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『因果律審問局――“異常存在”の聴取』
ヴァレリアが姿を消して数分後、
上空から複数のドローンが降りてきた。
球体の金属表面には、
浮かぶような三重円の紋章。
中央連邦――因果律審問局の印だ。
やがて、透明な拘束シェルがアシェルの周囲に展開された。
兵士たちはヴァレリアの襲撃に半ば呆然としていたが、
指揮官だけは動揺を押し殺し、淡々と命じる。
「――アシェル・ラカント。
あなたは本局へ正式に拘束されます。」
アシェルは抵抗しない。
ノワはシェルの外から覗き込み、不安げに言う。
――あしぇる……ここ いや……
――なんか……“きえた ひと の におい” が する……
(確かに……ここに来るまでの道中、
誰かの存在が“つくられたように欠けている”気配があった……
この国は何をした?)
◆
◆因果律審問局・本庁
都市へ到着した瞬間、
アシェルは思わず息を呑んだ。
そこは、巨大な“因果の都市”だった。
空には複数の“因果式航路”が光として走り、
人々は腕につけた装置で軽々と物体の軌道を補正する。
透明な壁面をもつ建造物は、
書き換えられた因果線の経路が常に走っている。
ノワは震える。
――せかい が……
――つくりもの みたい……
アシェルは低く答えた。
「因果律操作がここまで日常化しているのか……
これでは世界が歪むのも当然だ。」
拘束シェルに包まれたまま、
アシェルは巨大な塔――
審問局本庁へと運ばれていく。
塔のようなデザインだが、
アーカーがいた塔とは違い、
すべてが“現実の物質”でできている。
(塔……
だがこれは、ただの建造物……
アーカーがいた塔とは別物だ。)
◆
◆審問室
拘束シェルが解除され、
アシェルは灰色の部屋に通された。
監視用の因果線が床から壁へ流れている。
椅子に座るよう促され、
アシェルは静かに腰を下ろす。
しばらくして――
扉が開いた。
入ってきたのは、
黒いスーツを纏う女性。
銀髪に近い淡灰色の髪をまとめ、
冷たい瞳をもつ官僚風の人物。
彼女は席につき、タブレットを開いた。
「初めまして、アシェル・ラカント。
私は因果律審問局・第零査問官――
“メルディナ・カスラー”。」
ノワが小声で言う。
――この ひと……
――つめたい……
――“みている のに、みてない”……
アシェルは返す。
「俺の生存について、いろいろ聞くつもりか?」
メルディナは淡々と頷いた。
「ええ。
まず最初に確認します。
あなたは“塔からの生還者”であり、
因果位階の乱れが確認された“アノマリ個体”です。
本局としては、あなたを“危険度A-3”として扱います。」
アシェルは眉をひそめる。
「危険度A-3とは?」
「国家転覆レベルの潜在能力を持つ人物。
一般軍事力では対処不可能。
因果律中枢または審問局のみが処理可能な存在、と規定されています。」
ノワが震える。
――あしぇる……
――ひと を……ころしてない のに……
メルディナは続ける。
「そして今日、
“灰翼の影姫ヴァレリア”と交戦したという報告が上がっています。
彼女はかつての大戦の災厄。
あなたと彼女の接触は――
本局にとって、最も避けたい事態でした。」
アシェルは皮肉気に言う。
「避けたかったのなら、逃がしてくれたらよかったんじゃないか?」
メルディナは微動だにしない。
「逃がせません。
あなたは“塔の抜け道”を知っている可能性がある。
国家が放置する理由はありません。」
アシェルの瞳がわずかに鋭くなる。
(塔の抜け道……
アーカーの塔は、複数ある……?
この世界の塔と、アーカーの塔は違う……?)
メルディナはタブレットを操作し、
壁面に因果線のホログラムを映し出した。
そこには、
アシェルの“存在線”が映っていた。
しかし――
線は途中で消えたり、増えたり、歪んだりしている。
「これが、あなたの因果線です。
本来なら“一本”であるはず。
だがあなたは――
四本存在している。」
アシェルは微かに眉を上げる。
(……四本……?
俺の存在が四つの経路をもつ……?
塔の試練での変質か……
それとも俺の名の構造か……)
ノワはアシェルに寄り添いながら言う。
――あしぇる……
――これは……
――“ずっと みまちがい” される……
メルディナは問う。
「アシェル・ラカント。
あなたは――
塔で、何を得た?」
部屋の空気が変わる。
アシェルが答えれば、
彼の存在は世界に“登録”されてしまう。
嘘を言えば即破綻し、
真実を言えば世界を揺らす。
アシェルはゆっくりと考え――
ただ一言、静かに答えた。
「“名”だ。」
メルディナの指が止まり、
表情がわずかに動いた。
「名……?
“誰かに与えられた名”ではなく?」
アシェルは首を振った。
「俺が、俺自身で選んだ名だ。
塔で、そうした。」
審問室が静寂につつまれる。
メルディナの瞳が揺れた。
「……自己定義……
存在位階の第二層……
――本当に、塔に触れたのね。」
アシェルは言う。
「俺にとってはただの“選んだ名前”だ。」
ノワは小さく微笑む。
――だいじな こと……
メルディナは背筋を伸ばし、
フゥと短く息を吐いた。
「アシェル・ラカント。
本局はあなたを――
“世界構造干渉者”と暫定認定します。」
アシェルは静かに受け止める。
(また、得体の知れない称号が増えたな……)
だが次の言葉で、
審問室すべてが凍りついた。
「同時に――
あなたの“命の扱い”について、
本局は一つの可能性を提案します。」
アシェルは顔を上げる。
メルディナは淡々と告げた。
「――あなたを、“国家資源として所有する”。
その選択肢です。」
ノワが張り裂けるように叫ぶ。
――あしぇる を……もの に する……!?
――だめ……!!!!
アシェルの瞳が静かに燃えた。
「……国家が俺を所有する?
俺の名前も、存在も、全部か?」
メルディナは冷たく頷く。
「そう。
世界を壊す可能性がある以上、
国家管理下に置くのが最も合理的。」
アシェルはゆっくりと笑った。
「――断る。」
メルディナの瞳が細くなる。
「なら、他の選択肢に移りましょう。
アシェル・ラカント。
本局はあなたに――
“死刑”の可能性も提示します。」
ノワが震え声で叫ぶ。
――やめて……!!
――あしぇる は……
――“ころされていい そんざい” じゃない……!!
アシェルは立ち上がった。
拘束はもう無意味。
名の位階がそれを無効化する。
アシェルの影が広がり、
審問室の因果線が揺れる。
メルディナは初めて“人間的な焦り”を見せた。
「……待ちなさい……
あなた……何を――」
アシェルの声は静かだった。
「俺は――
俺自身の線を歩く。
塔でも、外の世界でも同じだ。」
そして言い放った。
「国家の命令も、脅しも、所有も――
俺には通用しない。」
審問室の因果線が一斉に崩れ落ちた。
メルディナは息を呑む。
「――アノマリ、発動……!?」
アシェルはノワの手を握る。
「行くぞ。
ここは、俺の居場所じゃない。」
ノワは強く頷く。
――うん……!!
そして次の瞬間。
アシェルの存在線が審問局の壁を歪め、
空間ごと二人を外へ押し出した。
アノマリ・リターン――脱出。
――世界が彼を閉じ込められる時代は、すでに終わっていた。




