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『拘束――連邦因果律審問局へ』
兵士が震えながら通信機を握りしめた。
「第六方面、至急……!
アノマリ・リターンを確認!
捕獲班の要請を――」
アシェルは動かない。
戦う必要がなかった。
逃げる必要もなかった。
塔で自分が得た“位階”が、
兵士の恐怖だけを増幅させている。
やがて、
数分も経たず、武装車両が森の奥を突き破って現れた。
金属の脚を持つ蜘蛛型車両。
半球状の透明装甲。
内部には複数の兵士が乗り、
全員の胸元には“連邦因果局”の紋章。
(……三十年前の戦場では見たことのない兵器だ。)
車両から降りた指揮官らしき女が、
アシェルへ距離を置きながら告げた。
「アノマリ個体、アシェル・ラカント。
あなたは“塔帰還者保持法”に基づき、
中央連邦・因果律審問局へ移送されます。」
アシェルは眉をひそめる。
「……その法律、いつできた?」
指揮官は迷わず答えた。
「二十八年前。
塔への侵入者が勝手に出てこないようにするためです。
――あなたのような存在が、
国家の管理外で行動しないように。」
ノワがアシェルの背に隠れながら呟く。
――あしぇる……
――この ひとたち……
――きみ を……“ひと” としてみてない……
(だろうな……
俺が塔から出た以上、彼らにとっては未知の脅威だ。)
指揮官が続ける。
「武力抵抗を行えば、
あなたの“因果位相”を固定する拘束装置を使用します。
どうか協力を。」
アシェルは軽く肩をすくめた。
「わかった。
争う気はない。」
ノワが不安そうに見上げる。
――ほんとう に……?
「ここで暴れたところで、
世界の状況は何も見えてこない。
まずは、情報を得る。」
ノワは小さく頷いた。
◆
◆拘束装置の異変
兵士たちがアシェルの腕に
金属製の拘束具を装着する。
その瞬間――
「……っ!?」
兵士の一人が後ずさった。
拘束具の表面に走るデータ光が、
急激に乱れたのだ。
「し、信号が……暴走してる!?
因果位相、読み取り不能……!」
指揮官が眉をひそめる。
「何をした?」
アシェルは首を振る。
「何もしていない。
装置が勝手に狂ったんだろう。」
ノワが囁く。
――あしぇる の“な” が……
――この せかい の“しゅうごう” を……
――みだしてる……
(……なるほど。
俺の名“ラカント”は、世界そのものを揺らす……
拘束具は世界側の“位相”で動いているから、
俺の存在線と衝突するわけか。)
指揮官は短く命じた。
「拘束具、第二形式へ移行!」
もうひとつの拘束具――
より重厚な黒い装置が持ち出され、
アシェルの腕を包む。
今度は暴走しなかった。
アシェルは気配で理解する。
(……これは、“因果律”そのものを使った拘束だな。
俺の名の影響を軽減する“緩衝構造”がある。)
指揮官は冷たく言った。
「あなたの存在は国家レベルの脅威。
情報を得るまで、自由はありません。
……本部へ移送します。」
◆
◆移送車両にて
武装車の内部。
アシェルは座席に拘束されているが、
少しも焦っていなかった。
ノワが隣の透明シールド越しに座り、
ソワソワ落ち着かない。
――あしぇる……ここ……いや……
「気持ちはわかるが、
今は抵抗しても意味がない。」
――でも……
――あしぇる を……
――また……“どこか” に とじこめよう としてる……
アシェルは苦く笑った。
「塔よりはマシだろう。」
ノワはぷるぷる震えながら返す。
――まし じゃない……
アシェルはその反応に内心微笑んだが、
すぐに車体が大きく揺れた。
外で何かが爆ぜた。
兵士たちの怒号が響く。
「前方に反応――!!
識別不能の因果律干渉!!」
「灰色の羽根だ!!
“灰翼”の連中が出たぞ!!」
アシェルの表情が変わる。
(灰翼……
ヴァレリアが率いる暗殺部隊……)
ノワが息を呑む。
――“かのじょ”……
――くる……!!
車両の装甲をかすめる斬撃のような衝撃。
金属が悲鳴を上げる。
そして――
外から女性の声が響いた。
澄んでいながら、
冷たく、
魂を刈り取るような声。
「――そこにいるのでしょう、アシェル。
あなたを“迎え”に来たわ。」
アシェルは目を閉じ、息を吐く。
「……来たか。」
ノワが怯えながら囁く。
――あしぇる……
――あれ……すごく……こわい……
「ノワ。
俺の後ろにいろ。」
次の瞬間――
車両の装甲が外側から“因果ごと”切断された。
黒い羽根。
灰銀の髪。
深紅の瞳。
そして――殺意。
ヴァレリア・ル=イェラント。
彼女はアシェルを見つけると、
刃のような微笑を浮かべた。
「三十年ぶりね……
――私の復讐相手。」




