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第21唱 過去の教訓を生かすのは難しい

 悩める小学生と別れてから、僕は家に帰った。

「はぁ、また何もしてあげられなかったなぁ」

『まぁ、あの小学生だって一生懸命に必死で苦しんでいる悩み事だ。人を簡単に救えると思っている奴はおこがましいだけだ。俺がもがいている問題をひょいひょい解決できる奴がいたら、そいつをぶん殴りたくなるね』

 ため息をつく僕に、トールは豪快に笑う。

「まったく、トールは我が強いね」

 僕は内気で後ろ向きな性格だけど、いつも強気なトールと一緒にいると、僕も少し前向きになれる気がする。少し、…いや、彼はかなり強引だが、リーダーの素質という物があるみたいだ。

「さてと、ご飯でも食べて、気を取り直すか!」

『おう! 夕飯はしゃぶしゃぶにしようぜ!』

「そんなの無理ですよ! でも、今日は日本食を作ります!」

『おぉー! 今日は冷凍食品じゃねぇのか! いったい何を作るんだ!』

「ふふん、今日はお好み焼きです!」


≪一時間経過≫


『おぉ、出来たなぁ! これって、あれだろ? もんじゃ焼きって奴だろう。この前テレビで見たぜ!』

「……そ、そうだね。そうだよ」

 僕は無言で目の前にある物体を眺める。僕が焦がしてしまうのを恐れ、何度も何度もひっくり返しているうちに形が崩れてしまったお好み焼きの残骸だ。トールがもんじゃ焼きと勘違いしてくれたのは非常にありがたい。彼が真相を知れば、罵倒の嵐を浴びせられるだろう。

 僕は柄にもなく、合掌をする。滅多に料理をしない僕の力作だ。手を合わせて、「いただきます」を言えば、少しは美味しくなるような気がする。なぜなら、食べ物又は食事をとれる事に感謝すれば、食べ物のありがたみを改めて実感でき、なんとなく価値観が上がると思う。

まぁ、美味しかった事は美味しかったが、崩れたお好み焼きに変わりなかった。

「しっかし、エルフィー達は遅いね。せっかく余った豚肉をあげようかと思ったのに」

『どうせ、肉屋でうまい肉を貰っているんだろ。全部食っちまえよ』

 僕らがそんな事を放していると、エルフィー達がドアの外からテレパシーを飛ばしてきた。

『トオル! 早く開けて! 開けて!』

『早く開けなさい! この愚図!』

「いったいどうしたんだよ?」

 僕はのそのそ立ち上がり、玄関へ向かい、扉を開く。

「全く、誰かに見られたらどうするんだよ。『もう、遅いよ!』えっ、もう遅……」

 エルフィーの声に、僕は横を振りむいた。するとそこには、僕と同じ年頃の女の子と視線が交わる。

 僕は慌て、心臓の鼓動が速くなる。このアパートで猫を飼っている事がばれたら、面倒な事になる。三匹を捨てなければいけなくなるのは、たとえ生意気な猫だとしても心が痛む。なんたって、猫とテレパシーで会話できるのだ。捨てようとすれば、三匹の悲しみや怒りが伝わってくるに違いない。僕が一生懸命に言い訳を考えていると、女の子が話しかけてきた。

「あ、あなたは……」

「い、いや、こいつらは野良猫なんだけどね。け、けっして僕が飼っている訳じゃなくてね。そのね……」

 僕は手を振りながら言い訳をするも、彼女はさらに訊ねて来る。

「ねぇ、あなた……」「いや、たまに餌をあげる程度なんだ!」

 僕は未練がましく言い訳を続けていると、彼女は衝撃的な一言を言った。

「トオルでしょ!」

「いや、その、こいつらは……はい?」

 僕は驚いて、彼女をまじまじと見つめる。

「だから、あなたはトオルでしょ!」

 勝気なしゃべり方と、彼女の姿。彼女は僕の幼馴染だった。

「君は……、もしかして安奈?」

 僕は意外な人物と、意外な場所で再会した。

「全く、トオル、久しぶりね。東京に引っ越してきたなら、連絡の一つぐらいしなさいよ」

「あ、ごめん。安奈と黄麻への連絡先、どっかに失くしちゃって……」

「ふん、全くどうしようもないわね」

 彼女は腕を組んで、鼻を鳴らす。

「ご、ごめん」

 僕らの間にしばらく沈黙が包み込んだ。……が、その沈黙は緊張する僕にかけられた言葉で遮られる。

『ねぇ、トオル。お腹すいた』

 エルフィーが僕のズボンのすそに体を擦りつける。

「あ、ごめん、安奈。こいつらもお腹空かせているようだし、ちょっとうちに上がる? 僕、夕飯を作ったんだ。良かったら、どう?」

「あら、トオルが夕食を準備したの? 私、夕飯まだだから、貰おうかしら」

 安奈が昔と同じ笑みを浮かべる。二年丸々会わなかったが、安奈が安奈である事に、僕の緊張がほぐれた。

 僕は安奈にあがってもらうと、崩れたお好み焼きをすすめる。

「あら、変わった料理ね。なんていう名前なの?」

「……(小声)お好み焼き……」

「…………」

 安奈は悲惨なお好み焼きを前にして絶句するも、気を取り直して笑う。

「ま、まぁ、お好み焼きは野菜とたんぱく室と炭水化物が程良くとれるから、健康に良いのよ。それに、形なんて食べているうちに崩れちゃうしね」

 彼女は落ちこむ僕を慰めるように言い、日本料理だか韓国料理だか分からない料理を食べる。

「まぁ、味は意外と美味しいわ」

「お好み焼きは誰が作っても美味しいよ、焦がさない限りね」

「まぁ、料理しなさそうなトオルにしては、上出来よ」

『上出来! 上出来!』

 エルフィーが安奈の褒め言葉をまねする。三匹は焼いただけの豚肉を一心不乱に食べている。

「ねぇ、トオル。最近どう? 中学校に友達はいるの?」

「そ、そりゃぁ、いるさ。馬鹿にするな。えっと、みー、しー、ごー、なな。七人いるよ」

 僕は少しムキになって数える。コント・トリオ、清水、渡辺さん、あとコーラス部の一年男子二人もいれて答える。

「ふーん、少ないけど、友達が私と黄麻の二人だけの小学校の時よりはマシね。会ってすぐに、二回も褒める事になるとは」

「それ、褒めているの?」

 崩れたお好み焼きも、少し交流がある程度の人も含めた友達の人数も、褒められたってむなしくなるだけだ。

「いいじゃない、人の賞賛は受け取っておくものよ。ほら、《ぶたもおだてりゃ木に登る》って言うじゃない」

「絶対に褒めてないね。それはことわざじゃなくて、はやし言葉だよ」

 僕は口を尖らせる。この口で、木に穴を開けられそうだ。

「人の事ばかり聞くけど、安奈は最近どうなのさ?」

 僕は気軽に聞き返しただけなのだが、安奈がほんのわずかだけ顔を曇らせたように見えた。しかし、そんな表情はすぐに消え、彼女は笑う。

「いやぁねぇ。なかなか上手くいかないものね。まだまだ、私の歌手デビューは先になりそうね。今はまだ、学校通いながら、歌について勉強している感じ」

「……そう、安奈も大変なんだね」

「そう、そう。本当に大変よ。だけど、周りを蹴落としてやるんだから!」

 鼻息を荒くして拳を握る彼女に、僕は苦笑する。

「もうちょっと穏やかな言い方はないのかな」

「人生は山あり谷あり。他人を踏み台にした者だけが山の頂点に立つ事ができて、敗者は谷底に堕ちてゆくのよ」

 僕はちょっと吹いて、笑う。

「それ、絶対に使い方が違うから!」

「あはは、冗談よ。でも、山を登るのは大変で、谷を下る方が楽よね。いったい、どっちが幸せで、どっちが不幸なのかしら」

 彼女は親指を立てて、上げたり下げたりする。

「そんな事を言われると、谷を下る方がましかもしれないね。まぁ、本心から言えば、山登りも谷下りも大変だと思うな。山なんかに出かけないで、家でのんびりしていればいいんじゃない?」

「それは言えているわ。富士山を登るのは、足が痛くなるし、何より息苦しくて胸が痛くなるわ。恋して胸が痛くなるっていうけど、富士山を登る時の苦しみには勝てないわ。下りだって坂で止まれなくなって転びそうになるわ、砂と石が靴の中に入るわ、靴底もすり減るわで、富士山に二度と行きたくないね」

 僕らは二人して笑う。

「まぁ、安奈は夢に向かって頑張っているんだね。安奈なら、きっと歌手として成功できるよ」

 僕の言葉に、安奈は笑顔を返す。でも、僕には、その笑顔に陰りがちらりと見えた。

「そうだ、安奈。僕は何の部活動に入ったと思う」

「ふふ、そんなの分かるわ。もちろんアニ研でしょ!」

 自信満々に言う安奈に、僕は少しがっくりする。

「いや、違うよ。実はね、コーラス部に入ったんだよ」

「うそ! トオル、カラオケに行っても「世界に一つだけの花」しか歌えなかったじゃない。しかも、トオルの歌が全部、お経みたいに聞こえたわよ!」

「うっ、僕ってそんなに歌が下手くそだったけなぁ。そんな事ないと思うけど……」

 あきれすぎているせいなのか、トールが怒鳴ってこないのは助かった。

「ふーん。じゃぁ、どれだけ上達したのか、聞かせてよ」

「え、一応プロを目指している安奈に酷評されるのは、ちょっと緊張するな」

「一応って何よ! 一応って! まぁ、酷評するのは当たっているけどね」

「酷評するんだ……」

 僕はげんなりする。

「いいから、何か聞かせなさいよ!

「えっと、何を歌おう!」

「別に、何でもいいのよ! なんでも!」

 僕は何を歌おうか思案する。最近、コーラス部で歌った歌がいいのか、それとも最近流行りの歌を歌うのか。

 しばらくして、僕はあれを歌う事に決めた。

 僕はそっと瞳を閉じ、安奈と黄麻と三人で遊んでいた時を思い出す。

 


 どこまでも続く青い海は

 (そら)の色を映してる

 果てしなく続く空の下の

 新大陸を目指そう

 大航海の始まり

 ボンボヤージュ


 目を凝らし見渡しても

 なーんにも見つけられず

 僕の航路(みち)を見失ってる


 どこへ向かえばいいのか

 てがかりも見つからずに

 茫然と立ちすくむ僕は


 痛い程 望遠鏡握りしめ 

 どこにも届かなくても 

 そっと顔を上げて 空を見上げてごらん


 昼と夜がめぐる この世界を

 太陽と月が照らす

 ずっと見てきた夢 その光が

 新大陸(みらい)に続く道しるべ

 船旅は終わらない

 ボンボヤージュ



 どこまでも続く航路

 僕の船だけが進む

 一人だけの船旅を行く


 寂しさに飲み込まれて

 孤独だけを抱きしめて

 今僕は挫けそうになる


 荒い波 おぼつかない足元が

 僕の事 不安にさせるけど

 ほら顔を上げて 海を見渡してみて


 ひとりひとりの航路(みち)は違うけど

 複雑に走り交わる

 出会っては別れて 指きりをして

 一人だけど独りじゃない

 人生は大航海 

 ボンボヤ―ジュ


 嵐が襲ってきても

 晴れない空はないから

 絶対にあきらめないで!

 さぁ行こうよ! 大海へ!


 どこまでも続く青い海は

 空の色を映してる

 果てしなく続く空の下の

 新大陸を目指そう

 大航海の始まり

 ボンボヤージュ



 僕は歌を歌っていて、胸がジーンと、熱くなった。

 この歌は夢を見続ける事の大切さを歌ったものだった。

 それが叶うかどうかは分からなくても、人は夢というものがあって前を進む事ができる。ちっぽけな物でも、何でもいい。もし夢がついえてしまっても、また新しい夢を探しても構わない。

 大事なのは、夢を見続ける事。

 そうすればきっと、幸せな未来に近づく事ができると信じて……。


「…トオル、覚えていてくれたんだ……、あの時の歌。……とても上手だったよ」

 安奈は目を光らせ、とても嬉しげにほほ笑む。小学生の時の事を思い出し、感動したような表情には、少しだけ切なげな色があった。

「……もちろんだよ。僕達が作った歌だよ。【夢の船旅】って題名をつけたじゃん。覚えていて、当然だよ!」

 安奈は鼻で僕を笑う。

「何言っているの、トオルはボンボヤージュって所しか作ってないじゃない」

「それでも、僕だってつくった事に変わりないよ」

「分かったわ。これを歌う時は、作詞者を安奈とゆかいな仲間達って発表してあげるわ」

「そんなの、不公平だ!」

 からかうように笑う彼女と口をとがらせた僕が目を見合わせる。そして、二人して盛大に笑う。

「あっはっはぁ……、分かったわ。ちゃんと、トオルの名前ものせてあげるわ」

「ふ、ふん! 当たり前だよ!」

 僕も笑いをこらえながら、偉そうに応える。

 僕らは笑いながら、テーブルをはさんで畳みの上に寝転がる。天井を見上げているうちに、笑いも収まってきた。

「そうねぇ。《夢は見続ける事に意味がある》。私が偉そうに言った言葉よね。ふふ、まるで昔の私にお説教されたみたいねぇ……」

 彼女が呟く。お互いに寝転がっているため、僕には彼女の表情は見えなかったが、その呟きは弱弱しくも、どこか晴れ晴れとしていた。

「そうだね。僕らは前に進む為に、時々後ろを振り返るんだ。ちゃんと、自分がまっすぐに歩けているかどうか、確かめながら進むんだよ。きっと……」

「うん」

 僕と彼女はしばらくそうしていたが、安奈は「うんしょ」と腹筋だけで起き上がった。僕は寝たまま、彼女の顔を見る。

「ねぇ、トオル。私、新しい歌を作ったんだよ。ちょっと聞いてみない」

「へぇ、どんな歌なの? 聞かせて」

 僕が興味津津で起き上がると、彼女ははにかんで笑う。

「うん、【風の翼】っていう歌なんだ。ディナーのお礼に一曲歌ってあげる」

「ディナーって言っても、崩れたお好み焼きだけどね」

「もう、雰囲気がぶち壊しじゃない」

 彼女は頬を膨らませる。

「ごめん、ごめん。お願い、歌って下さいませんか、歌姫様」

 僕はふざけて紳士っぽく礼をする。

「わかりましたわ、弱弱しい王子様。私の歌をご覧あれ!」


 小さな茶の間がステージに変わり、美しい歌声がアパートに響いた。

 檻の中から、青空に憧れる小鳥の歌。

 小さな檻に閉じ込められ、それでも翼をはばたかせるのを諦めない小鳥の歌だった。

 歌姫の前にいる観客は、その歌声に聞き惚れ。チャン・グンソク様の活躍をブルーレイでみていた初老の貴婦人も我を忘れて耳を傾け。屋上で愛を交わしていた(つがい)の猫もその美しい歌声に合わせて鳴き声をあげましたとさ。



「おう! 今度はタコ焼きに挑戦したい、トールだ。しっかし、まいったなぁ。作者が今回の【夢の船旅】に凝ったせいで、お話の更新がかなり遅れちまった。最弱勇者だって、お話がグダグダになっちまう。……えっ!? 元からグダグダだって?そんな事、俺は知らねぇよ。作者にクレームつけたらどうだ。感想もクレームもスポコンのりのアドバイスも受け付けているらしいぜ。まぁ、今回はここまで。あばよ!」


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