表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/50

第14唱 人生とは罠だらけである!

「ふあぁぁ~」

 僕は机の上に突っ伏す。まるで、僕の中にある気力という気力を根こそぎ奪われた気分だ。

「どうしたんだ、田中。まるで、テスト前の俺みたいに憂鬱そうだな。昨日にまして、ひどいぞ」

 清水がおかしげに尋ねる。テスト前でもないのに、うなだれる僕を不思議に思ったらしい。

「あぁ、うん。それはね……」

 僕は突っ伏しながらも、彼を上目づかいで見上げて、昨日の放課後の出来ごとを話し始めた……



「なんやて! ミュージカルのシナリオが出来ていないって!」

 (はがね)部長の叫びが僕の耳に響く。僕はビクつき、周りの部員は部長が次にどうするか興味津津で見ている。

「はぁ~、シナリオのあらすじも出来あがらんとは、なぁ~んにも出来へんで」

 部長が仰々しく嘆息する。それに見かねた副部長はおずおずと声をかけた。

「……ねぇ、鋼ちゃんもシナリオを考える話だったよね。どうなの?」

 部長は仏頂点面で、大きく胸を張り応えた。

「もちろん、まだ出来てへんで!!」

 部長の返事にみんなズッコけた。

「な、なら、どうして彼を責めるのよ」

「別に、責めてあらへんで。うちも彼もシナリオが出来上がらなかった事が悔しかっただけや」

「全く……、やってらんないわ」

部長の応えに副部長も嘆息する。

 部長は副部長の呟きを無視して、部員全員に声をかけた。

「うちも彼もシナリオが出来上がらへんかった。というわけで、皆もシナリオを作って来い! 来週の月曜に発表や!」

 部長の発言にみんながざわめく。

「おい、シナリオだってよ。どうする」「何にしようか」

 みんなが互いに話し合う。

「やっぱり、定番のロミオとジュリエットは?」

「真夏の夜の夢も捨てがたいわ」

「オペラ座の怪人もやってみたいわ」

「意表をついて、忠臣蔵をミュージカルでやるのは?」

「忠臣蔵なんて無理だ」

「トムとジェリーが良い!」

「ここはプリキュアにするべきだ」

「新しい物に走るなんて俗物だ! ヒーロー物の定番は仮面ライダーと宇宙刑事ギャバンと決まっている」

「仮面ライダーはいいとして、なんでギャバンが出て来るんだよ!」

 みんなが互いの意見を言い合って、部室内はカオスな状態になった。最初、女子部員が言った三つの意見まではまともであったが、その後はみんな酷い意見しか出てこない。

「なんか、僕、完璧に置いてかれているな……」

『いつまで醜く言い争っているんだか……。とっとと歌って、トオルの歌声を鍛えてもらわなくては困る。いつまで俺に、この状態に甘んじろと言うのか』

 偉大なる賢者様は俗世の人々の醜い争いにご立腹のご様子です。




「へぇ。それで田中もミュージカルの内容を考えているのか」

「うん、でも、文化祭できちんとした舞台になるのか不安だね」

 僕は再度、ため息をつく。入る部活を間違えたかもしれない。そんな僕を見て、清水は苦笑する。

「まぁ、何とかなるんじゃねぇの?」

「だと良いけど……」

 清水は少し考えてから話し始めた。

「俺もさ、空手部にも大会があるんだけどさ、顧問に努力すれば一年で大会に出られるかもって言ってもらったんだ。俺は小学生の頃から道場に通ってたからなぁ。」

 清水は照れ臭そうに頭を掻いて続ける。

「でもさ、試合に出られる事は誇らしいけど、試合で失敗して恥をさらすんじゃないかって、怖くも思う訳よ。そんな時はどうしたら良い? 逃げたら良い?」

「いや、その……」

清水の思わせぶりの笑みに、僕は返事に戸惑ってしまう。

「成功と失敗も、栄光と挫折も、何もしなければ、何も無い。自分には無理だと決めつけて、努力をしなければ何も手に入んない。だから、何かを見つけたら、それに向かって努力すりゃいい。俺はただ、空手を一生懸命に取り組む!」

 清水の言葉に僕は唖然とした。昔、安奈(あんな)が言っていた事にそっくりだ。以前、安奈は小難しく言っていたが、清水と全く同じ事を言っていたのではないかと思う。

 僕は少し笑って応えた。

「そうだね、僕も頑張ろうかな?」

「あぁ、その意気だ!」

 清水がほほ笑む。

 僕は弱気で臆病な自分を嫌ってきたが、自分には無理だと決めつけて結局何もしてこなかった。自分を心の底から変えたいと思ったのはこれが初めてだ。今まで何にもしてこなかったが、自分を変えたいと思った事自体だけでも、自分で思うのもなんだが「自分は進歩した」と思う。

 これも、トールが来てからの変化だと思う。もしかしたら、トールが僕の中に入って来た事はたんなる偶然ではなく、必然だったのかもしれないと僕は思った。トールには何かの運命みたいな物の予感を感じるような気がするような気配がする。




 僕は学校帰りにスーパーへ寄る。冷蔵庫の冷凍食品も残りわずか。僕は兵糧を得て、空腹との(いくさ)に備える。今日のサミッコは色々と安売りなのだ。お魚やお肉・卵も安い。カップ麺も安いし、冷凍食品・アイスも五割引きだ。僕は卵を一パックとカップ麺・冷凍食品・アイスをかごに詰め込む。栄養の偏り、高脂肪・高エネルギーの食事をついつい取ってしまう。

「全く、これじゃぁ栄養が偏って病気になっちゃうんじゃないか? メタボに苦しむ現代人が溢れかえっている時代なのに…。サミッコは僕らをメタボにして人類を滅ぼすつもりか?」

『だったら、たまには他の物も食え。最初の内は新鮮な味だったが、毎日毎日食われると飽きて来る。もっとうまい物を食いやがれ』

 トールは僕と味覚を共有している。最初の内は僕が冷凍食品を食べるのに賛成していたが、冷凍食品が毎日続くと、さすがに嫌気がさしたようだ。

 僕とトールが文句を垂らすが、もちろんサミッコは野菜なども安く売っている。メタボで倒れる人がいても、それはサミッコの所為ではなく、買い手の所為である。もっとも、冷凍食品中心の食事よりも不健康なファーストフード店など、より悲惨な食事をする人もいるらしい。三食ともマップとか、吉田家とか……。

(※この小説を読んでいる良い主婦はきちんとした食事を家族に振るいましょう。油断大敵と言いますが、気を抜くとお腹周りにし(あぶら)がのります。油と脂……、あまり上手くありませんね)

 僕がレジに向かおうと足を進める。

「田中君、偶然だね」

「あ、渡辺さん」

 同じクラスでコーラス部に入っている渡辺さんにであった。彼女はこちらに歩み寄り、僕が両手を赤くしながら持っているかごを覗いた。

「田中君、ずいぶんと偏った買い物だね。体壊しちゃうんじゃないの?」

 クスクス笑う渡辺さんに僕はむすっとして、渡辺さんのかごを覗いた。

「コーンフロスディに、チョコクリスフィー・ショコワ・フルーツグラノ―マ…。どれもシリアルばっかじゃん。渡辺さんも人の事言えないと思うけど」

 所でフルーツグラノ―●って、なんだかRPGゲームの魔法の呪文みたいだよね。勇者がグラノ―●を唱えていそうだよ。絶対に何かの上位魔法だよ。

「はは、でも田中君よりもマシな食生活だよ」

 お互い食事に対してテキト―な考えしか持っていない事に関しては、五十歩百歩である。

 忙しい現代人は食事がテキト―になり、心のゆとりを失くし、さらに食事がテキト―になるという負のスパイラルを抱えているのかもしれない。

 僕らはレジで会計を済ませた。渡辺さんはポイントカードを忘れたので、僕が渡辺さんのポイントを貰った。20ポイントとは言え、とっても得した気分だ。

 


僕と渡辺さんはサミッコを出て、途中まで一緒に歩く。

「ミュージカルのシナリオ作りねぇ…、コーラス部は結構ノリが良すぎよね」

「そうだね、部長が凄すぎだね」

 僕は苦笑して答える。

「所で、渡辺さんは何で僕をコーラス部に誘ったの?」

 渡辺さんは少し照れたような顔をした。

「一人で行く事に少し緊張していたからよ。……まぁ、それと…」

 渡辺さんは少し思い出すようなそぶりを見せた。

「あの時の田中君の歌は、なんか独特だったから。なんて言うのかなぁ、上手と言うか、魔力があると言うか…」

「そ、そうかなぁ? 下手くそな歌だったと思うけど」『全くだな』

彼女はクスクス笑い、トールは僕の言葉に茶々を入れる。

「プッ、確かに、あの歌詞は無いわぁ。メンドーを連発するなんて」

『本当、お前はセンスがねぇよなぁ』

「そんな言い方しなくたって良いのに…」

 僕は口を尖らせて彼女とトールに対して文句を呟く。

 僕は苦笑しながら、彼女はクスクス笑いながら歩いていると、黒い三連星がやって来た。

『とおる! とおる! 遊ぼうよ!』『遊んでだなぁ』『私のお世話をしてもよろしくてよ』

 三匹は僕の足元のじゃれる。

「あら、可愛い子猫ね。田中君が飼っているの?」

「あ、えっとねぇ。近所に住む野良猫なの。よくウチに餌をねだりに来るんだ。」

 マンションで飼っているとは言えず、僕は言葉を濁す。

「へぇ、私も一軒家だったら飼いたいわ」

 渡辺さんはしゃがみ、エルフィーとマリー嬢の顎を人差し指でカリカリ掻く。二匹は気持ちよさそうに目をトロンとさせている。

 彼女は3匹をなで続けていたが、五時を知らせるチャイムが鳴り響いた。どこにスピーカーがあるのか分からないが、木琴らしき楽器で演奏される「帝国のマーチ(The Imperial March)」に、僕らは帰宅しなければならないというプレッシャーを感じる。

「じゃぁ、ここでお別れね。また明日学校でね」

「うん、また明日」

 僕と子猫達は帰り道を歩く。

 そんな僕達の背中を渡辺さんは暫くの間眺めていた。

「はぁ、人前で猫ちゃんとお話する訳にはいかないよね……。それにしても、田中君は不思議な雰囲気があるなぁ。なんか田中君の中にもう一人別の田中君がいるような……」

 彼女は独りごとを呟いてから、歩き始めた。



「よぉ! 暇を持て余して仕方無い、俺様こと、偉大なる賢者のトール・T・ナーガ様だ。全く、俺と魂を共有しているトオルは情けないったらありゃしない。俺様の偉大なる賢者の名が廃るぜ。律義にこの物凄く退屈でくだらねぇトオルの活躍を読んでくれる奴ら、俺様から一応礼を言っておくぜ。偉大なる賢者の礼を有り難く頂戴しな! おっと、時間が迫っているな。ここで次回予告!


「エルフィー、僕はもう眠いんだ」

 川端で横たわる少年、それに迫る魔の手!

 悲しげな目をしたクラスメイトの清水と対峙するトオル!

「ざんねんだね、田中。…ここでお前と争う事になるとは……」

 部活仲間の渡辺が妖艶にほほ笑む。

「だめよ、そんな乱暴にしちゃ。……皮からはみでちゃったわね」

 いったい、いつ登場するのか、主人公トオルの幼馴染の二人!

 黒い真珠のような子猫達の瞳はいったい何を語るのか!

 次回を期待せずにお楽しみしろよな!! 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ