表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/50

第25唱 人生にマニュアルなんて存在しない!

 人を救うことは、とても難しいこと。でも難しいからって何もしなかったら、本当に何もできない。

 こんなの善意の押しつけかもしれない。しかし、本当にその人の事を思っているなら、やらなくちゃいけない時もある。

 クローリーの法の書にもある。汝の意志する事を成せ。それがなんちゃらとにゃらんとか。詳しくは覚えていないけど、自分がやりたいと思ったこと、自分が正しいと思った事をするという意味……だと僕は勝手に解釈をする。

 僕は今まで、やりたいなとぼんやり思ったことは多々あるけれど、何が本当にやりたい事か考えた事がない。

 小説家になりたいなと思っても、本気でやろうと思った事はなかった。

 ケーキ屋さんになりたいなと思っても、ただたんにケーキを食べたいだけだった。

 アイドルになりたいなと思っても、それはみんなにちやほやされ、お金持ちになりたいとか考える等々。恐らく、本気でアイドルになりたい人に死ねと言われること間違いなしだ。

 だから今こそ、僕は本気を出す。

 手を差し伸べたいと思ったのなら、ためらう事なんて無いのだから。

 しかし、口下手な僕だ。あの小学生との語り合いで失敗してしまうかもしれない。

 そこで、いくつもの会話と行動パターンを書き出し、その結果をシミュレートすればいい。

 シミュレート、シミュレート、しみゅれーと!!

 書いて、書いて、書きまくれば、きっと道は見つかるはず!

『……で、それがこの結果か?』

 B5サイズのノートが半分ほど会話で埋まってしまっている。

・パターン1

僕「やぁ、少年、久しぶりだね。ハハハハ!」

少年「お兄さん……。僕は、この世に別れを告げに来ました。さようなら……」Bad End

・パターン2

僕「少年よ、お兄さんに悩み事を打ち明けてみるといい」

少年「あんたに関係ないだろ。消えろ、俺も死ぬから……」Bad End

・パターン3

僕「ははは、ガット・ネロ・マスクにお任せ! 相談、手助け、なんでもしてやるぞ!」

少年「殺して……」Bad End

 パターンD8あたりから四手で終了し、パターン1ADあたりから六手終了、パターン5D2Cあたりから十手終了になる。ご丁寧に、十六進法表記だ。詳しくは、自分で調べて頂きたい。

『なんじゃこりゃ、詰将棋か?』

 僕は眼付を鋭くし、必死に考える。

「大丈夫。大丈夫のはず。たとえ、出口のない迷路に迷い込んだとしても、絶対に出口を探すまであきらめない! その心がくじけなければ、絶対に可能のはず! 待ってて、絶対に、君を救いだすから。いつかきっと!」

『いや、お前の頭が間違っているんだと思うぞ。解決方法を探す前に、その後ろ向きな思考をどうにかしろよ』

 僕はトールが誘う、あきらめへの誘惑を振り切り、必死に考えた。シミュレートして、失敗し、シミュレートして、失敗し、何度も何度でも繰り返した……。

 それは砂漠の中から一粒の砂を探すふりをするかのように。

 それは本棚の本の中からたった一つの誤植をうつらうつらしながら探すかのように。

 それはカステラについている紙を一緒に食べたのに気がつかず、永遠に咀嚼し続けるかのように……。

『それで、夜中ずっと起きていたのか?』

 気がつくと、もう朝の七時だった。

「ふあぁ~。クチョッ! ひょれだけ探ちても、答えに辿りちゅけないとは!! どうしゅればあの子を救えるんだ!」

『まぁ、少なくともだ。お前の頭は救いようがないって事は、俺の脳裏に深く刻み込まれたぜ』

 眠気で呂律の回らない僕に、トールが嘆息する。

 僕は眠気を取るため、濃い目のインスタントコーヒーを煎れる。コーヒーが入りすぎて、かき混ぜるたびにゴリゴリと音がする。口にしてみると、案の定、口の中でジャリジャリした。

 しかし、僕はそんな些細な事を気に留もしない。

『うげっ!! ……はぁ、こりゃぁ、重症だな。こんな酷い物を平気な顔で飲みやがって……。吐きたいけど、今の俺には胃がないもんなぁ』

「……さてと、時間ないし、お茶漬けにでもするかにゃぁ」

『ちょっと待て、トオル! ご飯にかけているのはお茶漬けじゃなくてシリアルだ。フルグラだってば!』

「そうかぁ。パンケーキがたべたいなぁ~」

『ネズミの兄妹じゃねぇよ! あっ、ミルクをかけるな! 死ね、お前の頭と同様に死ね!』

 僕はゆったりとスプーンを口に運ぶ。トールが何か叫んでいたが、よく聞き取れなかった。

『ねぇ、トオル! 僕たちのごはんは?』

 三匹が尻尾をそわそわ揺らし、餌をねだってくる。

 面倒だったが戸棚に向かい、ブロンズのネコ缶を六個用意する。

「……はいよ。朝と、お昼に、たべるんだよぉ~?」

『ちょっと、トオル! 僕たち、ネコ缶を開けられないんだけど! 開けてよ!』

 ネコ缶を置いて立ち去る僕に、エルフィーが悲鳴を上げる。

「缶切りは、台所の引き出しのなかぁ……」

『レディの私に、そんな労働を強いるですの!? 無礼な!!』

『そういう問題じゃないんだなぁ~』

 いきどおるマリー嬢に、ラジーがやんわりと尻尾で彼女を叩く。

「さぁてと、面倒だから、【遅刻しちゃうよ】を歌って、学校にテレポテト」

 

 遅刻の金が(リーンドーン、リーンドーン)

 あづまの声が(キーンコーン、キーンコーン)

 僕のお腹が(ゴーロン、ゴーロン)

 一つの勇気が(ドーンピーンシャーン)……


『おいおい、トオル。そんな適当な歌で、瞬間移動ができるはずが……』

 トールがあきれた声を出すが、僕の体が光り始めたのを見て絶句する。

『おい、嘘だろう!?』

 僕は一条の光となって、マンションから飛び出した。


◆♀◇


「ちょっと、あなた。お客さんが来ないからって、だらけすぎ」

「大丈夫よ。みんなレジの方へ行っていて、ドライブスルーに来ないわよ」

 東野作のミステリー小説が気になり、アルバイト中でも手放せないでいる。

 すると、主人公が謎ときしている良い所でスピーカーからお客さんの声がした。

『チーズバーガーセット一つ!』

「ほら、お客さんから先に話しかけられたじゃない。こっちが先に迎えないといけないのに」

「はいはい……。て、なんじゃこりゃ!?」

 私は小説を置いて、モニタを見る。中学生ぐらいの男の子とディスプレイ越しに視線が合う。彼は明らかに徒歩だ。

「あ、あのう。こちらはお車でお越しの方がお買い上げになる所ですので、徒歩の方は店内のカウンターのほうにお越しください」

 少年はぼさぼさな髪の下で、目を不機嫌そうに細める。

『なんだってぇ? チーズバーガーセットを売れないのか!?』

「あの、ですから、店内のほうに……」

『店長だ! 店長を呼んで来い!』

 ここはファーストフード店であり、お客様が第一主義のサービス店だ。店長はサービスに熱心で、スープに人の指が入っていた時の対応までマニュアル化されている。

 しかしながら、ドライブスルーに徒歩で来た客のクレームのマニュアルは作られていない。

「いいじゃない。とっとと売って、帰ってもらいなさい」

「は、はい」

 先輩の助け舟で、なんとか対応する。

「お客様、ただいまモーニングメニューになっておりまして、チーズバーガーはご注文いただけません。モーニングメニューからお選びください」

『仕方ないにゃぁ。じゃぁ、パンケーキでベーコンを挟んだやつ。ほら、動物としゃべるお医者さんみたいな』

「はい、ベーコングリドルバーガーですね。セットですか?」

『うにゃ、ホットコーヒー』

「はい、繰り返します。ベーコングリドルセット、コーヒーを……」

『いいから早にゃく』

 私はしゃべりながら、厨房に用意してもらう。

 目の周りに黒いクマかかっている少年が受け渡し口の前に立つ。学ランを着ていて、これから登校するみたいだ。

「はい、お預かりします。おつりは……」

 私はレジを手慣れた手つきで打ち、小銭を数えて渡す。

「こちらが、ベーコングリドルセットでございます。ご来店、ありがとうございました」

 少年は紙袋を受け取り、そのまま歩きだす。

 私は身を乗り出して、少年を見つめる。この窓が開かないのがじれったい。

 あと少しで少年が曲がり角に達する直前、彼は一条の光となって飛び去って行った。

「…………幽霊だったのかしら?」

 私は眼をまん丸にして、ぽかんとだらしがなく口を開けていた。

「ほら、次のお客さんが来たわよ」

 先輩の声に私は我に返る。

「は、はい」

 後日、この店にはドライブスルーにお客さんが徒歩で来た時のマニュアルが追加されることになった。店長は「どうしてこのマニュアルを見落としていたのか!」と悔しがっていたが、見落とすのも無理もないと思う。客の方が非常識なのだ。あらゆる意味で。

 あの時の少年を友達に話したら、あっと言う間に幽霊スポットとして噂が広がる。しばらくの間、カメラを構える人たちに注意するのにうんざりする事となった。


◇◆◇◆


「僕は、何しているんだか。……ハグッ」

 僕は屋上でハンバーガーを食べている。あまいパンと肉の味がみごとにマッチしている。ホットコーヒーとの相性も良い。

『お前、どうやって寝ボケたらあんなことをするんだ? まぁ、俺としてはまともな朝食が味わえて嬉しいが……』

 僕はとあるファーストフード店のドライブスルーを経由して、学校の屋上に瞬間移動した。失敗なんだか成功なんだか分からないが、これはこれで便利なので、【遅刻しちゃうぞ!Ver.ドライブスルーオバー】と名付ける。ちなみに、物凄いドライブスルーとか、ドライブスルーを経由するとかの意味を込めてみた。ただし、文法として間違っていることを宣言しておく。

「ようし、おいしい物を食べたら、元気がわいてぇ……ふにゃ」

『全く、さっそく寝てるし。起きろ! せめて、机で寝ろ!』

 僕はトールに怒鳴られながらも、なんとか教室に辿り着き、机に突っ伏す。

 そして、僕が目を覚ました時は、もうホームルームが終わっていました。もちろん、帰りのホームルームです♪

「…………ふあぁりゃ、いつのも間に…………」

「お、田中、ようやく起きたか」

 前の席の清水はこれから部活に行くようで、荷物を手に提げている。

「……ふむん、僕は……あたたた……」

 手はしびれ、指先一本も動かせない。まるで自分の肩から先が、自分の体ではないゴムの人形になってしまったかのようだ。おしりも痺れて痛く、足も満足に動かせない。頭も痛い。額に熱を帯びているのが分かる。

「っうぐぁぽ~!!」

 背中を丸め、胃に優しくない態勢をとっていたため、胃にたまったガスがゲップとして飛び出す。

「おい、田中。お前の指先、めちゃくちゃ白くなってないか? やばいんじゃね?」

「……う、わ……」

 僕は膝の間に手をだらんと下げ、なんとか血をめぐらそうとする。腕をさすりたいところだが、さする為の手を動かせないのが恨めしい。

 そんな僕の様子を清水はあきれて見下ろす。

「お前、よくそんな態勢で寝られるな。逆に凄いぞ」

「……あれ、僕どうしてたんだっけ……」

 寝ぼけた声で呟くと、清水が僕の額を指でつつく。

「ずっと寝てたぞ。先生の怒鳴り声にも負けず、教科書の背にも負けず、食欲やトイレにも負けず。いったい、いつお前が起きるのか、みんなで予想し合っていたぞ。給食の時間に起きるという予想が一番多かったな。ちなみに、俺は最終下校時刻にしていたぜ。おしかったな」

 僕はぼんやりとした頭を振る。

 かすかだが、いくつか授業を受けたような記憶がある。

 しかし、どれも写真のように一瞬の記憶しかない。まるで、朝の時間から数回の時間跳躍を経て、未来である今にたどり着いたのではないかと疑ってしまう。

 しばらくぼんやりと下らないことを考えていたが、僕はハッと気がついて時計を見る。時計の針はまだ四時をさしているが、あまり遅くなると小学生と話す時間がなくなってしまう。

 僕は力を振り絞って立ちあがろうとするも、足がしびれて椅子に倒れこんでしまう。

「……は、早く、いかないと……」

 あの小学生を救うって決めたんだ。明日では遅いかもしれない。

 僕はしびれる足に集中して、体を震わせながらも立ちあがる。

 手もわずかにしびれがとれてきて、指を必死に動かしてしびれをとる。

 この僕、田中徹(たなかとおる)は、人を救うために、床の上に立つ。

 たった一人の未来を守るために。

 たった一人の人生を救うために。

 たった一人の………………。三つ目は思いつかなかった。

 そのために、僕は立ちあがる。

 僕の一生懸命な姿を見て、清水は感心したように頷く。

「おぉ、がんばれ。早く、職員室に行かなくちゃいけないもんな」

「……はい?」

 衝撃的な一言に、僕は足を崩して倒れこんだ。


「Hi! エッグマフィンよりもグリドルの方が好きなトオルです。やっぱり、朝は甘めの食べ物とコーヒーだよね。これで、頭をすっきりさせるの。みんなは、授業中に居眠りとかしちゃう? つまらなくてわざと寝るガキとどうしてもしょっちゅう寝てしまうガキのどちらがましかな? まぁ、教師としては、どちらも願い下げだろうけどね。さてと、今回はここまで。次回をお楽しみに!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ