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『逃走――追われる“存在位階”』
因果律審問局の壁が、
アシェルの存在線によって“外側へ折れた”。
物質ではなく、因果が破断した衝撃。
警報が都市全域に鳴り響く。
「非常警戒!
アノマリ個体が審問局から離脱!!」
「全域へ通達――
存在位階第二層の個体を確認!!」
「一般市民は因果防壁内に退避せよ!!」
街全体が赤く灯り、
空中の因果航路はひび割れるように乱れた。
ノワがアシェルの手を握り、必死に声を上げる。
――あしぇる……!!
――にげないと……!!
アシェルはすぐに判断した。
(この都市では戦えない。
俺が力を使えば、因果ごと都市が破壊される。
まずは――出る。)
アシェルはノワを抱え、
瓦解した壁の外へ跳び出した。
◆
◆都市の目覚め
外に出た瞬間、
都市の景色が変質した。
建物の外壁に“位相装甲”が走り、
路地には因果操作兵が展開。
空には三つの巨大なレンズ――
無人制御の“観測型兵器”。
【観測開始:対象=アシェル・ラカント】
【存在線:四重/位階第二層】
【推奨:排除ではなく隔離】
同時に、都市中枢から女性の声が響く。
「塔生還者アシェル・ラカント。
あなたの行動は国家の秩序と因果安定に対する重大な脅威です。
速やかに停止してください。」
ノワが怯えてアシェルに抱きつく。
――あしぇる……“せかい じゅう” が
きみ の こと……“みてる”……
(ああ――
塔の存在者は、世界にとって“観測すべき対象”。
俺は、世界にとっての異物なんだ。)
だが、止まる気などない。
アシェルは地を蹴り、
都市を駆け抜けた。
◆
◆追跡装置・“因果拘束陣”
アシェルの行く先に、
青白い光の壁が展開した。
兵士たちが同時に詠唱のように声を上げる。
「因果拘束陣、起動ッ!!」
光が渦となり、
アシェルの足を絡め取ろうとする。
だが――
アシェルが一歩踏み込むだけで、陣は破れた。
光が霧散し、兵士たちが絶句した。
「な……なんで……!?
拘束陣が効かない……!」
「因果固定の“式”が……
逆に崩されてる……!!」
アシェルは表情を変えずに言った。
「俺の名は、世界を固定しない。
世界が、俺を固定できない。」
ノワが小さく頷く。
――あしぇる の“な” は……
――“せかい の いんが” を……すべって いく……
だがその時。
空から影が降りた。
◆
◆灰翼部隊、出撃
アシェルの前に着地したのは――
四人の灰翼兵。
黒灰色の羽根を持ち、
装具は古い儀式と最新因果技術が混ざったような異形。
隊長格の男が言う。
「アシェル・ラカント。
我ら灰翼の任はただ一つ――
“影姫の意志を継ぐこと”。」
アシェルは立ち止まる。
「ヴァレリアの部下か。」
「部下ではない。“遺志”だ。
影姫があなたを殺す前に、
我らがあなたを連れて行く。」
ノワが強くアシェルの手を握る。
――いけない……!!
――この ひとたち……
――“いきる いんが” が へってる……!!
アシェルは目を細める。
(……寿命を削る因果操作か……
灰翼は“自分の線”を削って強さに変換している……
どこまでも復讐者の軍隊だ。)
隊長が手を振る。
「捕えよ。」
灰翼兵たちが一斉に飛びかかる。
羽根が因果を裂き、
街路の空間が歪む。
だがアシェルは動かなかった。
次の瞬間――
灰翼兵の動きが止まった。
彼らの攻撃が、
アシェルの“名”の周囲で鈍化し、
軌道が曲がっていく。
「な……!?
攻撃の因果が……吸われている……!?」
アシェルは静かに言う。
「名は、線だ。
俺の線に、お前たちの線は交わらない。」
隊長は歯を食いしばり叫ぶ。
「ならば――
“影姫に繋がる線”ならどうだッ!!」
彼の背後の空間が裂け、
ヴァレリアの“因果残影”が顕現した。
ノワが悲鳴をあげる。
――あしぇる!!
――あの ひと の“のろい の せん” が……
――ここ に きてる……!!
アシェルの瞳が細く光る。
(……ヴァレリアが遠隔で因果を送っている……
単なる部隊じゃない……
“彼女自身の線”が介入している……)
隊長が叫ぶ。
「影姫の名において――
アシェル!!
お前を“連れ戻す”!!」
アシェルは一歩前に出た。
「来い。
お前たちの復讐の線――
俺が受け止める。」
そして。
黒核が低く脈動した。
空気が重く沈む。
因果線が震える。
街の音が止まる。
灰翼部隊が一斉に顔を引きつらせる。
「な……なんだこの圧は……
因果じゃない……!!」
「存在……!?
“存在そのものの圧力”……?」
アシェルは静かな声で言った。
「俺は――
誰にも所有されない。
世界にも、国家にも、復讐にも。」
そして最後に告げる。
「まして――
“過去”に囚われもしない。」
黒核の脈動が放たれた。
灰翼部隊は、一瞬で吹き飛ばされた。
全員が地面へ叩きつけられるわけでも、
肉体が傷つくわけでもない。
ただ――
“存在線が断たれた”。
ノワが震える。
――あしぇる……
――いま の……なに……?
アシェルは短く答える。
「俺の名が……
俺の存在が――
“彼らを許さなかった”。」
都市の警報がさらに激しく響く。
「アノマリが位階干渉を使用!!」
「都市因果網が不安定化!!」
アシェルはノワを抱き寄せ、
視線を遠くの空へ向けた。
(……この世界で生きるには……
まず“逃げながら理解する”しかない。)
「行くぞ、ノワ。
ここでは俺の存在が都市を壊す。」
ノワは震えながらも頷いた。
――うん……
――あしぇる と いっしょ に……どこへでも……
アシェルは走り出し、
都市を抜けるための影へ飛び込んだ。
その瞬間、上空から報告が降りる。
【至急通達】
【アノマリ・ラカント、都市外への逃走を確認】
【追跡を灰翼部隊から“第二審問隊”へ移行】
【本事件を――
“世界構造危険事案《クラスΩ》”に指定する】
世界が、
完全にアシェルを“敵”と認識し始めた。




