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第1唱 賢者は舞い降りた

 日本の東京にある、とある町の道路。その脇の歩道を一人の少年がトボトボ歩いている。

 年は12歳ぐらいで、鴉の羽のような黒髪を持ち、一度も日の光を浴びた事が無いかの様に白い肌をしている。絵具をそのまま塗ったような濃くて暗い緑色の瞳は、まるで虚無を宿しているかのような強くも陰鬱な光を灯している。

 彼は中学生らしく、制服を着て、かばんを両手に持っている。

空は蒼く澄み渡り、近くに林も無いのにどこかで鳥の鳴き声が聞こえる。そんな良い天気の下、彼はひたすら下を向いて考え事をしていた。

「俺の名前は田中徹。好きな食べ物は酢豚。趣味はゲーム・・じゃなくて、えっと何にしよう・・・?」

 僕は中学に入学し、今日が最初の登校日なのだ。地方から東京に引っ越してきたために、友達がまだいない。ただでさえ、僕はちょっぴり引っ込み事案なのだ。

「クラスの全員と友達に・・・・いや、5人ぐらいは友達になるぞ」

 前言撤回、僕は重度の引っ込み思案でした……


「俺は清水達也。小学校の時から空手をやっていました。勉強のほうはみんな、よろしく!」

クラスのみんながクスクスと笑う。彼はユーモアあふれる人間らしい。清水達也は僕と同じ黒髪で白い肌をしているが、僕とは全く違う人のようだ。

清水達也が席に着いた。次は僕の番だ。

「えっと・・ぼ・・僕、は田中、(とおる)、です。好きな食べ物は、えっと・・酢豚。趣味は・・えっと・・色々な事に挑戦したいです」

 僕はがっかりして、席に座った。これが今朝の堅い決意の結果とは・・・。



 その後も僕はひとりで黙々と席に着き、一人だけで帰る事となってしまった。不器用で人付き合いが下手くそな自分が不甲斐無い。

 僕はひとりで、とぼとぼ歩いていた。

 僕には誰も声をかけてくれない、それは僕から声をかけるのが下手だからだ。

(一人で黙り込む奴に誰が話しかけるものか。)

 僕はそんな事を考え込み、周りに注意を向けなかった。誰も僕に声をかけなかったが、かわりに車のクラクションが僕に声をかけた。

 プップー!

「へっ?」

 僕は体が動かなかった。僕はその時、何も感じる事はできなかった。人は恐怖を目の前にすると、思考が働かなくなると言う事を実感した。避けようという考えさえも浮かんでこないのだ。アニメやドラマで車に()かれそうになって、棒立ちになるシーンを馬鹿だなぁと思ったが、実際に避ける事の出来る人は凄い事だと分かった。

 自分の目の前に車が迫っていて、フロントライトが僕を睨んでいるかのようだ。そのタイヤが上げる、悲鳴に似た急ブレーキの音が僕の耳を引っ掻く。

 思わず目をつぶってしまう。そんな事に意味はないのに……

 僕の体が宙に浮かび、空を舞う。

 ガードレールを越えて歩道の上に……

 僕は絶対に死んだと思っていたが、トラックの運転手が自分にかけよってきて、自分が無事な事に初めて気がついた。

「君、大丈夫か!は、早く救急車を呼ばないと!えっと、110だっけ?何番だっけ?」

 かわいそうな程に混乱した声によって僕は正気を取り戻した。

不思議な事に痛む所はない、意識もはっきりしている。 

「それは僕が死んだ時にかける番号ですよ。僕は大丈夫です、おじさん。僕もぼっとしていました。すみません。僕は失礼します」

 僕はそう言った。奇跡的にも僕に被害はなかった。運良くトラックを避ける事ができたようだ。きっと無意識に自分から歩道に飛び込んで避けたのだろうと思う。

 僕は面倒な事が嫌なためそのまま立ち去った。

 トラックに轢かれそうになった事と比べたら、学校の事などたいした問題ではないような気がし、少しだけ気が落ち着いて家に向かった。


 

 僕は家ではいつも一人だ。僕の母は僕が幼少の頃に交通事故で亡くなってしまった。その時はアメリカに住んでいたような覚えがある。

 父は仕事でほとんど家を出かけていて、僕は家を一人で過ごす。

 僕は今日も一人で冷凍食品を食べる。一人の生活に慣れてしまっても、一人ぼっちの寂しさが完全に消える訳ではない。最近の冷凍食品はおいしさや栄養バランスが良い事が唯一の救いだ。

 僕は食後の歯磨きをしている最中に鏡で頭にけががないか確認した。交通事故の傷でハゲができては困る。

『大丈夫だ。少し傷を負っていたけれど、俺が治してやった。まぁ、将来のハゲまでは知らないが……』

「そっか、それなら良かった」僕は安堵し、部屋へ向かおうとする。

『ちょっと待て、俺が話しかけても気にしないのか? 俺を無視するな!』

 少し慌てた声が僕を呼びとめる。

 僕は(しばら)くの間、ボケっとしていたが、すぐにハッと気がついた。

「頭を打っておかしくなったのかなぁ?」

『お前の頭は元々おかしいんじゃないか?』

その声は少し、あきれているようだ。

 僕は周りを見渡すも、僕のそばには誰もいない。

「どこに居るの? どこから覗いているの?」

僕の声に少し怯えた色が浮かぶ。

『鏡を見ろ、鏡を』

その声が言った。

 僕は鏡を覗いてみると、そこには平凡な僕の顔が映っている。

 僕が口を開ければ、鏡の中の僕も口を開ける。僕が頬を引っ張ると、鏡の中の僕も頬を引っ張る。しかし、鏡の中の僕は本物の僕よりも若干強気な顔で、自分に自信が溢れているかのようだ。

まるで僕とは別人……

『そうだ、俺はお前とは別人だ。まぁ、全くの別人でもないけどな』

その声は僕の考えが分っているようだ。

『お前に説明しなくちゃならない。だからお前は手鏡を持って椅子にでも座れ』

「う、うん」

僕は思わず頷く。

 僕は椅子に座り、手鏡を覗きこむ。鏡を覗き込むなんて、他人に見られたらとナルシストだと思われそうだ。

「君は誰なの?」僕は尋ねる。

 鏡の中の僕は目を閉じて考える。

『驚くなよ。俺は此処とは違う世界の住人だ』

「こことは違う世界の住人? 君は外国から来たの?」

『馬鹿、そういう意味じゃねぇ。まぁ、こんな子供がすぐに理解できるわけがないかぁ……』

 僕はむっとする。鏡の中の僕は僕と同じぐらいの年のくせに、なんでこんなに偉そうなのか。自分に自分が馬鹿にされるとは腹が立つ。僕は僕に…………なんかこんがらがってきた。

『俺の話しは長い、よく聞け。世界とは、自分達が住むこの世が唯一のものではない。まるで夜空に浮かぶ星のように何千何万、無限の世界があるんだ。この世界もその内の一つだ。俺はこの世界とは別の世界か来た。その世界では魔法がそれなりに発展しているんだ。俺は魔法を使ってこの世界に来てしまった』

 僕は首をかしげる。

「なんで君はこの世界に来たかったの。なんで君は鏡の中にいるの」

『馬鹿な奴。俺は鏡の中ではなく、お前の中にいるんだよ。』

 僕は驚き、固まる。彼は続けた、

『俺は魔法に失敗したようだ。本当は別の所に行きたかったが、この世界に来てしまった。それで、何故お前の中にいるという理由は、お前と俺が同じ魂の持主だからだと思われる。まさか、こんな情けない奴が俺と魂が共有するものとはなぁ』

 彼はため息をつく。僕は腹がたつが言い返せない。僕が情けない人間であると言う事は、僕も認識している事実であり、非常にくやしい。

 僕は学校の事を考えないように、彼に質問した。

「魂を共有するって、どういうこと?」

『俺の世界にある神話ではこうある。……神は何も無い大地に一つの種を植えた。その種は長い年月をかけて、ついに芽を出した。それが世界の始まりである。その芽はさらに長い年月を重ね、大きく育ってゆき、無数の枝を生やして行った。その枝の先に宿る蕾の一つ一つが世界であり、その内の一つに我々は生きる……』

鏡に映る彼はその先の説明を少し考えるかのように話が途切れた。

もちろん僕はちんぷんかんぷんで、ボケっと話を聞いている。

『例えると、お前が別の国で住んでいる世界や、お前が陽気に友達とおしゃべりしている世界など、お前が住んでいる世界とちょっとだけ違う世界もあるかもしれない。それと同じく、魔法が当たり前のように存在している世界や、魔物達が闊歩している世界もある。つまり、全ての世界の始まりは世界の大樹の根元で繋がっていて、全ての世界には互いに似た存在が在る。その似た存在の事を「魂を共有する者」と俺がそう呼んでいる』

 彼の話をかみ砕くとこういう話かもしれない。

SF小説などでは、よく平行世界(パラレルワールド)について描かれる。彼が話したように、今日僕は独りで帰ったが、もしかしたら友達と一緒に帰ったかもしれない。そんな、「もしもの世界」が無数にあるのがパラレルワールドだ。

 現在よりも遥か昔、地球や宇宙誕生の頃からパラレルワールドとして世界が枝分かれしたとすれば、中には魔法や不思議な物が存在する世界があってもおかしくないかもしれない。自分の世界とは根源が一緒でも全く異なる世界、つまり異世界の事だ。

 僕は数日後にそんな風だと解釈した。実際、話を聞いた時点で、僕は彼の説明を全く理解できず、ただただ聞き流しているに等しかった。

 トールの話を全く理解できなかった僕だが、とりあいず話を進めた。

「それで、君は魔法を使ったの? 君はその世界でどんな人だったの?」

 彼は得意げになった。

『俺はかつて勇者と共に俺らの世界を荒らす魔王と戦った賢者だ』

あまり賢者って柄にも見えなかったが、もちろん口にはしない。

「君は間違ってここの世界にきたって言うけど、本当は何処に行きたかったの?」

『それは……』

彼はどこか遠くを見ているようだった。すぐに彼は首を振って苦笑した。

『ま、今は関係ない。それで、俺がお前の中にいる理由だが……それは俺にも分からない』

「分からないの? 賢者なのに?」

『フン、賢者でも分からんさ。一緒に魔王を倒した勇者たちは、俺の世界の誰かと体を共有した訳ではなかったらしい。俺達が異常なのか、彼らが特別なのかは分からない。俺とお前が「魂を共有する者」という考察も、結局は俺が勝手に考えた事だしな。そこん所はおいおい考えていくしかない』

 彼はお手上げらしい。

『それで、俺はこの世界に干渉する事が難しいらしい。色々と試してみたんだが、せいぜいお前に干渉する事ができる程度だ。帰り道で、大きな鉄の塊にぶつかりそうになっただろう。その時、俺がお前を横に飛ばして、危機を救ってやったんだ。感謝しろよ。』

「う、うん、ありがとう。」

 僕は頷く。

『よし、じゃ俺の言う事を聞け』

 とても偉そうに賢者様が命令をなされた。

「な、何?」

『俺が元の世界に戻る手伝いをしろ』

「へっぇ?」

『いいか? 俺がこの世界に来てから、お前に少し干渉する程度しかできないんだ。もちろん俺だけでは元の世界に戻れない。そこでだ、お前が魔法を覚えて、俺が元の世界に戻るための踏み台になれ』

 僕は驚いた。自分が魔法を覚える。数学の公式もいまひとつなのに!

「僕には無理、無理」

『じゃ俺が元の世界に戻る発射台になれ』

「何も変わらないよ」

僕は泣きそうになる。

『情けない顔をするな。大丈夫、天才賢者様の俺が教えてやるから。それに俺と魂を共有する以上、お前に魔法の素質があるはずだ。ただ魔力の少ないこの世界では気がつきにくだけさ』

 彼は自信満々だ。

「僕には無理だよ。自分の事もできない人間が他人を助けるどころか魔法なんて、・・・使えやしないよ」

『ふーん。なら俺はずっとお前の中に居座る事になるぜ。トイレも、結婚した後もな。いつも口出ししてやるよ』

いじわるそうに言う。

「そ、そんなの嫌だよ。」

『なら協力しろ、俺はトール・T・ナーガだ。よろしく、田中徹(たなかとおる)。」

「なんで僕の名前を?」

僕は首をかしげる。

『俺、実は昨日からお前の中に居たんだ。お前にどう話しかけようか迷っていたんだ。まぁ、がんばれ友達5人!』

「そ、そんな事まで聞いていたの! 人をからかわないでよ!」

僕はあわてる。

 

 そんな強気で偉大なる賢者と弱気で平凡な僕の共同生活が始まった。果たしてこの二人は上手くいくのでしょうか。



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