意図の履き違い
誰かに、何のために仕事をしているのと言われたら、『生活のため』と答えたい。
「小荒さん、ここ、また間違えてますよ」
「すみません。書き換えます」
「本当にやる気あるの?」
嫌味たらしい言葉を残して、お局の鳥居おばさんは、どこかへと去っていった。何度も繰り返されるミス。面倒臭さが、ミスを誘発させていく。
「おい、小荒! 俺が今度、プレゼンで使う資料なんだから、言われた通りに作れって言ったよな」
目を吊り上げて、声を荒げている熊川の声が、社内全体を包む。高圧的に、言い放って、『すみません』と繰り返した。
「分からないなら、聞いて来いよ。俺が責任取らされるんだから。ふざけんなよ、仕事ぐらい、きちんとしろよ。」
熊川は自分自身で作ればいいプレゼンの資料に、あれこれ文句を言っている。本当に、仕事を頼んでいる人への態度なのだろうか。
いつも、コロコロと言ってることが変わっている。言われた通りにやりましたと反論したところで、「俺の言った通りにしろ」と逆ギレして責められるだけだ。決して、相手の立場など考えくれることなどない。熊川は自分の立場の優先して傲慢な態度をとってくる。小荒は、「申し訳ございません。もう一度、作り直します」と理不尽な言葉を言われても、逆鱗に触れないように、ビクビクしながら仕事をこなしていく。
「熊川さん、猫山さまがお越しになりました」
「ああ、分かった」
と呼びに来た女性を見て熊川は、資料を頼んでいた小荒を睨むように威嚇して、取引先の元に歩いて行った。
「いつも、お世話になっております」
「どうぞ、こちらに」
熊川は、笑顔で談話をしながら、会議室に入って行った。室内に、全体にため息が漏れる。
「熊川が、少しでもこの場にいないと助かるわ」
隣に座っている、犬養が言った。
「熊川さんを好きな人っているんですかね?」
「いないんじゃない。」
小荒は、秒で返されて、驚いた。
「あんな人を好きになるなんて、この会社にはいないでしょうね」
犬養は続けた。
「言葉遣い荒いですよね」
小荒は、少し、批判的なことを言ってしまって、引け目を感じた。噂話が好きな犬養の前では、何となく批判的な言葉を控えるようにしていた。
「まあねえ…」
犬養はそう言って、深いため息が出た。
「そこ、おしゃべりは、ほどほどにね」と女性の人の声が聞こえてきて、仕事に小荒も犬養も戻った。
熊川に、怒られないように、適当に仕事をこなすテクニックに身に着けていってやり過ごしていたのだ。
そうやって熊川に気を使って仕事をこなす。ただ、気に入られても、いいように利用されるだけに過ぎない。熊川のやり方に適応はできない。
「ちょっと、小荒さん。昨日、この企画書の書類に不備があったんだけど」
小荒が声の方に顔を向けると、顎が二重にも三重にもなっている顔がこちらを睨んでいる。制服も張り裂けそうな鳥居が仁王立ちで睨んでいる。
「え!それ、私じゃないです。昨日、犬養さんがやっていた気がするんですが」
弱腰で、声に力が入らない。
「昨日、犬養さんに聞いたら、小荒さんがやったって言ってだけど」
隣の犬養をちらりと見た。そこには、こちらの様子など、お構いなしで、見て見ぬふりなを貫いている。何食わぬ顔で、席に座って、デスクワークをしている。
その態度に、小荒は怖さが体中に充満した。責任を押し付けてきた。頼れない。無視だと引け目が前面に出てしまっている。焦るどうすればいいのだろう。頭をフル回転する。
「何やってくれてんだ」
最悪なことに、熊川がこちらを睨んで、近づいてきて、怒鳴れた。小荒の耳が壊れるような音を鳴らすように、全身に力が入り、頭が痛くなっていく。
「申し訳ございません。」
小荒は何も悪くわないことは分かっている。けど「犬養さんがやりました」と言った、熊川は「他人の責任するな」と声を荒げていう。なので、謝罪の言葉しか出てこなかった。これ以上は怒鳴られたくはない。だから、謝ればこの場を丸く収まると、小荒は頭をフル回転した結果だった。
「ちゃんと、やれよ!ホント」
怒鳴るように小荒を睨んで熊川は立ち去って行った。
「不備もきちんと直してね」
鳥居は書類を小荒に押し付けても行ってしまった。
「大変だね」
声の方を確認した。隣の犬養だ。小荒は放心状態になる。その理不尽な態度に、呆れがよぎっていく。どう対処すればいいのか、答えを求めても、何も出てこないのは確かだった。 ああ、この人はこういう人だ。一度、責任を押し付けたら、押し通してくるのだ。そうやって、全責任を押し付けることに、何の罪悪感も抱くこともないのだろう。
犬養からメールが届き、直されていない不備の資料が添付されていた。もう一度、犬養のデスクに目を向ける。相変わらず、何食わぬ状態で、作業を行っている。 資料を手直しして、鳥居に持って行こうと席に行くと、その近くで、鳥居と犬養が会話をしていた。
「さすがだね。小荒さん、責任転嫁するとは」
ああ、鳥居の野太い声が聞こえてきた。
「小荒って、利用しやすよね。あの子、私に逆らってこないし、ミスは押し付けとけば、熊川に目つけられずに済むから、ありがたい存在だわよ。不備も、文句も言わずにやってくれるから大助かりだわ。」
犬養は悪びれた様子などない。小荒にとって悪戯ぽく、いやらしい声が響く。
「でも、不備くらい、自分で直せたでしょう?」
「まあ、そうなんだけど。私、あの子、嫌いなんだよね。あの弱腰、怯えている感じが、どうしても、仕事、押し付けたくなるんだよね」
「ほんと…最低だね。犬養さんは」
その会話を聞いていると小荒はどうしても鳥居の席には行けず、資料を自分の席に戻して、小走りでトイレの個室に駆け込んだ。ただ、情けなく、悔しい気持ちで泣いた。
何で、この世の中、理不尽な生き方がまかり通っていくのだろう。小荒は、責任という重圧を勝手に押し付けられて、疲れてくる。
小荒は、この会社は誰も助けてくれないことを悟っている。でも、会社を辞めることが出来ない。生活がある。すぐに、仕事は見つかるわけがない。やっと、慣れてきた仕事を変えることにも抵抗がある。 手を洗って、鏡をみる。涙で顔が腫れている。小荒は自分に言い聞かせる仕事を継続するのは、生活ためだと、お金がなければ、生きていけない。他人の機嫌より、お金なのだ。
席に戻ると、そこに熊川がいた。
「小荒、猫山部長が呼んでいる」
相変わらず、熊川の高圧的な声で言われて萎縮してしまう。
「分かりました。」
小荒はトボトボと、泣きはらした顔で常務の席に行った。
「何かご用意ですか?」
部長の少し冷めた目がこちらへと視線を向ける。
「ああ、小荒か。仕事はどうだ?」
「すみません、ミスばかりで」
「えっ、そんなこと聞いてないんだがな。熊川から報告がきてな。」
小荒は少し身構えた。
「解雇ですか?」
「はあ?そんなわけないだろう。犬養の資料をお前が手直ししたという報告だ」
「それは・・・でも、なんで熊川さんが?」
「熊川なりに、言い過ぎいる気にしているだろう。犬養に関して『少し席を離してやって、仕事も少し別のものを頼んだ方がいいのでは』と報告がきているんだよ。」
「はあ、そんなんですね」
「それだけだ。解雇するのは、犬養と鳥居だ。あの2人は、よく社内を困惑させることも多かったからな」
「そうなんですか…」
「もう、言っていいぞ。あまり気にするな」
「わかりました。」
席に戻ると、熊川が、小荒が自分の席に置いていた犬養から任せられていた資料を見ていたい。小荒をみて「これでいい」と言って、熊川は自席へと歩いて行った。




