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『名の宣言――黒核覚醒』
白い書板の世界に、
アシェルの影が揺れ続けていた。
書かれていない。
定義されていない。
誰にも名付けられていない“存在の形”。
ノワはその影を見つめながら、
泣き出しそうな声で呟く。
――あしぇる……
――いま の きみ は……
――“まだ きまっていない こころ” そのもの……
アーカーが告げる。
『そうだ。
お前は今、限りなく“無名に近い”。
――だからこそ、選べ。
お前が“世界と契約する名”を。』
アシェルは目を閉じた。
胸の黒核が、
痛むでもなく、熱くもなく、
ただ――強く脈動している。
ドクン……
ドクン……!
(俺は……
何者なのか。
アーカーに試されて、怒りに浸って、
喪失に縛られて……
だけど……)
ノワが震える声で言う。
――あしぇる……
――なまえ は……“うまれる もの” じゃない……
――“えらぶ もの” だよ……
アーカーが重ねる。
『言え。
お前の核を決める言葉を。
“アシェル”の先にある“お前自身”。』
アシェルは、
長い沈黙のあと――
ゆっくりと口を開いた。
◆
◆アシェル、自らの名を告げる
アシェルは白い書板を真っ直ぐに見据えた。
その瞳は、
迷いの底から浮かび上がってきた光を宿している。
そして――言った。
「俺の名は――
アシェル・ラカント。」
ノワが驚愕に息を呑む。
――あしぇる……!?
アーカーは瞬間、
完全に沈黙した。
◆
◆その名が意味するもの
アシェルは続けた。
「“アシェル”は与えられた名だ。
それは俺の生まれの、外側の定義。
だが“ラカント”は――
俺が世界に刻む名だ。
俺自身が選んだ、俺の線だ。」
名を言葉にした瞬間、
白い書板の世界が強く震えた。
アーカーの声が低く漏れる。
『……“ラカント”……?
お前は……
血筋でも、記録でもなく……
“概念としての名”を選んだのか……』
アシェルは頷く。
「俺は“欠けた存在”じゃない。
『喪失の先で再構築された線』だ。
それを証明するために、
俺は俺自身で名をつけた。
俺は――アシェル・ラカントだ。」
ノワの影が大きく揺れ、
涙のように光をこぼす。
――あしぇる……
――すごい……
――きみ……はじめて……
――ほんとう の じぶん を……えらんだ……
アーカーは静かに震える声で言う。
『……馬鹿な……
“自己定義による名付け”は高次存在の手法……
人間が……例外が……
それをやってのけたというのか……?』
アシェルはアーカーをにらむ。
「俺が人間かどうかなんて、お前が決めることじゃない。
俺は、俺だ。」
アーカーは笑っているのか喉を震わせているのか、
判別できない声で囁く。
『……本当に……
お前という存在は……
計画の外側にいる……!』
◆
◆黒核、完全覚醒
アシェルが名を宣言した瞬間。
胸の黒核が、
眩いほどの輝きを放った。
黒と白が絡み合い、
渦を巻き、
やがて“ひとつの紋章”を形作る。
それはまるで――
アシェル・ラカントという存在の紋章。
ノワが歓声に近い声で泣き叫ぶ。
――あしぇる!!!
――くろかく が……!!
――きみ の なまえ を……
――“うけいれた” の!!!
アーカーの声が震える。
『……第三段階完了……
いや……これは……
“ありえない進化”だ……!』
黒核は静かに脈動しつづける。
怒りでも、悲しみでもない。
愛でもない。
名。
“自己定義”という、
世界を揺るがす力。
アーカーは息を飲んだように言う。
『この名……
“ラカント” の意味は……
おそらく――
お前自身でも気づいていない……』
アシェルは眉を寄せた。
「どういう意味だ?」
アーカーは答えず、
ただ不気味に笑った。
『――続きは次でいいだろう。
試練の最終段階へ進むぞ、アシェル・ラカント。
お前の選んだ名が、
どれほど世界を歪めるか……見せてもらう。』
白い書板が黒に染まり、
世界が音もなく終わった。
そして――
最終領域へ向かう道が開く。




