最終章 この考えは、正しいとは限らない
ここまで書いてきたことは、
どれも確信ではない。
論証された真理でもなく、
普遍的な倫理でもなく、
誰かに勧めるための思想でもない。
ただ、
ある時点の私が、
考え続けた末に、
一度そこに立ってみた場所
にすぎない。
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私はこれまで、
正しさを疑ってきた。
善が暴力になることを恐れ、
統一が人を壊すことを警戒し、
思想が独り歩きする危険性を見てきた。
その結果、
私は「断定しない」という態度を
一つの拠り所にした。
だが、
この態度でさえ、
また別の偏りかもしれない。
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もしかしたら、
私は臆病なだけなのかもしれない。
踏み込むことで傷つくことを恐れ、
主張することで壊れる関係を避け、
責任を引き受けきれない自分を、
慎重さという言葉で包んでいるだけなのかもしれない。
その可能性を、
私は否定しきれない。
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それでも、
この考え方を
「間違っているから捨てる」
とは思わない。
なぜなら、
これは正しさのために選ばれたのではなく、
被害を増やさないために選ばれた態度
だからだ。
正しいかどうかは分からない。
だが、
少なくとも誰かを追い詰める言葉には
なりにくい。
それだけで、
今の私には十分だった。
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もし未来の私が、
この文章を読み返したとき、
•ぬるい
•回りくどい
•逃げ腰だ
そう感じるなら、
それはそれでいい。
そのときの私は、
別の余裕や、
別の責任を引き受けられる
場所に立っているのだろう。
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大切なのは、
この文章を「完成品」だと思わないことだ。
これは記録であり、
途中経過であり、
一時的な地図にすぎない。
地図は、
進むために使われ、
不要になれば捨てられる。
信仰のように
守るものではない。
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私はこれからも、
考え続けるだろう。
自分の中の善を疑い、
自分の中の正義を警戒し、
それでも行動を放棄しないよう、
揺れながら選び続けるだろう。
その過程で、
この考えは
形を変えるかもしれない。
矛盾を抱えるかもしれない。
別の言葉に置き換わるかもしれない。
それでいい。
⸻
この本は、
誰かを導くためのものではない。
ましてや、
世界を変えるためのものでもない。
ただ、
過去の自分が、
何を恐れ、
何を大切にし、
どこで踏みとどまろうとしたのか
それを、
未来の自分が誤解しないために
残しておくものだ。
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もし、
この先の私が、
また何かを強く信じそうになったら。
また、
「こうあるべきだ」と
言いたくなったら。
この文章を読み返して、
一度立ち止まればいい。
本当にそれは、
誰かを生かすのか。
それとも、
ただ正しい顔をした暴力なのか。
その問いを忘れなければ、
少なくとも、
自分が最も嫌悪してきたものには
ならずに済む。
⸻
ここまで書いて、
私はようやく一つのことを認める。
私は、
立派な人間ではない。
特別に賢いわけでもない。
ましてや、
世界を導く存在でもない。
ただ、
自分が信じているものを、
信じすぎないようにしたい人間
それだけだ。
それで、
今は十分だ。
(終)




