第19唱 人に完全なる自由など存在しない
「みなさん! 大変長らくお待たせしました! 我らのアイドル、灰かぶり姫のシンデレラの登場です!」
「「「うおぉぉ!! シンちゃん! We Love シンちゃん!」」」
会場内に鳴り響く司会の声に、理想を追求する者たち(OTAKU)がシンちゃんコールをする。
ステージにドライアイスの白い煙が舞い上がり、スピーカーから鐘の音が流される。
コツ、コツコツと、まるでモールス信号であるかのように、正確でリズミカルな音を、ハイヒールが鳴らす。
「みんな~! 今日は私のライブを見に来てくれて、本当にありがとう~!」
白いドレス風の衣装を身に纏った、十三歳ぐらいの少女がステージの中央に歩いて来る。
歩くたびに、黒く艶やかな髪を揺らし、スカートから膝小僧を覗かせる。
彼女は白い歯を見せて、とびっきりの笑顔を見せる。
「さぁ~! 今日は、十二時の鐘がなるまで、思いっきり歌って踊りましょう! 素敵なステキな舞踏会の始まりですよ~! レッツ・ダンス! レッツ・ソング!」
「「「Yeahー! レッツ・ダンス! レッツ・ソング!」」」
OTAKU達が喜び、拳を振り上げる。
ステージの上の少女は、何かを思うかのように瞳を閉じ、両手でマイクを握って俯く。そして、次の瞬間には輝く笑顔を見せる。
「では、最初の曲! 『キスはダンパーティの後で』」
彼女はイントロの音楽に合わせ、ゆったりとしたテンポから、少しずつきびきびした動きで踊る。
あなたのステップに合わせて
激しく打ち鳴らす私のハート
夜空に浮かぶ 美しい満月
人恋しく鳴く猫たち
私の
(※歌が思いつきませんでした。後日、改めて作りたいと思います。)
「おつかれさま」
私は深く息を吐いて、投げ渡された白い無地のタオルで汗を拭く。
「ふぅー、のど渇いた」
「じゃぁ、これを飲みなさい」
私は、マネージャーの村上圭子さんから、ペットボトルを受け取る。無色透明なビタミンウォーターだ。
「ビタミンCとか、色々入っているわ。最近、コラーゲン摂取の効果も期待されているのよ」
ペットボトルを傾け、透明な液体を口に流し込む。乾きすぎのために、口の中で舌が張り付いてしまったが、ジュースが潤して、動きをなめらかにしてくれる。
「さぁ、早く車に乗りましょう! 食事は車の中で済ますわよ!」
私達は楽屋から出て、車へと向かう。「シンちゃん!」と呼びかけて来るファンに、アイドルのスマイルを貼り付け、手を振る。なんて言ったって、スマイルはアイドルの命。スマイルでファンを惹きつけ、ファンはお金をもたらすもの。スマイルはタダなどでは無く、とっても高く売れる。
私は車に乗って、ファンが見えなくなるまで、笑顔のまま手を振り続けた。ファンが見えなくなると、スマイルはステージから退場する。
「はい、お弁当よ。ご飯は半分、お肉は一切れ残して置いて、後で私が食べるから。食生活には気をつけるのよ」
「分かったわ」
コンビニのサラダを二パックと、生姜焼き弁当が手渡される。
「今度は、バラエティよ。……全く、全部一か所でやってくれればいいのに……」
愚痴を呟く村上さんをよそに、私は野菜からつまんでいく。ずいぶんと慣れたもので、揺れる車内でも器用に箸を運ぶ。
「シンちゃん、今日も忙しいけど、頑張ってね」
「えぇ、もちろん。……でも、二人の時ぐらい、『シンちゃん』じゃなくて、『安奈』って呼んでくれません? 私には、菅原安奈という名前があるのですが」
「えぇ、素敵な名前ね。でも、仕事中のあなたは『シンちゃん』。他の誰でもないわ」
「はぁい……」
スケジュール帳をチェックしている村上さんに、彼女の提案は却下される。私は、小さな一口に三十回かけて咀嚼する。生活の全てを、美容と歌に捧げなくてはいけない。
私はため息をついて、窓の外を見る。夕方のこの時間なのに、道路は思っていたよりも空いていて、スタジオには早めについた。ちなみに、制限速度を数キロオーバーしても、それは御愛嬌である。
車から降りた私は楽屋に向かい、早速着替える。
「ふぅ。思ったより、時間が余ったわね。三十分位、休憩していていいわ」
村上さんは、一息ついて、お茶をすする。ティーポットで淹れるような洒落たものではなく、ペットボトルのお茶だ。私達は、手軽な物を選ぶ。高級だろうと、安かろうと、喉元を過ぎれば、そこにたいした差はない。
私もお茶を飲んでから、村上さんに話しかける。
「ねぇ、村上さん。私、ちょっと歌を考えてみたの。聞いてみてくれない?」
「えぇ、聞くだけ、聞いてみるわ」
「『風の翼』という題名なの」
私は足でリズムをとり、指揮をするかのように手を振って、軽く歌いだした。
コンクリが包んだ 僕らの町
響かせた歌声 飲み込まれちゃったぁ
声を出す事さえ とがめるような
うつむいて涙と 自分をこらえている
世界の全てを 壊したいような
けれど違うはず 本当の僕の願いは
君がくれた言葉が 今も僕の背中で
風のように見えない
翼になって青空へ はばたき続けるよ
太陽よりも眩しく
遥か未来を目指して ずっと
人々が行きかう 雑踏の中
無気力な視線は 見えない檻の様
抱きしめた孤独が 息苦しく
それでも世界は 進んで戻れない
何回迷って 足くたびれても
だけど歩みゆく 本当に望む未来へ
君がくれた心は 今も僕の胸の中
風のように流れて
暗い雲をかきわけ 心は晴れ渡るよ
青空よりもきれいで
どんな運命乗り越えて ゆくよ
村上さんは拍手し、ぱちぱちと乾いた音が楽屋を満たす。
「うん、なかなか良かったわ」
村上さんは手元のビデオカメラをしまいながら、小さく頷く。
「ねぇ、これを新曲として発表できないかしら?」
私の提案に彼女は頭を小さく振る。
「いいえ、今のあなたの芸風に会わないわ」
「どうしてよ、いいじゃない」
彼女はメガネの位置を直して、答える。
「今はまだ駄目よ。今の芸風を飽きられるまで、売りつくす。限界まできてから、新たな芸風で売り出す。あなたの歌は、その時まで取っておきなさい。飽きられたら捨てられるこの道で、あなたの歌は武器になるわ」
「前も、そんな事を言っていたじゃない……」
私は俯いて、愚痴をこぼす。
「好きな歌ばかりを歌っていられるほど、この道は甘くないわ。仕事だもの、気に入らない歌だろうと、きちんと歌わないとね。……それに、歌のストックは多ければ多い程、アイドルであるあなたにとって、とても有利になるわ」
アイドルじゃない、私は歌手。そんな言葉を喉の奥に押し込んだ。
村上さんは、立ちあがり、扉の取っ手に手をかけた。
「後に二十分、しっかりと休みなさい」
彼女は普通に扉を閉めたが、静かな楽屋で、その音は大きく響いた。
「はぁ、どうして歌いたいように歌えないんだろう……」
私は鏡を眺めながらため息をつく。
『安奈、がっかりする必要はないわ。村上さんの言う通り、あなたは自分の歌を、思いっきり歌う日がいつか来るわよ』
「それって、いつよ」
私は鏡に手を当てながら、自分の顔を見る。鏡の中の自分は、駄々をこねる子供をあやすかのように、困ったような笑顔で自分を見つめる。
『えっと、その、それは、いつかよ』
「それって、明日? それとも一週間後?」
私はいたずらっぽい笑みを鏡の自分に向ける。
『えっと、一か月かなぁ…、もしかしたら、もっとかかる……かも?』
鏡の中の自分は、誤魔化すかのようにへらへらと苦笑いする。
「はいはい、あなたの事は、あてにならないようね」
『ひ、ひどいじゃない』
鏡の私が、まるでりんごのように頬を膨らませる。私は疲れたような笑みしか浮かべられないのに、鏡の私はコロコロと表情を変える。その様子は、万華鏡よりもずっときれいだと思った。まぁ、私とよく似た顔なのだけど、私がナルシストでは無い事を強弁しておく。
「うそうそ、慰めてくれて、ありがとうね。本当に、あなたは可愛いわね」
私は、鏡の私のほっぺたをつつきながら、ふざけたように、でも、心から礼を言った。
『もう。あたなは、彼みたいに私をからかうのだから』
「ふふ、彼もあなたを子供扱いしていたのかしら?」
『そんな事ないわ。私を立派なレディとして扱ってくれたもの』
鏡の私はぷりぷり怒る。とってもぷりティだ。
「へぇ、例えば?」
『例えば……、い、色々な所にキスしてもらったわ』
「へぇ、色々な所って?」
少し大人な話の雰囲気に私は興味を持つ。
『それは……口とか、ほっぺた、おでこ、鼻とかよ』
「それで、他には?」
私は小悪魔みたいな笑顔を浮かべて訊ねる。
『えっと……、唇とか、頬、額、眉間とかよ』
「同じ所じゃない。胸とか、下っ腹にはないの?」
『いやね、立派なレディはそんな、下品な会話をしないわ。そんな事を言うあなたはどうなのよ?』
「私には、恋人がいた事がないわ」
『ほら、あなたの方が子供じゃない』
鏡の私は、少しだけ勝ち誇ったような顔をする。
「ふぅ、大人は簡単に恋を出来ないものなのよ」
私は飲み物を回す。手元にあるのは、カクテルでは無く、ペットボトルのお茶だけど。
「あなたは、大人の恋をしていると言ってるようだけど、キスはどんなものかしら?」
『あら、話してあげても良いわよ』
彼女は自慢げに語る。
『人の唾液って、臭くて汚いでしょ』
「うん、まぁ、そうね。そうかもねぇ?」
『それを受け入れて、受け入れてもらうのは、愛し合っているから出来るのよ。それを感じ逢えるのが、キスなのよ』
「ナルホド、確かにそうかもねぇ」
私は少し納得して、頷く。
『あ、でもね。朝起きた時や、食事をして四十分以降は、口が臭くなるからね。さりげなく、歯磨きを勧めた方が良いわよ』
私は頷くのをやめ、今度は首をかしげる。
「……その、あなたの彼を本当に愛しているの?」
『好きな人には、歯を失くして欲しくないでしょ。愛している人には、いつまでも健康でいてもらいたいものよ』
私は、頭の中に疑問を持ちながらも頷く。二つの事は矛盾しているような気もするけど、どちらも正しいような気もする。まぁ、そんな事を今悩む必要はない。その時になったら、その時の気分で決めればいいことだから。
私は、楽屋にある洗面台で歯を磨く。恋人が居ようが、居まいが、アイドルにとって歯は命。私は、きれいに保ったピンク色の歯茎を傷つけないように、鞄で持ち運んでいる、電動歯ブラシをそっとあてて、磨いた。
「ねぇ。そこまであなたに恋をさせる、素敵な男の人は、いったいどんな人なの?」
歯をチェックしながら、私は聞いた。アイドルだって女の子、恋話は好きだ。好きだけど、少女漫画の中などではない、実際の話なんて滅多に聞く事はない。
『そうねぇ、私と彼の話をしいようとすると、とっても長くなるけど。簡単に言うと……、そうねぇ……。彼はぶっきらぼうだけど、本当は優しくて、不器用なの。自分には関係ないって言いながらも、誰かの為に泣いたり、一生懸命になる人なの』
鏡の中の私は、寂しさと嬉しさの混じったようなほほ笑みを浮かべて話す。彼女の話では、まるで女の子が思い浮かべる、理想の男の子像みたいだ。少女マンガに出てくる、典型的なヒーローに思える。
「はぁ、あなたは恋する乙女なのねぇ」
私は、あきれたような、羨ましいような気持ちで言う。
「でもさ、その彼に今すぐ逢いたくならない?」
鏡の中の私からほほ笑みが抜け落ちて、悲しげな顔だけが残った。
『……えぇ、本当に逢いたいわ。でも、どうしたら逢えるのか、分からないし……。それに、私にはやらなくちゃいけない事があるの。それもどうしたらいいのか、分からないけど……』
私達の間に、気まずい沈黙が流れた。私はどう言えばいいのか分からず、鏡から目を背ける。
すると、私達を救うように、ドアがノックされる。
「シンちゃん! もうそろそろ出番よ!」
村上さんが入ってきて、私達の会話は中断される。
「はい、今行きます!」
私は軽く髪を整え、楽屋を出た。
「はい、初めて後書きで語る、灰かぶり姫こと、菅原安奈です。マイナーなアイドルとはいえ、毎日大変で、自分の時間もとれませんよ。歌ったり、ラジオや地域のテレビ、ライブに睡眠。えっ、なんで睡眠が大変かって? ……それは、睡眠はお肌にとって大切だからですよ。一日8時間は寝ないとね。別に、怠惰なわけではないよ!? 忙しい、現代人にとっても、睡眠は非常に大切なんだからね! 分ってる? 決して、私の趣味ではないよ!
それと、風の翼を直したのだけど、感想をよろしくね」