雪中、言葉が揺れた日――二・二六異聞
※本作は、昭和十一年に発生した二・二六事件を史実の骨格として描いたフィクションです。
実在の事件・人物・公的文書に基づきつつも、
語り手である海軍省出仕士官の視点、心理、体験は創作によるものです。
本作は、反乱そのものではなく、
それを「終わらせた側」、
すなわち命令を出し、あるいは出さず、
引き金に指をかけながら引かなかった人々の一日を描いています。
史実への敬意を払いながらも、
一つの文学作品としてお読みいただければ幸いです。
――昭和十一年二月二十六日―二十九日――
雪は、東京を白く覆っていた。
音を吸い、輪郭を曖昧にし、人の判断を鈍らせる雪だった。
二月二十六日、午前五時三十分。
理由の記されていない出仕命令。
霞が関の海軍省庁舎に足を踏み入れた瞬間、
私は直感した。
――これは、銃よりも言葉が危うい日になる。
廊下は暗く、暖房は止められている。
電話のベルは鳴るが、すぐに切れる。
長く話すことを、誰も許されていなかった。
最初の報は横須賀鎮守府からだった。
『海軍陸戦隊、即応可能。芝浦埠頭、上陸準備』
「命令は?」
『待機。ただし、臨戦態勢』
声は冷静だった。
それが、かえって異様に思えた。
続いて皇居周辺。
近衛兵配置に変化なし。
宮城内、異常なし。
それはすなわち、
事態がまだ、何一つ定まっていないという報告だった。
午前も半ばを過ぎ、
海軍省に重い知らせが届く。
昭和天皇陛下は、
伏見軍令部総長宮殿下に御下問あそばされたという。
御下問は、ただ一つ。
――海軍は、この蹶起に関与しているのか。
伏見宮殿下は、即座に否定された。
そのようなことは、断じてない。
この時点で、
海軍が蹶起に与しないことは明らかになった。
ほどなくして、
昭和天皇陛下の御意思は、
より明確な形を取る。
海軍に対し、
叛乱鎮圧に備えよとの
奉勅命令が下達された。
それは、
準備せよ、という命であって、
撃て、という命ではなかった。
しかし、
奉勅命令である以上、
一切の解釈の余地はない。
海軍は、命じられたとおりに動いた。
その後、
重臣襲撃の詳細が明らかになり、
川島義之陸軍大臣が参内する。
その奏上を受け、
昭和天皇陛下の御言葉が伝えられた。
「朕が最も信頼する老臣を殺すとは、何事か。
直ちに反乱を鎮圧せよ」
その御言葉には、
ためらいも、含みもなかった。
国家の意思が、
はっきりと示された瞬間だった。
海軍の立場は、ここで定まった。
蜂起部隊は、反軍である。
襲撃されたのは、
岡田啓介内閣総理大臣、
鈴木貫太郎侍従長、
斎藤実内大臣。
いずれも、海軍出身の大将だった。
奉勅命令に基づき、
海軍は動く。
午後、
横須賀鎮守府司令長官・米内光政大将の指揮下、
海軍陸戦隊四個大隊が芝浦埠頭に上陸する。
発砲命令はない。
だが、銃は携行されていた。
第一艦隊は東京湾へ急行。
旗艦・長門。
主砲は沈黙したまま、
しかし照準は、反軍の占拠地点に正確に向けられていた。
撃たない。
だが、撃てる。
それは躊躇ではない。
命令の履行だった。
一方、陸軍中枢では、
別の「言葉」が生まれていた。
正午半過ぎ、宮中において、
川島陸軍大臣をはじめとする軍事参議官らは、
穏便な収拾を模索する。
その結果として出されたのが、
川島陸軍大臣名の告示だった。
一、蹶起の趣旨は天聴に達せられあり
二、諸子の真意は国体顕現の至情に基づくものと認む
三、国体の真姿顕現の現況に就いては恐懼に堪えず
四、各軍事参議官も一致して右の趣旨により邁進することを申合せたり
五、之以外は一つに大御心に俟つ
その言葉は、
あまりにも柔らかく、
あまりにも曖昧だった。
将校たちは、それを拾い上げ、
自らの行動が理解されたのだと受け取る。
だが、
海軍省にいる我々には、違って見えていた。
――これは収拾ではない。
――これは猶予だ。
――そして、猶予は必ず終わる。
夜が訪れ、
陛下の御意思は、さらに明確になる。
もはや言葉は、
慰撫のためのものではない。
終わらせるためのものへと変わった。
二十七日早暁、戒厳令施行。
通信は傍受され、
包囲は完成する。
やがて告示は撤回され、
原隊復帰命令と投降勧告が撒かれる。
そこに、曖昧さはなかった。
二月二十九日。
武装解除。
銃声は、ついに一度も鳴らなかった。
その後、叛乱将校たちは軍法会議に付され、
首謀者と主要関係者は死刑となる。
減刑はなかった。
それは復讐ではない。
統帥に対する叛逆への、国家の結論だった。
深夜、
私は海軍省庁舎を後にする。
雪は止み、
月が帝都を照らしていた。
この事件は、
「失敗したクーデター」として記されるだろう。
だが、私の記憶に残ったのは別のものだ。
――奉勅により刃を抜き、
――命じられなかったために振るわれなかった海軍。
――言葉で迷わせ、言葉で断ち切った陸軍。
――そして、
一言も揺らがなかった、昭和天皇陛下の御意思。
私は帽子を被り直し、歩き出す。
この雪の日、
銃よりも危うかったのは、
意味を背負いすぎた言葉だった。
二・二六事件は、しばしば「青年将校の反乱」として語られます。
しかし本作を書き進める中で、私が強く意識したのは、
その裏側で行われていた沈黙と抑制、
そして言葉の選択でした。
銃を持ちながら撃たなかった者。
命令を出せる立場にありながら、慎重に時を待った者。
そして、決して揺らがなかった統帥の意思。
この事件は、誰かの勇敢さによって終わったのではなく、
多くの人が「踏みとどまった」ことで終息したのだと、
今回あらためて感じています。
本作が、二・二六事件を
もう一つの角度から考えるきっかけとなれば幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




