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カーディア  作者: アデル
第一章 第四項 最深部への門
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17

『最終領域――世界の外側の形』


 


暗闇ではなかった。


光でもなかった。


アシェルが踏み出した空間は、

“概念としての空白”だった。


色も温度も匂いも音もなく、

ただ――

「存在の圧力だけが満ちている世界」。


アシェルは一瞬で呼吸を奪われた。


「……うっ……!?

 空気が……息が……!」


だがすぐに気づく。


(……違う……

 空気がないんじゃない……

 “息をする必要性が存在しない”……!?)


ノワの声が遠くから届く。


――あしぇる……!!

――その ばしょ は……

――“いきる という せいぎょ” が……

――まだ うまれてない ところ……!!


アーカーの声が重なる。


『そうだ。

 ここは“世界の外側”。

 生命や物質に意味が宿る前の階層。

 意志だけが形となり、

 形だけが存在となる。』


アシェルは必死に意識を保つ。


(自分自身という輪郭が……薄くなる……!

 肉体の境界があいまいになる……!)


アーカーが静かに言う。


『これこそが最終試練だ。

 “存在の位階”を持つ者は、

 この空間で――

 自分の形を維持できる。』


アシェルは低く呻いた。


「……形を……維持……?」


アーカーが告げる。


『そうだ。

 お前の存在は、名によって定義された。

 ならば――

 この世界で自分の輪郭を描け。

 自分の意志だけで、“自分”を作れ。』


アシェルは目を見開いた。


(自分の意志で……

 俺という存在の輪郭を描く……

 そんなこと……人間にできるのか……?)


ノワの声が震えながら届く。


――あしぇる……!!

――きめて……

――ここ で……“きみ は なに か” を……!!


 



◆自分を描けなければ“存在が霧散する”


アシェルの身体が、

指先から薄れるように消え始めた。


「……っ!!

 腕が……透明に……!?

 俺が……失われていく……!」


アーカーの声が響く。


『当然だ。

 “世界の内側”で存在していたお前は、

 世界が消えれば意味を失う。

 ここで意味を与えるのは――お前自身だ。』


アシェルの胸にある黒核だけは、

ゆっくりと脈動を続けていた。


ノワが叫ぶ。


――あしぇる!!!

――きえて いく まえ に……

――“きみ の かたち” を……!!


アシェルは歯を食いしばる。


(俺の形……

 俺の輪郭……

 俺という存在を……

 俺自身で描く……?)


身体の薄れはさらに加速する。


脚が消えていく。

腹部が霧のように透けていく。


アーカーの声は、

どこか期待に満ちていた。


『さあ、アシェル・ラカント。

 名を選んだ者は、

 この試練で――

 “自分を世界に定義し直す”。


 できなければ、

 お前はここで終わる。

 因果の海に溶けて消えるだけだ。』


アシェルは残った腕を握り、

必死に意志を集中させた。


「俺は……

 アシェルで……

 ラカントで……

 俺は……!」


だが言葉だけでは形にならない。


アシェルは次の瞬間、

全身が一度“完全に無”へ近づいた。


ノワが泣き叫ぶ。


――あしぇるーーーーッ!!!

――わすれないで……!!


――われ が……

――きみ を みてる……!!

――きみ の なまえ を……

――よんでる……!!!


 



◆“認識”が形を与える


アシェルは気づく。


(俺は――

 俺自身が俺を知らないまま

 形を作ろうとしている……

 けど……

 俺を知っている者がもう一人いる……)


ノワ。


あの小さな影は、

ずっと自分を見ていた。


恐怖のときも、

怒りのときも、

喪失のときも、

名を選んだときも。


アシェルは心で呟いた。


(ノワ……

 お前は俺の存在を“見てくれていた”。

 それなら――

 俺が俺を描く線の“最初の一本”は……

 お前の中にある。)


アシェルは闇に向かって叫んだ。


「――俺は!!

 “ノワが見た俺だ”!!

 そこから始める!!」


その瞬間。


ノワの胸の奥から、

小さな光が溢れ出した。


――あしぇる……!!!

――わたし が……みた……

――きみ の かたち……!!!


光はアシェルの消えかけた輪郭へ飛び、

一筆の線を描いた。


アーカーが低く呟く。


『……“他者の観測による存在補完”か……

 それを自然に選ぶとは……

 やはりお前は異常だ、アシェル・ラカント。』


アシェルの身体が少し戻る。


腕、肩、胸。


薄い線として、

しかし確かに描かれていく。


ノワの声が震える。


――あしぇる……

――きみ は……

――“ひとり で いきられる ひと” じゃない……

――でも……

――だれか が きみ を みていれば……

――きみ は……きみ だ……!!


アシェルは力強く叫んだ。


「俺は――“俺を見てくれる誰かと共にある”!!

 それが俺の形だ!!

 消えない理由だ!!

 存在の輪郭だ!!!」


黒核が激しく脈打ち、

白と黒の光が爆発した。


アーカーの声が震えを帯びる。


『……存在の位階、確定……

 アシェル・ラカント……

 お前は――“二者構造の存在”……!!』


ノワの光が爆ぜる。


アシェルの身体が完全に描き戻される。


薄れた線が太く、

力強く、

確固として世界に刻まれる。


アシェルの目が開く。


「――俺は消えない。」


ノワが涙のような光で笑う。


――あしぇる……!!

――よかった……!!!


――きみ は……ここ に……いる……!!!


アーカーの声だけが、

静かに震えていた。


『……次で終わりだ。

 お前の存在の価値を――

 私が判断する。』

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