表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第1章 なぜ私は「優しくなりたい」と思ったのか

はっきりしたきっかけがあったわけではない。

少なくとも、私自身はそう記憶している。


ただ、振り返ってみると、私の中にはいつも「こうありたい人間像」があった。

それは現実の誰かというより、物語の中に出てくるような、主人公的で、清廉で、迷いながらも最後には正しい選択をする存在だった。


強さはあるが、それを誇示しない。

誰かを打ち負かすより、誰かを守ることを選ぶ。

怒りや悲しみを抱えながらも、それを他人にぶつけない。

そういう、いわば静かな善性を体現した存在だ。


私は、そのような存在に強く惹かれていた。

具体的な名前や作品を挙げる必要はないと思う。それは一人の人物というより、「こういう人間であってほしい」という願いが形を取った像だったからだ。


当時の私は、その像を「理想」と呼んでいたし、疑うこともなかった。

むしろ、それを疑わないことが誠実さだとすら思っていた。



なぜそこまで「優しさ」に価値を置いたのか。


今思えば、私は世界を少し怖がっていたのだと思う。

露骨な暴力や分かりやすい悪意だけではない。

もっと日常的で、説明もつかず、誰かが誰かを雑に扱う場面。

正しさよりも都合が優先される瞬間。

力関係によって正義がねじ曲がること。


そうしたものに対して、私は強い違和感を覚えていた。


だからこそ、

「せめて自分だけは、そうならないでいたい」

「自分が原因で誰かが傷つくことは避けたい」

そう思うようになったのだと思う。


優しさは、私にとって武器ではなかった。

世界を変えるための理念でもなかった。

むしろ、世界に加担しないための防波堤に近かった。



その頃の私は、優しさをとても単純に考えていた。


•嘘をつかない

•人を利用しない

•見下さない

•感情的に振る舞わない

•常に公平である


こうしたことが自然にできる人間になれれば、

自分も、周囲も、少しは生きやすくなる。

そう信じていた。


そして、どこかでこうも思っていたのだと思う。


人が皆、同じように考え、

同じように優しくなれたら、

争いは減るのではないか。


当時は、その考えを危険だとは感じていなかった。

むしろ、素朴で、まっとうで、否定する理由のないものに思えた。



しかし、その「優しくなりたい」という願いは、

しばらくして、私自身を苦しめるものにもなっていく。


理想は高く、現実の私はそこに届かなかった。

感情は揺れ、利己心は消えず、

時には自分でも納得できない行動を取ってしまう。


そのたびに、

「自分はなれていない」

「理想から遠ざかっている」

そう感じるようになった。


それでもこの段階では、

問題は自分の努力不足にあると思っていた。


まだこの時点では、

「優しさ」そのものを疑ってはいない。

疑っているのは、あくまで自分の未熟さだった。



今振り返ると、ここでの私はとても単純だ。

だが同時に、とても真剣でもあった。


世界を救おうとしていたわけではない。

誰かに説教したかったわけでもない。


ただ、


自分がいることで、

誰かの世界が少しでも荒れないようにしたい


その思いだけは、確かに本物だった。


この願いが、その後どのように変質し、

どのような問いを生み、

どこで行き詰まっていくのか。


それを理解するためには、

まずこの出発点を、否定せずに残しておく必要がある。


だから私はここに、

当時の自分の素朴さと誠実さを、そのまま書き留めておく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ