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『世界の守護者――因果律の番人との邂逅』
裂け目の奥から姿を現した“それ”は、
人間の形に似ているが――決して人ではなかった。
その輪郭は何度も揺らぎ、
腕は実際の距離より“長く見えたり短く見えたり”し、
歩くたびに周囲の因果線が引きずられて波打つ。
ノワはアシェルの背にぴったり貼りついたまま震える。
――あしぇる……
――あれ……“せかい が つくった なまえ の ない ひと”……
アシェルの心臓が静かに脈動した。
(……塔が“定義する存在”なら、
あれは“世界が定義した存在”。
塔の外側のこの世界が、
壊れた因果律を守ろうと生んだ番人……)
守護者は声を発した。
「塔の者よ。
名を持つ者よ。
世界構造の揺らぎを抱く者よ。
その歩みは、世界の安定を脅かす。」
アシェルは静かに問う。
「俺の存在が、そこまで危険か?」
「危険だ。
世界は“名なき存在”で構成される。
名を持つ存在は、塔の側のもの。
世界の基盤を揺らす“異物”だ。」
ノワが震えながら呟く。
――この せかい は……
“なまえ を もつ もの” を……
こわがってる……
守護者がさらに一歩近づく。
足元から広がる波紋が
世界の裂け目に触れ、
空間がぐらりと揺れた。
「アシェル・ラカント。
お前の名は世界を拒み、
世界の因果律はお前を拒む。
両者の対立は“破壊”を招く。」
アシェルの瞳に微かな痛みが宿る。
(……俺の名はこの世界と相容れない……
塔で得た自己定義は、
世界の基盤である“人口因果律”を破壊する……
俺はこの世界の外側の存在……)
シエルは冷静に言う。
「守護者。
この者は世界を壊すために来たのではない。
歪んだ因果律を修正するために来たの。」
守護者の声が低く響く。
「その役目は我ら“世界側”が担うべきもの。
塔側の者が干渉する必要はない。」
アシェルは首を振る。
「だが、お前たちは修復しなかった。
因果律操作という歪んだ技術が世界を乱したまま、
三十年を放置した。」
守護者の動きが一瞬止まる。
(……図星か……)
「……世界は“修復を拒んだ”。
人間が因果を操作し始めたからだ。
修復すれば、人間の自由を奪う。
世界は――人間に任せた。」
アシェルは息を呑む。
(……世界は人間を信じたが、
人間は因果律操作という“力”を自分の都合で使い、
戦争を繰り返し……
その結果、世界が割れた……)
ノワが小さな声で言う。
――せかい は……
――ひと に……“ゆだねた”……
アシェルは呟いた。
「だが、人間は因果律を制御できず、
お前たちは無力だった。
だから世界は……壊れたままだ。」
守護者の声は震えた。
「だからこそ、塔側の干渉を拒む。
塔は世界を救うために作られたものではない。
塔は“選別の場”。
世界の理とは違う。」
アシェルの胸で黒核が脈動した。
(塔側、世界側――
二つの理が対立している……
俺はその“境界”に立たされている……)
守護者の声が響く。
「アシェル・ラカント。
ここを越えれば、塔の因子が世界へ拡大する。
世界の安定はさらに危うくなる。
――よって。
お前の歩みは、ここで停止させる。」
空間が怒りを帯びて歪む。
ノワが必死に叫ぶ。
――あしぇる!!
――にげて……!!
――あれ……ほんとう に……“ころす”き……!!
だがアシェルは逃げない。
ゆっくりと一歩、前へ出た。
「俺は止まらない。
塔でも、世界でも、誰にも線は奪わせない。」
守護者の全身から因果線が溢れ出す。
「世界の名において――
アシェル・ラカント。
お前を“無名”へ戻す。」
――“名の剥奪”。
アシェルの胸が激しく痛む。
シエルが叫ぶ。
「アシェル!!
それは世界の側の最大攻撃――
“存在そのものの否定”!」
ノワが泣き叫ぶ。
――あしぇる!!!!
――やだぁ!!!!
守護者が手を伸ばすと、
アシェルの影が揺らぎ、
名の構造が削り取られ始めた。
アシェルは歯を食いしばり、
胸を押さえながら叫ぶ。
「俺は――
“無名には戻らない”!!」
黒核が脈動。
ドクンッ!!
空間が破裂した。
黒と白の光が激突し、
森が揺れ、
裂け目が大きく口を開ける。
アシェルの名が守護者の攻撃を押し返した。
守護者が後退し、
初めて苦痛の声を上げる。
「……名の……力……!?
世界側の攻撃を……拒絶……だと……!」
アシェルは前進する。
「俺の名は、塔でも世界でもなく――
俺自身が選んだものだ。」
守護者の形が崩れる。
「……塔の者よ……
世界の線を書き換えるつもりか……!」
アシェルは静かに答えた。
「世界の線を直すために――
俺はここにいる。」
守護者が叫ぶ。
「ならば試練を……!!
塔の側の者よ――
世界を救えるか、破壊するか!!
その力を――見せてみよ!!」
裂け目がさらに大きく開く。
世界の中心へと至る道が、
アシェルの足元へ現れた。




