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カーディア  作者: アデル
第一章 第五項 塔を出た者
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2

『三十年後の世界――変わり果てた地図』


 


銃口が向けられた。


塔の入口跡を背にしたまま、

アシェルはゆっくりと兵士へ向き直る。


兵士は明らかに怯えていた。


「な……なんだその格好は……

 識別信号が……反応しない……!?

 貴様、どこの部隊だ!」


アシェルは冷静に答えた。


「俺は部隊じゃない。

 ただ戻ってきただけだ。」


兵士は後ずさる。


「戻ってきた……?

 塔から……?

 まさか、あなたは――

 “生還者”……なのか?」


その言葉に、アシェルは眉をひそめる。


「生還者……?」


兵士は震えながら言った。


「塔に足を踏み入れた者で生きて戻った者など……

 百年にひとり現れるかどうかだ……

 あなたは――

 特殊生存例アノマリ・リターンだ!」


(塔から生還すると……アノマリ……

 異常存在扱いか……)


ノワがアシェルの背中にしがみつき、

兵士を警戒している。


――あしぇる……

――この ひと……

――こわがってる……けど……

――なにか……“よごれた におい” が する……


アシェルはわずかに頷き、

兵士へ問いかけた。


「教えてくれ。

 ここは……どこの領域だ。」


兵士は答える。


「ここは第六方面区。

 三十年前の戦役で荒廃し、

 今は“中央連邦”の監視区画だ。」


アシェルは、理解が追いつかなかった。


(第六方面区……

 そんな区分は俺がいた時代にはなかった……

 中央連邦……?)


兵士は続ける。


「あなた……もし記憶が混濁しているなら言ってください。

 この三十年で世界は激変しました。

 “因果律操作”は国家運営の中枢となり、

 軍事・経済・司法の全てが因果制御で管理されています。」


アシェルは息を呑む。


(因果律操作が……

 世界の基盤……になっている……?)


ノワが震える。


――あしぇる……

――いやな かんじ……

――せかい が……“ひとつ の て” に にぎられてる……


兵士が通信機に手を伸ばす。


「とにかく……あなたは拘束させてもらいます。

 塔生還者は全員、中央で審問を受ける決まりだ。

 国家レベルでの危険因子なんです!」


アシェルは少し考え、

そして兵士へ静かに言った。


「ひとつだけ質問に答えろ。」


兵士が戸惑う。


「……な、なにを?」


アシェルの声は震えていなかった。


「三十年前……俺の故郷を滅ぼした“隣国”。

 今も存在しているのか?」


兵士の顔が強張る。


「な……!

 隣国イェラント……!?

 あなた、それを……」


アシェルの全身に力が入る。


「答えろ。」


兵士は硬い声で言った。


「……イェラントは、滅びました。

 二十年前、連邦によって完全に。

 今は地図上に存在しません。」


アシェルは目を閉じた。


(滅んだ……

 なら俺の復讐は……

 すでに果たされている……?

 そんなはずは――)


兵士の声が続く。


「しかし……

 一人だけ、生き残りがいます。」


アシェルは目を開いた。


兵士は言う。


「イェラント最後の王族の血を継ぐ人物――

 “ヴァレリア・ル=イェラント”。

 今は連邦最大の暗殺組織“灰翼部隊”の筆頭として活動。

 ……連邦すら制御しきれていません。」


アシェルの胸が熱くなる。


ノワが震えながら言う。


――あしぇる……

――それ……

――“ふくしゅう の せんいん” だよ……


アシェルは呟く。


「……ヴァレリア……

 亡国に追いやった俺を……追っている……

 そういうことか……」


兵士はまだ話していた。


「彼女はたった一人で、

 連邦の因果律中枢を破壊しようと試みた……

 そして――

 彼女は言ったんです。」


アシェルは息を飲む。


「なんと言った?」


兵士は震えながら答えた。


「『あの男――アシェルに、必ず復讐する』と。」


アシェルの周囲の空気が張り詰めた。


黒核が低く脈動する。


ノワがアシェルの手をぎゅっと握る。


――あしぇる……

――はじまる……


アシェルは静かに言った。


「兵士。

 俺を拘束するつもりなら、好きにしろ。

 だが――

 ひとつだけ覚えておけ。」


兵士が身をすくめる。


アシェルは、

塔を出た者らしい静かな威圧を放ちながら言った。


「俺が探しているのは、国でも軍でもない。

 ひとりの女だ。

 ヴァレリア――

 イェラントの“影姫”。

 彼女が俺を探しているなら、

 俺が行くまでもない。」


兵士は凍りつく。


アシェルはゆっくり歩き出した。


「――いずれ向こうから来る。」


塔を出たアノマリ。

消えた村。

軍事化した因果律。

そして、残っていた復讐の影。


アシェル・ラカントの帰還を、

世界はただ恐怖と共に迎えた。

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