第11唱 3本の矢は堅い
「さてと、君達に名前をつけようかな。」
僕は3匹の猫に向かって話しかける。
決して、僕が猫に語りかける寂しい、孤独で電波な子供ではない。実際にテレパシーで僕と会話する使い魔猫なのだ。僕がパシられ、こき使われているけど・・・。
『名前かぁ!?僕はね、ドラ●もんがいいなぁ。』
そう言ったのは、体の全身の毛が真っ黒な男の子。
始終飛び跳ね、僕にじゃれてくる可愛い子猫だ。一番、僕が想像する、良いイメージ通りの猫だった。
しかしながら、残念な事に、僕の部屋を荒らすほぼ全てはこの子の仕業である。花瓶が割れ、柱は引っ掻き傷、物が散乱。僕の想像する悪いイメージ通りにも完璧に実践する猫だった。
「それは駄目!そんな名前をつけたが最後!このお話が最終話になっちゃうよ!打ち切りだよ!!」
どうやら、彼らに魔法をかける前に読んでいた小説の影響かもしれない。
『そうですわ。貴方にはクロとか、バカがお似合いですわ。』
澄ました顔で、途中、悪口を言い始めるのは、3匹の中で女の子の彼女。
彼女は顎からお腹にかけて白く、足はまるで靴下・・・じゃなくて、ブーツを履いているかの様に白い毛並みだ。他は黒い真珠のように艶やからしい?・・毛並みだ。そんな上品なお姫様のような女の子。
彼女は僕をこき使う筆頭者だ。
僕に四六時中ブラッシングを要求する。毎日、値段が高めの婦人用のシャンプーで洗う事を求め、餌のキャットフードも高級なのを僕に命じる。
彼女は本気で、自分を高貴なお嬢様で、僕を愚図な執事だと思っているらしい。
最初出会った時、僕が3匹の考えが分からなかったのは、僕が愚図であったから。今では僕が3匹の考えが分かるようになったのは、僕が少しだけマシになったからで、彼女達が魔法でテレパシーを使えるようになったからではなく、元々彼女達が話しているのをようやく愚図な執事に理解できるようになったからと考えているみたいだ。
とっても高飛車で、彼女と接するのは少し疲れる。はぁ・・・。
「・・・まぁ、名前を考えてみたんだ。君はいたずらっ子だから、「妖精」や「いたずらな」という意味を持つ「ELF」から「エルフィー」という名前はどうかなぁ。」
『えぇー、僕はアルカ…』
『それでいいですわ、面倒ですもの。』
一匹目は決まったようだ。
僕は彼女に向き合う。
「えっと、お嬢様のお名前は何にしましょうか?」
僕はかしこまって彼女に話しかける。そうしろと彼女がうるさいのだ。
『私を「マリーアントワネット・楊貴妃・クレオパトラ」と呼んでも良くてよ。』
彼女は歴史上の姫君の名前をただ繋げただけの名前を語った。
そんな長い名前を、毎度毎度呼びたくなんてない。僕はあわてた。
「そんな長い名前は覚えられないよ。」
『仕方のない愚図執事ですわね。「マリー嬢」で許してあげますわ。』
彼女は妥協してくれた?ようだ。
最後に今も眠っている彼の名前を決める番だ。
彼は頭と背中・尻尾が黒く、他は白い毛で覆われていて、まるでナイトキャップでも被っているかのようだ。いつも、眠たげな眼をしている。
彼はご飯と、トイレ以外ではいつも寝ていて、手がかからない子だ。僕が手でなでても、猫じゃらしを振っても、無反応。この子の寝顔は可愛いが、ちょっと寂しくなる。
しかし、御飯だけはしっかり、かっちり催促する。
「この子の名前はどうしようかなぁ?」
『・・・いか。』
『そっか、これからは「いか」って呼ぶよ。』
『あら、お似合いですわ。いか様。』
いやいや、ちょっと待て!
なんで本人がとんでもない名前を言いだすんだ。イカは猫が食べてはいけない物の筆頭ではないか。
おまけに、「いか」に「様」付けしたら、丁寧なはずなのに酷い呼び方になってしまう。マリー嬢、あんた分かっていて言っているのか?
『いか、かに・・・お腹痛い・・・けど食べたい・・・zzz・・・』
どうやら寝言のようでした。
とんでもない寝言でした。
苦しんでまで、イカと蟹を食べたいのか?夢にまで見る食い意地には両手を上げるしかない。
「イカじゃ可哀想だよ。この子は「怠惰な」という意味の「lazy」から、「ラジ―」と呼ぶ事にしよう。」
これで3匹の名前は、いたずらっ子の「エルフィー」、寝坊介の「ラジ―」、高飛車なお嬢様の「マリー嬢」と決まった。
『まったく、喧しいったら、ありゃしない。』
トールが忌々(いまいま)しげにつぶやく
『ねぇ、これ何だろう?』
エルフィーが僕のPSPに爪を立てる。
「だめぇぇぇ!僕のモ●ハンのデータがぁぁ!!」
僕は慌てて、P●Pを確保する。僕がゲーム内で一生懸命に育てた猫達が、リアルに飼い始めた猫達に消される所でした。ゲームのは、グスン、とっても可愛らしいのに・・・。
『・・・まったく、・・・五月蠅いなぁ・・・zzz。』
『全く、馬鹿な執事と弟達には困ります。しかし、これも姉の宿命なのでしょうか。』
五月蠅いと言いつつもラジ―は平気で眠り。
忌々しいと言いながらも、マリー嬢は優しく弟達?を見守る。
何だかんだ言って、仲の良い3匹。
僕はそんな3匹を見ていると昔を思い出す。
僕と安奈と黄麻、3人の思い出を・・・。
(小学2年生の回想)
その日は学校で七夕の行事だった。
学校で用意した、校舎の3階にまで届く笹に、みんなで飾り付けをした。
みんな「ケーキやさんになりたい」とか、「ウルトラマンになりたい」とか微笑ましい物。「そうりだいじんになってにっぽんをかえる」とか、「きかいだーになりたい」とか、あまり小学生とは思えない願い事もあった。
「ねぇ、アンナちゃんはどんな願い事を書いたの?」
黄麻が安奈に聞く。
「へへッ、私は歌手になりたいって書いたよ。黄麻は?」
彼女は恥ずかしそうにも、嬉しそうに話す。
「僕は「そうりだいじんになってにっぽんをかえる」って書いたんだ。」
小学生らしくない願い事を書いたのは、黄麻だったらしかった。
「ねぇ、とおるはどんな事を書いたの?」
安奈が僕の短冊を覗いてくる。
僕は短冊を伏せる。
「なによ、見せてくれたって良いじゃない。笑わないからさぁ。」
安奈が口を尖らせて言う。
「別に僕だって笑わないよ。」
黄麻も言ってくる。
「えぇ、でもぅ・・」
「私の事が信じられないって事?あぁあ、もういいですよ。そんなに私の事が信用ならないってこと?」
「いや、そういうわけじゃ・・」
僕は口ごもる。
「あぁ!分かった。人には言えないような願い事ね。エッチな事かしら?」
「ち、違うよ!?」
安奈がじとっと、僕を見つめ、僕は慌てて否定する。
「ホントウゥ~!?人に見せられる願いなの?」
「本当だって!」
「じゃぁ、私が見ても良いよね?」
「ホント・・・って、えぇ!?」
「なんだ、見せられない願い事なのね・・。」
「そんな事ないって!!」
「よし、じゃぁ見せなさい。」
「あ、えっとその」
僕がしどろもどろになっている内に、安奈は僕の手から短冊を奪い取った。上手く誘導されたらしい。安奈はいつも、僕より一枚上手だ。
「なになに。“みんなとずっと一緒にいたい”?」
安奈は読んでいる内に、疑問形になってしまった。
黄麻は気まずい顔をした。
「何でこんな願い事を書いたの?こんな願いを書かなくたって、私達は一緒にいるわよ。」
僕は俯く。
「僕は・・・その・・・」
僕はまた口ごもる。上手く言葉が出てこない。
「いつ・・・大事な人に会えなくなるか・・・分からないから・・・」
僕が母親を亡くした事を知っている二人は、顔を陰らせた。
少しの間、気まずい沈黙が流れた。
しばらくして、安奈は顔を上げ、僕も見つめた。
「大丈夫よ、私達は突然死んだりしないわ。だって、死にたくなんてないもの。大丈夫よ。」
彼女は自信があるかのように言った。
僕は戸惑う。
「で、でも・・・大人になっていけば、会えなくなる事だってあるかも・・。」
僕は幸せなんて永遠で無い事を知っている。
それでも、彼女は言う。
「確かに、同じ高校・大学に行くかどうか分からない。大人になれば、仕事でほとんど会えなくなるかもしれない。」
彼女は続ける。
「でも、なかなか会えなくても、私達3人がお互いに会いたいと思えば、きっと会えるわよ。きっと、一旦別れても、またどこかで再会出来るわよ。だから、心配しなくて大丈夫。」
彼女は自信ありげに言う。
「大丈夫だよ、とおる。僕だってそう思うよ。」
黄麻も言う。
「そうかな・・・」
「そうよ!」
「・・・うん、きっとそうだね。」
僕もようやくほほ笑む。
「例え、私達の道が分かれたとしても、きっとまた3人の道は交差する。私達の道が再び交差する事を願いながら、私達は道を行く。きっと・・・」
安奈が詩的な事を言う。
「アンナちゃん、それ、良い歌詞になりそうだね。」
黄麻が褒める。
「そうだね。いい歌手になれるんじゃないかな?」
僕も褒めておく。これで何日か彼女は機嫌が良いだろう。
「ヘヘヘ、ありがと。」
安奈も少し照れ臭そうだ。
照れながら、彼女は僕ら二人を見ていった。
「ねぇ、短冊に願い事を書き足さない。」
笹に生徒達が群がり、それぞれの短冊を飾っている。僕らはそんな中に混ざり、3人で同じ枝に短冊を結び付ける。
「よし、みんな!笹から離れろ!笹を起こすぞ!」
先生がみんなに声をかける。
生徒達が笹から少し離れた所から、笹が大地に立つ所を見物する。
先生達が普段使わない、たるんだり、やせ細ったりしている体を酷使した。
よいしょ、うんしょ、と声を張り、体に鞭をうった。
「「「わぁぁぁぁ!!」」」
生徒達が歓声を上げる。
僕達も口を開けて見上げる。
天高く、と言っても校舎3階分の高さではあるが、子供の僕らにとってはとてつもなく高い所に飾られた気がした。
笹の上の方、太陽が逆光になって良く見えないが・・。
風に揺れる僕らの短冊3枚には、「ずっと一緒にいたい」との願い事が書き足されていた。
僕は3匹を見つめながら、昔の事を思い出した。
「確か、この時の安奈の言葉、あの時の歌に使われたっけ?」
僕はほほ笑む。
彼女曰く、歌には思いを、願いを、思い出を、心を込めるものだ。
あの頃が懐かしくなる。
今、僕らは会えないでいる。
今、僕らの道は分かれたままでいるのか。
またいつか、僕らの道は交差するのだろうか。
でも、会いたいと思い続ければ、また会えるのだろうか?
分からないけど、そうだと信じたい。
安奈の歌はラストのキーアイテムになる予定です。(そうなるかどうかは分らない)