう夢を見る翼



  君と一緒に 笑った事

  君と一緒に 泣いた事

  全部 かけがえのない 宝物


  だから

  一緒にアルバム作ろう

  僕ら嬉しく悲しい時も

  レンズに収められた思い出

  未来の僕らへのメッセージ



 歌い終わった僕は、その余韻につかる暇もなく、意識が暗転した。


◆◇◆◇


 煙が鼻に押し寄せ、肺に入ってしまった煙を外に出そうと、腹が、胸が、喉が激しく動いてせき込む。せき込みすぎて、息もきらしてしまう。

「……はぁ、はぁ、はぁ……」

 視界は暗い。毛布か何かで包まれているようだ。

 体中が熱い。そして、それとは別にぬくもりがあり、体に重みを感じる。

「……はぁ、……大丈夫?」

 すぐ頭の後ろから、とても辛そうで、とても声が聞こえる。母さんの声だ。

「……母さん……」

 俺が痰まじりに呟くと、母さんはぎゅっと俺を抱きしめる。

「……大丈夫よ。……あと、もう少しだけ頑張って……。そのうち、助けが……」

 母さんが激しくせき込む。もともと、風邪で寝込んでいたのだ。火事と熱と煙が身にこたえているはず……。

 俺はとてつもなく怖くなる。ただただ、心配げに「大丈夫?」と呟く事しかできない。

「……大丈夫よ。だから、あなたも頑張って、生きなくちゃ。……生きて、パパと三人でクリスマスパーティーよ」

 母さんの声が少し緩み、「プレゼントは、安い物じゃないと、パパかわいそう」とか耳元で囁かれなければ聞こえない、本当にどうでもいい事を呟く。

「……うん、三人で、クリスマス……」

 そう呟いてから、俺の意識は闇に沈んだ。


◆◇◆◇


 僕はゆっくりと目を開ける。

 頭がぼんやりしてもう一度寝そうになるが、頭を振って起き上がる。日も落ちたようで、周りがうす暗く、眠るには少し肌寒い。

『おい、トオル。今の見たか?』

「……うん」

 頷いて、僕は隣でまぶたを閉じている彼を見つめる。

 今の夢は、彼の過去の記憶だった。僕は彼の視点から過去を覗きこんでいた。

 僕がじっと見つめていると、彼のまぶたがためらうように震え、彼はゆっくりと目を開く。

「……あれ、俺は……」

「やぁ、起きたかい?」

 僕が声をかけると、彼は体を起してこちらを見返す。

「……夢、か……。俺は、昼寝していたのか?」

「そうだね、僕もだよ。ちょっと、昼寝にしては遅いけれど」

 赤く充血していた彼の瞳は、落ち着きを取り戻したようだ。今でも、夢を見ているかのような表情をして、さっき見たものについて考えているに違いない。

「……俺、今母さんの夢を見ていた……。あの日の、夢……」

 彼は自分の手を見下ろす。あの時のぬくもりを、今感じられるかのように。

「……母さん、俺に頑張れって言っていた。……生きろって……」

 彼は再び涙を流す。とても、安らかで綺麗な涙だった。

「……クリスマスがまだまだ先なのは、ちょっと残念かな……」

「そうだね、まだまだ先だね。でも、クリスマスが楽しみだね……」

 僕が微笑むと、彼はいぶかしげな顔をする。

「ねぇ、もしかして……、俺と同じ夢を見ていたのか?」

「そ、そんなわけないじゃん!」

 僕はあわてて否定する。

 彼はじとっと視線をこちらに向けたあと、ため息をつく。

「まぁ、そりゃそうか……。何を馬鹿な事を……」

 鋭い勘に、僕の心臓がヒートアップした。

「……ところで、さっき歌っていた歌はなんだ? なかなか良い歌だったけど、聞いた事がない」

「あぁ、さっきの歌ねぇ……。さっきの歌は、【夢のアルバム】て言って、歌手を目指している友達が作った歌なんだ。まだ発表していないから、他人に教えちゃだめだよ」

 僕は真面目くさって、人差指を唇の前にあてる。

「その友達は凄いなぁ……。と言うか、お前が真っ先に他人の俺に教えたじゃんか」

「聞こえません、聞こえません!」

 僕は両手で耳をふさいで、笑いながら首を高速回転させる。


 僕は少年に別れを告げ、帰路につく。

『まぁ、これで助けられたかどうかは知らんが、少しはましになったと思うぞ』

「そうだね、これで解決すればいいけど……」

 僕はお母さんについて考えて、思わず足を止める。

『ん? どうした、トオル』

 僕は幼いころの記憶を必死に思い出そうとする。

「そういえば……、僕、母さんのお葬式に出た覚えがない……」

『小さすぎて、覚えていないんじゃないか?』

 僕は小さく首を振る。

「いや、母さんのお葬式をしていないんだ。どうして、だろう……」

 僕はその事にとてつもないショックを感じる。

『さぁな、忙しくて、できなかったとかか? あるいは、お葬式あげる金がなかったとか? お前ら、貧乏そうだもんな』

「普通、忙しくても簡単なお葬式ぐらいはできるよ」

 僕が顔を曇らせるのを感じたらしい。

『じゃぁ、今度お前の親父に会えたら、聞いてみたらどうだ』

「……うん、そうだね……」

 僕は疑問を横に置き、とりあいず家に向かった。



優魔「はい、今回でた【夢のアルバム】も物語の鍵になる予定です。人の記憶を覗き込むなんて、SF・ファンタジー小説の定番ですね。しかし、安奈が作った歌で魔法を使えたトオル。この調子なら、有名な歌を歌って、魔法を使えそうですね。」

トオル「じゃぁ、【だんご三兄弟】を歌って、だんごを召喚したり、【アンパンマンマーチ】でアンパンを召喚したりとか」

優魔「…………。では、次回をお楽しみに!」

トオル「何にさ! その沈黙は!」


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