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軍の通達から数時間が経ち、
ロマルの村は、もはや村としての形を維持していなかった。
消失した家々の跡にはぽっかりと空白があき、
瓦礫も残らない場所がいくつもある。
昨日まで“生活”があった場所とは思えない。
それでも、わずかに生き残った村人たちは、
互いに寄り添い、壊れた村を見つめていた。
アシェルは兵士に呼ばれるまでのわずかな時間、
村をゆっくりと歩いていた。
(ここで全部……過ごしてきたんだよな……)
井戸の跡。
エルマと一緒に植えた木の影。
子供たちが遊んだ道。
すべてが、昨日より色を失って見えた。
(エルマ……本当に……いないんだ)
昨日の“光の瞬間”が、胸の奥をひりつかせる。
喪失という言葉では足りない。
魂を引き裂かれたような感覚。
(返せよ……)
心の底で黒い言葉が芽を出す。
(俺の……すべてを……返せ……)
◆
村の片隅で、老人のウズルが一人、壊れた祈祷台の前で呆然と座っていた。
「……アシェル、か」
「ウズルさん……」
老人は静かに目を閉じた。
「わしの家族も……みんなおらん。
朝起きたら、痕跡も残らず消えておった。
これは……ただの自然災害ではない。そうじゃろう?」
アシェルはうなずく。
「ええ。……あれは、人を殺すものじゃなかった。
存在ごと……奪うものです」
「やはりか……」
老人は震える手で祈祷台の欠片をなぞる。
「空のひびは……昔から“世界の淵”と呼ばれておった。
だが伝承の中でも、ここまで大規模なものはなかった……
この世界に何が起きているんじゃ……」
問いに答える言葉は、アシェルにはない。
ただ胸に、怒りの火種だけが静かに燻り続ける。
◆
広場では、残った村人たちが荷物をまとめていた。
ラルスの姿もあった。
「アシェル……行っちゃうの……?」
「ああ。軍の命令だ」
「……いやだよ。アシェル兄ちゃん……エルマ姉ちゃん……
なんで……なんでみんな……」
ラルスは言葉を詰まらせ泣き出した。
アシェルは膝をつき、ラルスの肩に手を置いた。
「生きろ、ラルス。
どんなに世界が歪んでも……お前だけは生きてくれ」
「アシェル兄ちゃんも……!」
「……ああ。
生きる。
生きて……“これをやった奴を見つける”。」
アシェルは穏やかに微笑もうとしたが、
笑顔はひどく痛ましい形にしかならなかった。
◆
そのとき、背後から声がした。
「時間だ。乗れ」
兵士だ。
アシェルはゆっくり立ち上がる。
村の人たちは、アシェルを見る目が変わっていた。
昨日までの“優しい青年”ではなく、
心の底に何か暗いものを抱えた男。
彼らはそれを本能的に感じ取っていた。
(俺はもう……戻れないんだろうな)
そう悟った瞬間、
アシェルの胸の奥で黒い炎が音を立てて燃えた気がした。
◆
アシェルが装甲車に近づくと、
先ほどとは違う、階級の高そうな男が彼を待っていた。
「君がアシェル・レイヴか。
……目が死んでないな。まだ燃えている」
「……なんだと?」
「失う者が多いほど強くなる。
兵士としては悪くない資質だ」
アシェルの拳が自然と握り締められた。
「お前ら……昨日のことを知ってるんじゃないのか。
何が起きたのか、敵はなんなのか……答えろ」
軍人はしばらくアシェルを見つめ――
薄く笑った。
「すべては“国家機密”だ。
だがひとつだけ言っておいてやる」
軍人はアシェルの肩に手を置き、低く告げた。
「――君の村を壊したのは、
“自然”ではない。」
空気が止まった。
「敵国には、因果律操作を“破壊”する兵器がある。
我々王国とは違う、禁忌の技術だ。
……原因を知りたいなら軍へ来い。生き残って昇進しろ。
そうすれば、いずれ“真実”を教えてやる」
アシェルの心が沸騰する。
(敵……国……
あれを……あの災厄を……起こしたのが……)
エルマを奪ったのは――
敵国。
その言葉がアシェルの胸で、
憎悪に変わる。
「……行くよ。
お前らの軍に。
そして必ず……辿り着いてやる。
“あれ”を起こした連中に」
軍人は満足そうにうなずいた。
「いい目になった。乗れ」
◆
アシェルが装甲車へ乗り込むと、
村の人たちがその姿を静かに見送った。
誰も声をかけない。
誰も涙を流さない。
アシェルが戻ってこないことを――
本能で理解していた。
重い扉が閉じる。
エンジンが低く唸り、装甲車が動き始めた。
アシェルは最後に村を振り返る。
瓦礫と空白。
色を失った世界。
エルマが笑っていた畑。
それらがすべて遠ざかり……
そして視界から消えた。
(……待ってろ。
必ず辿り着く。
必ず……お前を奪った奴らを見つけて……)
その瞬間、
アシェルの心は完全に“復讐者”へ変わった。




