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第18唱 人は偽りの自由の中で生きる、かも?

 僕は糖分を摂取した後(あんなのがシュークリームだなんて認められない)、僕は川端に向かった。

 どこから来て、どこに向かうのか謎なジョギングじいさん。大量の買い物袋を自転車の籠に押し込んだり、ハンドルにぶら下げ、背中に下げたリュックサックをパンパンに膨らませたおばさんなどにすれ違ったりした。

 僕が川に辿り着くと、土手の草むらには、あの小学生が座っていた。

「こんにちは」

 小学生がビクッとして、驚いたかのようにこちらを振り向いた。

「猫のお兄さん、……こんにちは」

『どうやらこいつの脳内では、お前より猫の方の存在が大きいようだな』

トールのヤジに僕は硬い笑顔を浮かべながらも、彼の隣に腰掛ける―

「つめたっ!」

―……が、僕はカンガルーみたいに跳びはねる。そんな僕の様子を、小学生はおかしそうに笑う。

「あぁ、昨日の夜は雨が降っていたみたいだよ」

「君は冷たくないの?」

 僕は相いれない宿敵と対峙しているかのように、湿った地面を睨む。

「僕は、新聞敷いているから、……半分使う?」

 彼は立ちあがり、自分が座っていた新聞の数枚を僕に渡してくれる。

「ありがとう。君は新聞を読んでいるの?」

 彼はかすかに顔を振る。

「ここに来たら、捨ててあった……」

「へぇ、マナーを守らない駄目な人もたくさんいるけど、こんな所にまで新聞を捨てにくる人もいるんだね」

「きっと、リストラされた事を家族に内緒にしている父親が捨てたのかもね……」

「……うーん、ずいぶんと世知辛い想像だね……」

『いつの世も不幸は絶えないな……』

 僕の網膜には、会社に出かけた振りをして、川端で寝ころぶ中年男性の姿が浮かんでくる。きっと、灰色になって、「燃え尽きたぜ……」とか言っているに違いない。

 ※この小説を読まれている世の中の父親の方々、これはあくまでもフィックションです。実際に存在する人物、団体、法人、サラリーマン、父親、雷オヤジ、目玉のおやじとは全く持っての無関係ですので、どうかご了承下さい。

「君はここが好きなの?」

「……ここにいちゃ悪い?」

『まぁ、普通のガキのする事じゃねぇな』

 小学生は不機嫌になり、僕は少し慌てる。トールは相変わらず野次を飛ばしてくる。

「そ、そんな事ないよ。僕も、ここを猫達と散歩するのが好きだし」

 緊張する僕は、耳の裏のくぼみをかく。僕の癖だ。そんな僕を見ながら、彼は僕と目線を合わせずに指摘する。

「今日は猫を連れてないね」

「あ、途中からどっか行っちゃたんだ。あいつら、いつもそうなんだよ」

 僕はハハハと笑いながら、誤魔化す。

 彼はじろっと僕の服装を見る。

「学校帰りに見えるけど」

『嘘が下手だな』

 小学生の指摘に、僕は一瞬硬直する。

「い、いや、その。コンビニの前であいつらを見かけただけなんだ。ビーフジャーキーを買っている間にいなくなっちゃって……。食べる?」

 僕は苦し紛れの言い訳をし、ビーフジャーキーを手渡す。彼はうさんくさい顔を向けながらも、ビーフジャーキーを受け取ってかじる。

「しょっぱ、……体に良くなさそうだね」

「そう言いながらも手を伸ばしているじゃん」

 彼はビーフジャーキーを飲み込んでから口を開く。

「まぁ、僕は口の中が塩っ辛くなるまで、マップのポテトを食べるのが好きな人間だから」

 小学生は次のビーフジャーキーをくわえる。

「……なんとまぁ、不健康な生活だ。僕も人の事言えないけど……」

 僕も冷凍食品三昧だ。小学生は悟ったかのように頷く。

「体に悪い物ほど手を出したくなるものだよ、きっと。酒、たばこ、麻薬もそうかもね」

「……塩っ辛い物や酒・たばこと、麻薬が同列なんだ……」

 僕はあきれて苦笑する。

「まぁ、麻薬はよくないね。小人の幻覚が見たいなら、アリ●ッティでも見てればいいよ」

「今度は麻薬と映画を同列にするのかい? かなり失礼だね」

 僕は無駄話をしながらも、どうやって彼の事情を聞こうか悩んだ。無理に話を聞いても、彼を怒らせるだけで、何も進展しないような気がする。例え、傷の手当てをする為に手で傷口に触れても、ただ相手に痛みを与えるだけの可能性だってある。

 悲しくて辛い時も、親しい人のなぐさめで立ち直る事ができる可能性がある。しかし、親しくない人の心配は相手の神経を逆なでるだけかもしれない。塞ぎこんでいる人は他人の事を信用しない。安易な慰めは、自分の事を見ないで、立場や道徳から来る安っぽい同情だと思われるかもしれない。下手をすれば、自分の事を見下し、優越感に浸っていると思われる可能性だってある。

 まだ、僕はこの子と親身ではないし、自殺しようとした彼を助けた黒猫(ガットネロ)仮面(マスク)と同一人物とは知らない。いきなり、何か悩みを聞いても避けられる気がする。

『それじゃぁ、いつまでたっても進展しないんじゃねぇのか?』

僕は少し顔をしかめる。たしかに、下手をすれば、状況はより一層悪くなる可能性もある。しかし、だからと言って、何もしなければ、何もできない、何も生まれない、何も変わらない。

僕はビーフジャーキーをかじりながら、川を眺める。

「ねぇ、この川が好きなの?」

 彼は僕を馬鹿にするように見る。

「好きになれると思うの?」

 僕は濁った川を見つめる。

「……無理だろうね」

 僕は自分の無理矢理な会話に顔をしかめる。

 僕の隣に座る彼は、顔をしかめながら呟くように口を開く。

「ねぇ、たまにだけど、この川で釣りをする人がいる事を、知ってる?」

「ううん、散歩できても、ここは通りすぎる程度だから。でも、この川に魚がいるのかなぁ? こんなに濁っているけど」

 僕は川を覗きこみ、魚の影を探す。しかし、深緑に濁った水と、太陽の光を受けて反射する光しか見えなかった。

「うん。なんでも、この川にいらなくなった魚を放す人達がいるみたいだよ。生態系が崩れるとか、無責任だとか言ってる人もいるけど、この川で捨てられた魚達は生きていけるのだから、魚達にとっては良いのかもしれないけど……」

 彼は平べったい石を拾い、やる気の無い様子で投げた。石は水面で跳ねず、小さな音をたてて沈む。

「結局、弱い奴は強い奴にもてあそばれるんだ」

 投げられた石が作るかすかな波紋は、川の流れでかき消される。着水の瞬間に、目を凝らしていなければ、そこに石が沈んだ事に気がつかなかっただろう。ちっぽけな石が作る変化なんて、あって無いようなものだ。

 僕は、そんな川の様子を眺めながら考えた。

「でもさ、放された魚も、こうして自由になったんじゃないの?」

 彼は暗い顔で、頭をかすかにふる。

「ここの魚たちは、この濁りきった川に居る。この川だって、海につながっているし、海は全部つながっている。けれども、魚たちはここからどこにも行かない。行けたとしても、ほんのわずか。食べ物や外敵の影響で、行ける場所は限られているんだ」

 彼にそんな事を言われると、水槽の中も、川の中も大差ない気がしないでもない。人間が支配するか、環境が支配するかの違いでしかないような気がしてくる。

でも、そんな事を認めるなんて味気ない。僕は、反論してみた。

「でもさ、鮭は川や広い海を泳ぐよ。マグロとか、大きな魚は海のいろんな所にいるじゃん。渡り鳥だって、北や南に飛んでゆくよ」

「鮭は習性から、同じ川から出発して、同じ海を泳いで、同じ川に戻ってくる。マグロや他の魚だって、ある程度住む場所は決まっているよ。渡り鳥だって、気温の変化やエサのために北や南へ渡るでしょ。一見自由に見えて、生まれや環境から、すでに生き方が決まっているんだ」

 彼は、何か問題でもあるかのように、体育座りをした自分の膝小僧を見つめる。

「水槽の中の魚も、川の中の魚も、似たようなものだよ。目に見える壁と、目に見えない壁があるだけ。……きっと、人も……」

 彼の呟きに、僕の中のもやもやは形を現したような気がした。

 僕ら人間は、自由を掲げている。いや、他の国については知らないが、少なくとも日本やアメリカでは自由を美徳としているらしい。まぁ、僕は政治に興味が無く、僕の持っている日本の知識はあやふやで、アメリカについては単なるイメージだけだけど。

 しかし僕らは、人間関係、社会的地位、お金、道徳、宗教、政治、ありとあらゆる物に縛られている。一見すると自由に見えるが、実は目に見えない(おり)に閉じ込められているのかもしれない。

「はは、確かにそうかもね。大人達は、『僕らに伸び伸び元気に育て』とか、『一人ひとりの個性が大事だ』とか言いながらも、『しっかり勉強しろ』って言うしね。まったく、僕の個性は勉強に向いていないんだよ」

 僕は口をわざとらしく尖らせ、それをなんでもない冗談であるかのように言う。

「そうだね、先生達は勉強、勉強ってうるさいよね」

 彼もかすかに苦笑して、川を眺める。

 僕はそんな彼の様子を横目で見る。彼は、よくこの川を眺めているようだが、もしかしたら、この川の魚と重ね合わせて見ているのかもしてない。

 僕はしばらく黙って考えてから、また口を開いた。

「でもさ、人と魚は違うよ。魚は水草を植えられないけど、人間は水草を植える事ができるよ」

「水草なんて植えたって、何も変わらないよ」

「何も変わらないかもしれないけど、何かが変わるかもしれないよ」

 僕は石を拾って、川に向かって投げた。石は目立たないぐらいに、水面で一度だけはねて、かすかに波紋を作る。

 小学生はうつむいたまま立ちあがった。彼はそのまま僕に背を向けて、ゆっくりと歩き始めた。

 僕は座ったまま、彼の背中を見上げる。僕はどう声をかけたらいいのか戸惑った。

 彼はほとんど口を動かさなかったし、後ろも向いていた。だから、僕にはよく聞こえなかったが、「分かったような口を聞くな」と、言っているような気がした。

 僕は川に目線を戻し、小さくため息をつく。

「僕は…、何か間違ったかな?」

『分かっている事と、納得した事は違うだろう』

 トールが僕に言う。

『それに、「何ができるのかは、やってみなければ分からない」だろう?』

「うん、そうだね」

 僕は頷きながら、立ちあがった。土手を登って、川を眺め、それから家に向かった。



Hi! 釣りをしても、餌だけ取られてしまうトオルです。みんなは、釣りの餌に何を使っているの? 僕は一度だけ釣りをしたけど、ピンク色に着色された芋虫っぽいのを使ったね。釣り針に虫を刺すとすぐに死ぬんだけど、一度だけおしりの方に針を刺したら、しばらくの間はうねうね動いていたよ。これなら釣れる! と思ったけど、やっぱり餌だけなくなっちゃった。では来週をお楽しみに。Good bye!

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