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カーディア  作者: アデル
第一章 第一項 谷間の農村ロマル
9/83

9

 軍の通達から数時間が経ち、

 ロマルの村は、もはや村としての形を維持していなかった。


 消失した家々の跡にはぽっかりと空白があき、

 瓦礫も残らない場所がいくつもある。

 昨日まで“生活”があった場所とは思えない。


 それでも、わずかに生き残った村人たちは、

 互いに寄り添い、壊れた村を見つめていた。


 アシェルは兵士に呼ばれるまでのわずかな時間、

 村をゆっくりと歩いていた。


(ここで全部……過ごしてきたんだよな……)


 井戸の跡。

 エルマと一緒に植えた木の影。

 子供たちが遊んだ道。


 すべてが、昨日より色を失って見えた。


(エルマ……本当に……いないんだ)


 昨日の“光の瞬間”が、胸の奥をひりつかせる。

 喪失という言葉では足りない。

 魂を引き裂かれたような感覚。


(返せよ……)


 心の底で黒い言葉が芽を出す。


(俺の……すべてを……返せ……)


 



 


 村の片隅で、老人のウズルが一人、壊れた祈祷台の前で呆然と座っていた。


「……アシェル、か」


「ウズルさん……」


 老人は静かに目を閉じた。


「わしの家族も……みんなおらん。

 朝起きたら、痕跡も残らず消えておった。

 これは……ただの自然災害ではない。そうじゃろう?」


 アシェルはうなずく。


「ええ。……あれは、人を殺すものじゃなかった。

 存在ごと……奪うものです」


「やはりか……」


 老人は震える手で祈祷台の欠片をなぞる。


「空のひびは……昔から“世界の淵”と呼ばれておった。

 だが伝承の中でも、ここまで大規模なものはなかった……

 この世界に何が起きているんじゃ……」


 問いに答える言葉は、アシェルにはない。

 ただ胸に、怒りの火種だけが静かに燻り続ける。


 



 


 広場では、残った村人たちが荷物をまとめていた。


 ラルスの姿もあった。


「アシェル……行っちゃうの……?」


「ああ。軍の命令だ」


「……いやだよ。アシェル兄ちゃん……エルマ姉ちゃん……

 なんで……なんでみんな……」


 ラルスは言葉を詰まらせ泣き出した。

 アシェルは膝をつき、ラルスの肩に手を置いた。


「生きろ、ラルス。

 どんなに世界が歪んでも……お前だけは生きてくれ」


「アシェル兄ちゃんも……!」


「……ああ。

 生きる。

 生きて……“これをやった奴を見つける”。」


 アシェルは穏やかに微笑もうとしたが、

 笑顔はひどく痛ましい形にしかならなかった。


 



 


 そのとき、背後から声がした。


「時間だ。乗れ」


 兵士だ。

 アシェルはゆっくり立ち上がる。


 村の人たちは、アシェルを見る目が変わっていた。


 昨日までの“優しい青年”ではなく、

 心の底に何か暗いものを抱えた男。


 彼らはそれを本能的に感じ取っていた。


(俺はもう……戻れないんだろうな)


 そう悟った瞬間、

 アシェルの胸の奥で黒い炎が音を立てて燃えた気がした。


 



 


 アシェルが装甲車に近づくと、

 先ほどとは違う、階級の高そうな男が彼を待っていた。


「君がアシェル・レイヴか。

 ……目が死んでないな。まだ燃えている」


「……なんだと?」


「失う者が多いほど強くなる。

 兵士としては悪くない資質だ」


 アシェルの拳が自然と握り締められた。


「お前ら……昨日のことを知ってるんじゃないのか。

 何が起きたのか、敵はなんなのか……答えろ」


 軍人はしばらくアシェルを見つめ――

 薄く笑った。


「すべては“国家機密”だ。

 だがひとつだけ言っておいてやる」


 軍人はアシェルの肩に手を置き、低く告げた。


「――君の村を壊したのは、

 “自然”ではない。」


 空気が止まった。


「敵国には、因果律操作を“破壊”する兵器がある。

 我々王国とは違う、禁忌の技術だ。

 ……原因を知りたいなら軍へ来い。生き残って昇進しろ。

 そうすれば、いずれ“真実”を教えてやる」


 アシェルの心が沸騰する。


(敵……国……

 あれを……あの災厄を……起こしたのが……)


 エルマを奪ったのは――

 敵国。


 その言葉がアシェルの胸で、

 憎悪に変わる。


「……行くよ。

 お前らの軍に。

 そして必ず……辿り着いてやる。

 “あれ”を起こした連中に」


 軍人は満足そうにうなずいた。


「いい目になった。乗れ」


 



 


 アシェルが装甲車へ乗り込むと、

 村の人たちがその姿を静かに見送った。


 誰も声をかけない。

 誰も涙を流さない。


 アシェルが戻ってこないことを――

 本能で理解していた。


 重い扉が閉じる。


 エンジンが低く唸り、装甲車が動き始めた。


 アシェルは最後に村を振り返る。


 瓦礫と空白。

 色を失った世界。

 エルマが笑っていた畑。


 それらがすべて遠ざかり……

 そして視界から消えた。


(……待ってろ。

 必ず辿り着く。

 必ず……お前を奪った奴らを見つけて……)


 その瞬間、

 アシェルの心は完全に“復讐者”へ変わった。

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