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カーディア  作者: アデル
第一章 第四項 最深部への門
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16

『最終試練――存在の位階』


 


白い書板が黒へ沈み込んだあと、

世界は音もなく変化した。


アシェルはノワを支えながら、

ゆっくりと立ち上がる。


そこは――

黒と白の“層”が空間そのものとして積み重なる場所。


触れられる“床”や“壁”という概念がない。

ただ、浮くわけでも沈むわけでもない奇妙な位置に、

アシェルとノワは立っていた。


ノワは怯えてつぶやく。


――ここ……

――“せかい の そとば”……

――かんかく が……“うまれる まえ” の ところ……


アーカーの声が、

これまでで最も近く、最も直接的に響いた。


『ここは“因果の階位”の外側。

 世界が世界であるための、最初の深淵。

 お前が辿りつくには早すぎる場所だ。』


アシェルは周囲を見渡しながら言った。


「ここが……世界の外側?」


アーカーは肯定する。


『そうだ。

 お前の名――“アシェル・ラカント”が定義された瞬間、

 世界の構造に歪みが生じた。

 その歪みが“ここへの扉”を意図せず開いた。』


アシェルは息を呑む。


(俺が……扉を開けた……?

 自分の名を選んだだけで……?)


ノワが震えながら言う。


――あしぇる の なまえ……

――とても つよい……

――“せかい に ひかれない なまえ”……


アーカーが告げる。


『普通の名は世界に固定される。

 だが、お前の名は逆だ。

 世界を“こちら側へ固定しようとする”。

 ……まるで、世界が線に引かれていくような感覚だ。』


アシェルは眉をひそめる。


「どういうことだ。」


アーカーは淡々と言う。


『名とは“線引き”だ。

 世界の中に線を引き、自分をそこに置く。

 だが―― “ラカント” は逆の性質を持っている。


 世界の方が、

 お前の名の定義へ“吸い寄せられる”。』


アシェルは言葉を失った。


ノワは小さく呟く。


――だから……

――あしぇる の まわり……

――せかい が……ふるえ てる……


アーカーの声が重くなる。


『本来、こういう性質を持つ者は“存在の位階”が上昇する。

 神でも、精霊でも、魔でもない。

 ただ―― “線の創造者” としての位階だ。』


アシェルは小さく笑い、首を振った。


「俺はそんな大層なものじゃない。

 俺は……ただの人間だ。」


アーカーは冷酷に言い放つ。


『――それが問題なのだ、アシェル・ラカント。

 “人間であること”のほうが、異常なのだ。』


ノワが息を飲む。


――あしぇる……

――いま の きみ は……

――にんげん の かたち を してる……

――でも……なかみ は……“ちがう もの” に なりつつある……


アシェルは胸を押さえた。


黒核が静かに脈打っている。

恐怖ではない。

怒りでもない。

自分を示す確固たる“核の存在感”。


アーカーは続ける。


『名を選んだ者は、位階を得る。

 この塔もまた、かつて“名を選んだ存在”によって作られた。

 私はその“残響”に過ぎない。』


アシェルの目が鋭くなる。


「……今のはどういう意味だ。

 お前は塔の管理者じゃないのか?」


アーカーは沈黙。

数秒の後、静かに言った。


『私は管理者アーカーという“役割”を与えられた存在だ。

 塔の主ではない。

 塔を創った者は――

 “因果の位階を越えた存在”。

 名をもつ者。』


アシェルは息を飲む。


(世界の外側……

 名を持つ存在……

 その残響がアーカー……

 じゃあ塔を創った本体はどこへ……?)


アーカーが告げる。


『“名”は位階そのもの。

 お前が名を得た時点で、私はもう――

 お前を“ただの試練者”として扱えない。』


空間の黒い層がうねる。


アーカーの声が深く響く。


『ここからは最終試練。

 お前が名を持つ者ならば、

 “位階”を持つ者として証明しろ。

 この世界が――

 お前の存在を許容するかどうか。』


ノワが震える声で言う。


――あしぇる……

――この しれん……

――“たおす” とか……“かつ” とか……

――そういう もの じゃない……

――“いきもの として の けっしょう”……


アシェルは深く息を吸いこんだ。


(名を得たからこそ…

 俺はこの世界のどこかの線に触れてしまった…?

 それとも……

 俺は最初から“外側に足をかけていた”のか?)


アーカーが宣言する。


『――アシェル・ラカント。

 お前の名が世界に“居場所を得られるかどうか”。

 その最終判断を行う。

 これが最後の試練。』


黒と白の層が螺旋を描き、

巨大な“門”のような形を作る。


門の奥には――

何も見えない闇。


ノワがアシェルの腕を掴んだ。


――あしぇる……

――これは……

――“おまえ が だれ で ありたいか” の さいしゅう けつろん……


アシェルはノワを見つめて頷いた。


「行く。

 俺は俺を選んだからな。」


アーカーが低く告げる。


『では――入れ。

 “存在の位階”の最終試練へ。

 そこでお前の名の価値が決まる。』


アシェルは一歩、門へ踏み出した。


世界が震えた。

黒核が光った。

ノワが祈るようにアシェルの名を呼んだ。


そして――

彼は、最終領域へ消えた。

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