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カーディア  作者: アデル
第一章 第五項 塔を出た者
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8

『影姫ヴァレリア――復讐者の宣告』


 


森の奥に、夜よりも深い静寂が落ちた。


風が止み、葉のざわめきが消え、

ただ二つの存在だけが対峙していた。


アシェル・ラカント。

ヴァレリア・ル=イェラント。


ノワはアシェルの背に隠れながら、

震える声で囁いた。


――あしぇる……

――この ひと……

――“たった ひとり の せん” で うごいてる……


アシェルは短く答える。


「……わかっている。」


ヴァレリアの紅い瞳が、夜の獣のように光る。


「逃げるのは得意なのかしら、アシェル。」


「逃げたつもりはない。」


「では“避けた”という言い方が正しい?

 ――私からの復讐を。」


アシェルは目を閉じた。


復讐――

それはかつて自分の心を燃やし尽くした炎。


だが今は、違う熱が胸にある。


アシェルは静かに答える。


「お前に復讐される筋合いは……ある。」


ノワが驚いて顔を上げた。


――あしぇる……!?


ヴァレリアの瞳が揺れた。


だがその波紋はすぐに氷に戻る。


「――やっと口にしたわね。

 あなたが犯した罪を。」


アシェルは逃げずに続ける。


「お前の国を滅ぼしたのは、俺の復讐の線だった。

 それは否定しない。」


ヴァレリアは微笑む。


赤く、鋭く、血の匂いを孕んだ笑み。


「なら、あなたを殺す理由は揺るがないわ。」


アシェルは眉をひそめた。


「だが――

 お前が俺を殺したところで、

 イェラントは戻らない。」


ヴァレリアはふっと笑った。


「戻らなくていいの。

 “終わればいい”。

 私の心が死ねば――それでいいのよ。」


アシェルは息を呑む。


(……この女は……

 自分の生を復讐に“差し出した”のか……)


ノワが泣きそうな声でささやく。


――この ひと……

――“いきてる せん” と “しんでる せん” が

 まざってる……


ヴァレリアは一歩前に出た。


灰色の羽根が散り、

森の因果が巻き込まれる。


「アシェル。

 あなたが塔で何を得ようと、

 どれだけ存在の位階が上がろうと――

 私はあなたを殺す。」


アシェルは言った。


「どうしてそこまで俺にこだわる?」


ヴァレリアは静かに、

まるで誰にも見せたことがない本心を紡ぐように言った。


「私の国を滅ぼしたのは、

 あなたの“復讐の線”だった。


 私の人生を奪ったのは、

 あなたの存在だった。


 私自身を殺したのは――

 あなたの“選択”だった。」


アシェルは言い返せなかった。


塔で名を得た今でも、

これだけは覆せない。

言い訳も無意味だ。


ヴァレリアは続ける。


「だから私は三十年生きた。

 ただ――

 あなたを殺すために。」


ノワが震える。


――“ふくしゅう の せん” しか……

 のこってない……


アシェルは静かに問い返す。


「俺を殺した後は、どうする?」


ヴァレリアの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。


「……何も。

 それで終わり。」


「お前の人生は、それだけか?」


「それだけよ。

 他に何があるの?」


アシェルは言った。


「俺を殺した後――

 “お前はどう生きる”?」


ヴァレリアの肩が小さく震えた。


紅い瞳に、わずかに“痛み”の色が差した。


「……そんなこと……

 考えさせないで。」


その瞬間――

彼女の気配が変わる。


復讐者としての冷徹な視線に戻り、

灰の羽根が舞い上がった。


「もういい。

 あなたと言葉を交わしても、私は揺れるだけ。

 ――殺す。」


アシェルは構えを取らない。

取る必要がない。


黒核が脈動し、

名の位階がアシェルの周囲に淡い揺らぎを生む。


ノワが必死に叫ぶ。


――あしぇる!!

――この ひと と たたかっちゃ……だめ……!!


アシェルは言った。


「戦わない。

 俺は、もう“奪う側”には戻らない。」


だがヴァレリアは飛びかかってくる。


因果を断ち切る速度。

時間をねじ曲げるような軌道。


三十年の復讐が一つの刃になって迫る。


アシェルは目を閉じた。


黒核が静かに震える。


次の瞬間――

世界が一瞬、静止した。


ヴァレリアの刃がアシェルの喉元に触れる寸前で止まる。


ヴァレリアの瞳が震えた。


「な……

 何……これ……!?

 わたしの“因果”が……

 動かない……!?」


アシェルは静かに言った。


「世界が俺を“拘束できない”ように、

 俺ももう――

 “誰かを殺すために存在していない”。」


ヴァレリアの刃が震える。


赤い瞳が揺れる。


「なんで……

 なんで抵抗しないの……!?

 あなたは……わたしの……!

 わたしの――!」


言葉が噛み砕かれ、

喉の奥で崩れた。


アシェルは答えた。


「俺が抵抗すれば、

 お前は“復讐の線”に呑まれて死ぬ。

 そうさせない。」


ヴァレリアは息を呑む。


刃が揺れる。


「……やめて……

 そんな言い方……

 わたしを……許さないで……」


そのとき――

森の上空が赤く染まった。


中央連邦軍が森全域に“因果封鎖”を展開し始めたのだ。


警告の声が響く。


【通達:アシェル・ラカント並びに灰翼筆頭ヴァレリア】

【両名、国家級危険因子として拘束対象】

【森全域を封鎖する】


ヴァレリアがアシェルをにらむ。


「……続きは、ここじゃないわ。」


灰の羽根が散り、

ヴァレリアは森の闇へ消えた。


アシェルは静かに息を吐いた。


ノワが震えながら言う。


――あしぇる……

――あの ひと……

――“ころしたい のに、ころしたくない”

 ふくざつ な せん に なってる……


アシェルは答えた。


「俺も同じだ。

 彼女を殺したくはない。」


森を囲む光が迫る。


「行くぞ、ノワ。

 包囲される前に、森を抜ける。」


ノワがアシェルの手をぎゅっと握る。


――いっしょ に……!!


そして二人は、

追跡される世界から逃げるため、

森の奥へと駆け出した――。

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