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『灰翼の影姫ヴァレリア――三十年越しの邂逅』
武装車両の装甲が静かに二つに割れ、
金属片が地面へ散らばる。
切断面は焼けてもいない。
ただ“因果”が滑らかに断たれた結果だけが、
そこに残っていた。
その中心に――
灰色の羽根を持つ女が立っていた。
ヴァレリア・ル=イェラント。
かつてアシェルが滅ぼした国、
イェラント王国の最後の生き残り。
その三十年分の憎悪が、
風よりも冷たい空気となって車両内部へ流れ込む。
ノワがアシェルの腕にしがみつく。
――あしぇる……
――あれ……“なにか を きめてる め”……
アシェルはゆっくりと後部扉の残骸から姿を現した。
ヴァレリアは一歩踏み出し、
まるで儀礼のように頭を下げ――
その紅い瞳を上げる。
「ようやく……ようやく見つけたわ。
アシェル=ラカント。
――私の、国を滅ぼした男。」
アシェルの瞳が揺れる。
(……国を滅ぼした……
俺は……“妻の仇を討つために隣国を滅ぼした”。
だが――
ヴァレリアにとっては、俺こそが加害者だ。)
アシェルは言った。
「お前が……ヴァレリアか。」
ヴァレリアは微笑む。
だがその笑みは、怒りを捻じ曲げてつくった刃。
「私の名前を覚えていなくても当然よ。
あなたが殺した人数に比べたら、
私の名など砂粒みたいなものだもの。」
アシェルは言い返さなかった。
否定できる材料がない。
ノワは震えてアシェルに囁く。
――あしぇる……
――あの ひと……
――きみ を……
――“ころす ため に いきてきた”……!!
ヴァレリアはゆっくりと腕を上げる。
その手に宿る光は、因果律操作ではなく――“因果そのものの改変”。
灰翼部隊の筆頭たる力。
「ねぇ、アシェル。
塔から生還したって噂を聞いたとき……
私、嬉しかったの。
殺し足りないほどの憎しみが、まだ腐っていなかったから。」
アシェルは深く息を吐いた。
(……俺は塔に入った。
それは結果的に“逃げた”ように見えるだろう。
彼女は俺を追って三十年生きたのか……)
アシェルは静かに問う。
「……お前の復讐は、俺で終わるのか?」
ヴァレリアは首を横に振る。
「いいえ。
復讐は“線”。
あなたを殺したら、次は世界。
世界を壊したら、次は――塔の主。
それでも尽きないでしょうね。」
アシェルは目を細めた。
「……塔の主を知っているのか?」
ヴァレリアは薄く笑う。
「あなたが知っていて、私が知らないと思う?」
(……ヴァレリア……
塔の存在、その主まで知っている……
塔に入ったのは俺だけじゃないのか?
彼女も――塔を覗いた?)
ノワが小さく警告する。
――あしぇる……
――ちかづく……
ヴァレリアは距離を詰めた。
目の前に立ち、囁くように言う。
「三十年かかったわ。
でも、やっと……あなたを殺せる。」
刹那――
灰色の羽根がアシェルの首元へ走る。
アシェルの身体は――動かない。
拘束具による“因果固定”が働いている。
反応できない。
ヴァレリアの瞳が、
喜びに染まった。
「――これで終わり。」
ノワが叫ぶ。
――あしぇる!!!!!!
だが次の瞬間。
羽根が寸前で止まった。
ヴァレリアの身体が震え、
目を見開く。
「……な……に……これ……?」
アシェル自身も驚いた。
(……身体が勝手に……
“存在の位階”が……
俺を守った……?)
ヴァレリアの攻撃が触れた瞬間、
アシェルの“名”の構造が因果を書き換え、
彼女の攻撃を弾いたのだ。
ヴァレリアは後退し、
憎悪と困惑の両方が混ざった視線をアシェルへ向ける。
「……あなた……
何に……なったの……?」
アシェルは静かに言った。
「俺は――
アシェル・ラカントだ。
それだけだ。」
ヴァレリアは歯を食いしばり、
背後へ跳んで距離を取る。
そして宣言した。
「今日殺せないなら、明日殺す。
明日殺せないなら、一年後に。
アシェル――
あなたの死をもって、私の国はやっと眠れる。」
風が吹き、
灰の羽根が散る。
ヴァレリアは影のように消えた。
残された静寂。
砕けた車両。
震える兵士たち。
ノワが小さな声で言った。
――あしぇる……
――“ふくしゅう の せん” が……
――きみ と あの ひと の あいだ で……
――また……うごきだした……
アシェルは拳を握った。
「……まだ終わっていない。
俺の復讐も……
彼女の復讐も……
交差したままだ。」
そして、遠くでサイレンが鳴り響く。
――連邦因果律審問局が、アシェルを迎えに来た。




