第16唱 自動温め機能はあてにならない!
『ふぅ~。食った、くった』
三匹は満足げに目を細め、ポテ~っと、ごろごろだらしなく転がる。人が見れば「かわいい~!」の感嘆の言葉が飛び出してくるだろうが、僕達にとっては「憎たらしい」の一言だ。
腹が立って仕方のない僕は、今日買ったばかりの冷凍グラタンを温める。しかし、電子レンジの中でグラタンが爆破してしまい、電子レンジの中を拭かなければならなかった。面倒でも、きちんとパッケージの通りの温め設定をしなければならない。電子レンジの自動温め機能は当てにならないのだ。
僕は容量が減ったグラタンをスプーンで口に運ぶ。最近の冷凍食品は進歩していて、レストランのグラタンとの違いが分からない。まぁ、違いがある程のレストランに行った事がないだけかもしれない。僕にとっては、サイゼリアが三ツ星レストランだ。
「全く……、キャットフードのランクを下げてやろうか……」
苦虫を噛み潰した顔で、僕は食べ終わったグラタンの器を立てて握り潰す。派手な音を立てるが、もちろんプラの器だ。
『そんな事で目くじらをたてないで欲しいですわ。全く、器の小さい男です事。そんな器の小さい男にはプラの器が良くお似合いですわ』
マリー嬢がツンッとする。彼女のごろごろ可愛らしい様子と、ちくちくした嫌身にギャップがありすぎる。普通の人には、彼女が人を馬鹿にしているとは分からないだろう。
いらいらする僕は、贅沢に駅で配っていた入浴剤を風呂に入れた。パッケージには「草津の湯」と書かれていて、お湯は薄い色に染まった。
「ふぅ~」
僕は湯につかる。本物の草津の湯に入った事のない僕には、入浴剤が本物と似ているかどうかなんて分からないが、草津の湯と書かれている事が重要なのだ。プラシボー効果と言って、人は思い込みによって苦楽に大きく作用する。ことわざにもあったと思うけど……、「心頭滅却すれば火もまた涼し」だっけなぁ?
僕は下らない事を考えながら湯につかる。甲斐恵林寺の快川紹喜が知ったら号泣ものである。
「ばばん、ばばんばんばん♪ばばん、ば、ばんばんばん♪」
僕は良い気分で呟くように歌う。
「良い湯だな! ばばん♪ 良い湯だな! ばばん♪…………」
僕は何かを思い出すかのように歌を止める。そして、また歌い始める。
「ばばん、ばばんばんばん♪ ばばん、ば、ばんばんばん♪」
『……お前、歌の続きを覚えていないな』
「普通の子供が知っているのはここまでだよ」
僕は目を閉じながら答える。この草津の湯が本物かどうかなど関係無く、僕は湯を満喫する。
『だいたい、さっきの情けない歌はなんだ! そんな下手くそな歌を歌われちゃぁ、俺はいつまでたっても帰れないぞ!』
「もう、お風呂くらいゆっくり浸からせてよ」
僕は肩まで湯に沈める。お風呂のお湯には、僕の顔ではなくトールの顔が映っている。ゆらゆら揺れる水面で彼の顔が悪魔のような笑みを浮かべた。
『ようし、なら存分に浸からせてやろう。まともに歌えるようになるまで、風呂から出るな!』
「えぇ!!」
苦楽は簡単に逆転する。さっきまでは極楽のように感じていた湯も釜ゆで地獄のように感じる。これぞ、プラシボー効果というものだ。頑張れ、僕。「心頭滅却すれば湯もまた涼し」だ!
「はひぃ~」
熱い湯の中で歌い続けた僕は、頭がくらくらしてきた。目に映る景色が、僕のいる世界とは別世界のように感じる。テレビに映る光景のように、魚達が泳ぐ水槽の中のように。
……はぁ、入浴剤に染まるお湯が、濁った川の水のようだ。
「はりぇ? 川の水……」
僕は何かを忘れているようだが、頭がゆだって思い出せない。
『とおる……、もう上がっていいぞ……』
トールも言動がにぶい。僕ののぼせた感覚を共有しているみたいだ。
僕は茹でダコみたいに顔を赤くしてなって上がった。
「はぁ、お風呂はしばらくいいや」
僕はパンツひとつでいすに座った。汗がひくまで待たないと、パジャマが汗でぬれてしまう。
「ぷはぁっ!」
僕はからからのノドに牛乳を流し込んだ。ゆだった頭が叙除に冷めてきて、忘れていた事を思い出した。
「そうだ、川辺の小学生の事を忘れていたんだった!」
自殺しかける程追い詰められていた子を忘れるなんて結構ひどい人間かもしれない。
『そうだ、黒猫仮面のなにが悪かったのか調べなければ』
「い、いや、それはもういいよ……」
『だめだ、いんた~ねっとを開け。イタリア語で黒猫をなんて言うのか、調べろ!』
僕はしぶしぶネットで検索する。
「なになに、黒猫はイタリア語でGatto(猫)Nero(黒)。って、事は……、黒猫仮面はイタリア語でガットネロ・マスチラ(マスク)が正しいのかなぁ?」
『なんてこった! これが、あのガキが否定的だった原因か!?』
「いや、確かに間違っていたけど……、小学生にイタリア語なんて分からないはずだし、だいいち、名乗っていなかったはずだけど……」
僕はさらに検索する。
「翻訳サービスを使ってみたけど、黒猫の仮面は「La maschera del gatto nero」みたい。
……長すぎる。黒猫をガットネロで、日本語だか英語を付けくわえてガットネロ・マスクで良いかなぁ? それとも、大人しく日本語か英語にするべきだったのかも……」
僕らは激しく論争し合った結果、ガットネロ・マスクに決定した。
「よし、この名前なら完璧だ!」
『あぁ、とおるも、なかなかやるようになったじゃないか』
「うん、トールのお陰だね……って、名前なんて、どうでもいいんだよ!」
最初は小学生の事を考えているはずなのに、変身後の名前作りに没頭してしまった。自分で名乗るなんて恥ずかしくて出来ないはずなので、物凄くどうでもいい作業だ。
「そうじゃなくて、あの子、何か悩みを抱えているようすだったじゃん。トールは気にならないの!?」
『あぁ、そういえば、俺にも気になる事がある』
「トールもあの子の悩みが気になるよね。賢者って言ったら、人に頼られる存在だもん」
トールの考えるそぶりに僕はほっとする。はじめて、トールの人情というものを引き出せたきがする。
『お前は、あのコント・トリオを助け、猫の墓を作ってやった日、めきめきと魔力が上がった。魔法を使ったせいか、お前の心が強くなったのか、はたまた他人を助けた事が原因か判らないが、とにかくお前の魔力はあの時が一番上がった。つまりだ、お前が人助けをする事は、お前の魔力を上げ、俺が元の世界に早く戻れる可能性がある。ガキんちょを助ける事には賛成だ。一刻も早く、ガキを助けろ!』
「……どこまでも自分本位だね……。少しは人情とか、思いやりとかないの?」
『はん、それってうまいのか? まぁ、俺はお前の味覚を感じるだけだが』
自分勝手ではあるが、一応人助けには賛成的であるらしい。
「はぁ~。でも、どうやって聞こうかなぁ。悩みを離してくれるといいけど……。ねぇ、エルフィー、君は彼にもう一度合わなかった?」
エルフィーはせっせと励んでいた毛繕いを中断して、こっちに顔を向けた。
『うん。今日、おやつもらったよ』
彼はまた、毛繕いに励みだした。
「ねぇ、何か言っていなかった?」
彼は面倒くさそうにこっちを向いた。テレパシーで会話するのだから、毛繕いしながらでも出来ると思うが、両方をこなすのは大変らしい。
『お母さんがいないとか……、あとひとりぼっちだって』
「ねぇ、他に何か聞いて無い?」
『知らない。おやつのビーフジャーキー食べるのに夢中になっていたから』
話は終わりだと言わんばかりに、彼は毛繕いを再開する。
「はぁ、まぁ仕方無いか。|自動温め機能(他人任せ)はあてにならないからね。それだけ分かれば、上出来かな?」
そう、自動温め機能を使うのはいいのだが、温める物の管理をしっかりしないといけない。他人の力を借りても、他人に全てを任せてはいけないのだ。
「こんにちは! ホットカフェオレが飲みたくて、牛乳をレンジでチンすると、牛乳が吹きこぼれてしまうとおるです。みんな久しぶりだね。この物語、最後の着地は完ぺきに決まっているんだけど、その間が問題なんだよね。フィギアスケートだって、跳ぶ所と着地が決まっても、その間の技が得点に大きく左右するしね。終わりよければ全て良しなんて、嘘っぱちだ。おっと、時間だ! 今日はここまで。Ciao!!