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第15唱 人には譲れない物がある

「ふぅ~、これでしばらくは家の食卓は安泰だな。」

家に帰った僕は、戦利品を冷凍庫に押し詰める。冷凍庫の中は、ねずみ一匹も入るスペースがないが、冷蔵庫はコーラ一本しか入っていない。駄目ダメオーラが満載の冷蔵庫で、夏場の暑い時は冷蔵庫に入れる位のスペースが在る。

『はぁ~、また冷凍食品三昧かぁ……。とおる、今度はしゃぶしゃぶとか、焼き肉、すき焼きとかさぁ、色々な物を食べたいんだが』

「高級な物はあきらめてよ、って言うか、色々な物ってどれも肉だし」

 僕はため息をつく。もちろん僕だって叶うことならば、焼き肉を食べたいのだ。

『僕も、安楽亭で焼き肉食べたい!』

『肉は良いんだなぁ~。神戸牛を食べたいんだなぁ~』

『私は万世で黒毛和牛のランプステーキを食べたいですわ』

「そんなのちみっ子な猫達にはまだ早すぎますぅ! 子猫は子猫らしく、キャットフードで我慢しなさい!」

 僕は子猫たちに一喝する。なんとも子猫のくせに贅沢を言うもんだ。僕のお年玉とおこずかいを総動員させる事になってしまう。

『『『早く肉を食べたいよぉ~!』』』

「今度、吉田屋の牛皿を買ってきてあげる」

 僕は子猫達に言いつける。(※良い飼い主は猫に玉ねぎを食べさせてはいけません。玉ねぎ、チョコレートなどは猫にとって毒になり、猫の命を脅かします。吉田屋の牛皿なんて、もってのほかです)

『はぁ~、仕方無いなぁ。今度商店街の肉屋さんに売れ残った、深谷和牛(埼玉県産の黒毛和牛)でも貰おうかなぁ』

 エルフィーがため息をつく。

「なっ、なんだとぉ!?」

 僕よりも良い物食べているよ! ……僕だって、僕だって黒毛和牛が食べたいよ!! なんで、主人の僕よりも良い物を食べているだ、こいつらは!!

 僕は歯ぎしりをし、子猫達に対して、かつて無い程の敗北感を味わった。僕が贅沢するのは、一年に一度だけ牛角に行くぐらいなのに! 

 僕は時計を見やる。ただいまは、七時である。

「よし! 今日は僕も良い物をたべるぞぉ!!」

 僕は拳を握り、立ちあがる。思い立ったら吉日、善は急げ、急が場回れと言う。僕はこれから夕食のプランを立てる。

『おぉ! なら焼き肉行かねぇか? 高級らしい、レバーとかハチノスとか食べてみたいぜ!』

 トールはこの世界の事に詳しくないので、価値が僕基準になってしまうのは仕方のない事だ。

 尋ねて来るトールに、僕は高らかに宣言する。

「あともう少しすれば、スーパーの御惣菜に半額シールが貼られる。生姜焼きとか、刺身とかを手に入れるぞぉ!」

『…………』

 偉大なる賢者様は沈黙で御語りになられた。



 僕は●エツの食品売り場で虎視眈々と獲物を待ち構える。目標(ターゲット)に半額シールが貼られるまで、推定残り時間五分を切った。周りを見渡してみた所、調味料を見る振りして待ち構えている四十代の主婦、食料品売り場で悩んでいるふりをしているサラリーマン、カップ麺を選ぶ振りをして待ち構えている大学生、その他にも計八人の同業者(ハンター)が居た。

「……ここは誇り(プライド)を捨てて、目標の前で待ち構えるべきか……」

 僕が思案していると、新手の同業者が現れた。

「やぁ、田中も買い物か?」

「!?」

 僕は後ろを振り向くと、クラスメイトの清水がいつの間にか立っていた。

「うわっ、何、清水君。君も買い物?」

 急に現れた彼に僕は少し驚いた。

「そうだよ、割引シールを貼られた総菜とかを狙っているんだ。恐らく、お前も同じ目的の様だな……」

 清水は薄く笑う。

「そ、そうみたいだね」

 僕は戸惑いつつも答える。

「残念だね、田中。……ここでお前と争う事になるとは……」

 清水は悲しげな目をしつつも、僕に一歩も譲る気はないようだ。

「……お互い譲れない物があるみたいだね……」

 僕は改めて気を引き締める。例え友達でも、自分の望みのためにぶつかり合ってしまう事もある。手を抜く事はできない。

 清水は僕と目をそらし、少し離れた所で待ち構える。

 しかし、思わぬ強敵が現れた。小学生の頃から空手をやっている彼ならば、体育会系の能力を発揮して、文化系の僕を圧倒するだろう。どうしたら良いのか思案していると、トールが声をかけてきた。

『とおる、ここは(ネロ)(ガトゥ)仮面(マスク)に変身してみてはどうだ?』

 トールが美味しい物を食べたいがために、僕に無茶な提案をしてくる。トールには、僕へのヤジを飛ばす事と、僕が食べた物を一緒に味わったり、テレビを見るぐらいしか楽しみがない。トールが僕に色々と要求する気持ちも分からなくもないけど……。

「そ、そんなの無理だよ。変質者だと思われて、店員に追い出されちゃうよ。と言うか、スーパーの割引食品を狙うヒーローがあって良いはずないよ! スーパーマンがスーパーでがめつい事をするなんて嫌でしょ!?」

 トールの提案に僕は難色を示す。そんな事をしたら、恥ずかしくって仕方が無い。

『なら、素早くなる魔法を使うんだ! そうして、少しでもうまい物を手に入れろ!』

加速(アクセル)魔法かぁ。うん、やってみるか!」

 僕は目を閉じ、意識を澄ませ、鳴ってもいない携帯を耳に当てる。歌を呟いても、他人に見られた時に話をしているんだな、と思わせるようにだ。独り言を呟く可哀想な人だと思われたくはない。

僕は腕時計に目をやる。残り時間はカップラーメンを作る暇も無い程だ。失敗する時間は無い、一度きりのチャンスだ。

 僕は素早くなりたいという願いを込める。割引食品を手に入れ、今日の食卓を豊かに盛りたてたいと思う。テレビを見ながら至福の時を過ごすのだ、と。


題名 風と共に駆ける


 楽しい時は早く過ぎ

 美しい時も終わりが来る

 嬉しい時は矢より早く

 喜ばしい時は光の如く


 蒼い鳥 捕らえるは とても難しい

 出会っても いつの日かは 別れが来る

 風のように 去りゆく幸運 手をかすめ

 遠ざかるを 眺めるだけ 自分がにくい


 あぁ 僕の手が もう少し早ければ

 あの風を 捕まえられるかもしれないのに

 あぁ 僕の足が もう少し早ければ

 あの光を 感じられるかもしれないのに


 だからもう少しだけ

 さらにもう少し先へ

 あの光に向かって

 もっと早く駆けよう




 小声で歌い終わった僕は、閉じていた目を開いた。

 僕は目の前で手を振ってみるが、なんの変化も無いようにみえる。

「あれっ、失敗したかな?」

 僕は目の前で振る自分の手をじっと睨む。

『いや、とおる。周りを見てみろ』

 僕はトールの言う通りに周りを見渡す。

 周りの人は立ったまま、割引シールが貼られるのを狙っている。

「どうしたの、トール? 別に何も変わっていないけど……」

 僕は怪訝な顔をしてトールに聞く。

『ほら、あのサラリーマンを見てみろ』

 僕はサラリーマンを見ていると、一本足だけで立ち、とても不安定な態勢だ。すぐに倒れてしまいそうにみえるけど……

「もしかして、あれって歩いているの!?」

 そう、じわり、じわりとだが、確かにサラリーマンは歩いているのだ!

 気をつけて周りを見渡すと、みんなの動きがとてもゆっくりだし、店内を流れる音楽もスローで流しているかのようだ。

「もしかして!!」

 僕は腕時計を見て、10秒ほど数えてみるも、秒針が一回しか動かない。今の僕は約十倍にまで、肉体と精神が加速されているようだ。

「これは、……これは……、スゲー!!」

 僕は目をまんまるにして驚く。

『おしっ! これなら行けるんじゃないか!? とおるもたまにはやるじゃないか。ぐんぐん魔法の技術が上がっていくな!』

 トールは期待に満ち溢れている。

「そうだね! これで刺身と生姜焼きを手に入れてやるぞ!」

 僕は自身に溢れ、テンションが高くなる。

 僕とトールは虎視眈々と割引シールが貼られるのを待つ。

 

 十秒経過する


 三十秒経過する


 一分経過する


「……なんだか、待ちくたびれて来るよ」

 僕はため息をつく。

『クソっ、この魔法には欠点があったか……』

 トールがいら立ちの声をあげる。

 そう、通常の十倍にまで加速された僕らにとって、一分待つ事が十分待つ事みたいに感じられるのだ。待っても、待っても、店員はやって来ない。自分たちよりもゆっくり動く同業者を眺めるのも、イライラ、イライラしてくる。


 三分後、店員がくるまで後少しの所まできた。

「あぁ、もう! 早くシール貼られないかなぁ」

『もう待つのがメンドーになってきた……』

 僕とトールには、三分が三十分待ったように感じられるのだ。こんなの、デパートの大安売りでもないかぎり待っていられない。僕は生も根も尽きかけている。

 僕がぼんやりとしていると、トールが慌てたように僕を呼んだ。

『お、おいっ、とおる。人が集まっているぞ!』

「へっ、何?」

 僕がトールの声に応じて目を向けると、食料品売り場に人が集まっていた。

「なっ! 何故!」

 僕は慌てて食料品売り場に向かう。

 おばさんも、サラリーマンも物凄い勢いで割り引かれた品を籠に放り込んでいる。

 みんなの動きが普通の速度に見える。つまり、集中力が切れたため、魔法も解けてしまったようだ。全く、僕がぼんやりしている間にシールが貼られ、同業者に先を越されてしまったのだ。

 僕は急いで、食料品を選びに行ったものの、もうすでに後の祭りだ。元々少なかった残り物である。お刺身、生姜焼き、鮭弁当など目ぼしい物はみんな同業者に狩られ、残った者は芋の煮物や、サラダ位しか無かった。

「そ、そんな……」

『この馬鹿め! ったっく、使えねぇガキだ!』

 トールが()(とう)し、僕はショックで膝をつく。他人を出し抜こうとした魔法が足を引っ張るとは!! 策士策に溺れるとはこの事か!

 僕が嘆いていると、清水がこちらにやって来た。

「あちゃー、この様子だと出遅れたみたいだな」

 清水はにやにやしながら僕に訊ねる。

「……ほっといてよ……」

 僕はうなだれる。

 ますます清水はにやにやした。

「良いのかなぁ、そんな事言っちゃって?」

 清水は籠から刺身の盛り合わせを取り出した。

「なっ、それは!」

 彼は自慢げに笑う。

「ラッキーな事に、二つも確保できたんだぜ。田中が手に入れられなかったら渡そうかと思ったんだが……、どうやら余計なお世話だったみだいだなぁ?」

「そ、そんな事ないです、そんな事ないです!」

 僕はブンブン首を横に振るう。彼は笑って僕に刺身の盛り合わせを渡した。

「はいよ、俺に感謝しろよ!?」

「うん、うん、ありがとう」

 僕は少し涙ぐみ、刺身の盛り合わせを大切な宝物かのように受け取った。持つべき物は友達のようだ。

『本当に役に立つなぁ、誰かさんとは違って』

 トールが嫌身を言うも、清水の目の前で言い返せない。何にもしていないくせに、腹立ってくる。

「田中、これ買ったら途中まで一緒に帰ろうぜ」

「うん」

 二人の戦士は戦場を後にした。




「と言う訳で、今日は豪勢にお刺身だぁ!」

『『『やったねぇ!!』』』

 僕の叫び声に、エルフィーたちもはしゃいでいる。

「さてと、そうと決まれば酢飯を用意せねば」

 僕は台所でご飯にすし酢を混ぜる。いい気分で「魚●国」を歌う。

「マグロ トロ ハマチ♪ いくら 甘エビ♪」

 歌詞は僕の食べたいネタにすり替わっている。

「お醤油も、わさびも、わびさびもOK! 今行くね、お刺身ちゃん」

 僕がうきうきでテーブルに向かった。

 そして、はしを落とした。

『マグロおいしいね』

『サーモンも脂がのっているんだな』

『鯛は商店街のお魚屋さんの方がおいしいですわ』

 三匹が清水君が確保してくれたお刺身の盛り合わせを食べ荒らしている。

「Noooo!!」

 僕が絶叫し、三匹を手で追い払う。

『……なんてこった』

 残っていたのはエビとホタテだけだった。マグロも鯛もサーモンもその他のお刺身は全て三匹の胃袋に収まってしまった。

 僕は再び膝をついた。

「全く……、たったのこれっぽちか……。これじゃぁ、食べた気がしないよ」

 僕が嘆いていると、ラジ―がこちらの顔色をうかがってきた。

『もし、食べないんなら、もらってもいいかなぁ~?』

『「食べるよ!!」るぜ』

 僕は涙を流しながら、残りの刺身を食べた。

「うっうぅ、……おいしい……」

 僕とトールはもっと他の刺身を食べたかったが、未練を断ち切るために考えるのをやめて、今ある幸せだけを噛みしめた。


トール;「次回予告はテキトウでったな。少年の悩みはいったいいつに回されるのか? 早くしないと、次話までに自殺しちゃうかもな。とおる! もっと早くしろよ。」

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