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『存在の核――名を問う声』
白に弾けた世界が収束し、
次に姿を見せたのは――
「何も書かれていない書板の世界」
床も天井もない。
ただ巨大な“白い書板”が果てしなく広がり、
そこに淡く浮かぶ線がときどき揺れ、そして消える。
ノワはアシェルの背に隠れながら囁いた。
――あしぇる……
――ここ……“ことば の うまれる まえ” の ばしょ……
アーカーの声が、
まるで耳元で囁くかのように近い。
『ここが“存在の核”だ。
ここでは、名前すら仮のもの。
存在は“定義”を問われる。』
アシェルは構えつつ問う。
「定義……?
俺はもう“生きる理由”を言葉にした。
それだけじゃ足りないのか?」
アーカーは淡々と告げる。
『理由は心の起源。
だが“名”は存在の起源だ。
名とは――
“世界がお前をどう扱うか”を決める構造。』
アシェルは拳を握る。
「……俺はアシェルだ。
それで十分だろう。」
アーカーの声に微かな笑みが含まれた。
『違うな。
“アシェル”とは、お前の外側が与えた名。
お前の内側が名乗る名ではない。』
アシェルは言葉に詰まる。
ノワがそっとアシェルの手を握った。
――あしぇる……
――われ は……なまえ が ない……
――だから わかる……
――“なまえ” は……
――きみ が きみ を えらぶ……いちばん たいせつ な もの……
アーカーが言う。
『例外の男。
お前は“自分が何者であるか”を、
一度も定義したことがない。
復讐者、夫、農夫、生存者――
それらはすべて外側の名だ。
私は問う。
“お前は、自分を何と呼ぶのか”。』
◆
◆白い書板に“アシェルの存在線”が現れる
一瞬、書板に黒い線が走り、
それがアシェルの形になった。
だが――
輪郭があいまいで揺れ続けている。
アーカーが告げる。
『これがお前の存在線。
心はある。
意志もある。
生の理由も得た。
だが“名による固定”がないため、
定義が揺らいだままだ。』
アシェルは書板に触れようとするが――
指が触れる直前で線は波紋となり、消えてしまう。
(……俺という存在が……確固としていない……?
そんなはずは……)
ノワが優しく問う。
――あしぇる……
――“きみ が きめた なまえ” を……
――きみ は もってる……?
アシェルは答えられなかった。
(……俺が自分でつけた名前……?
そんなもの……考えたこともなかった……)
理由も、意志も、目標も生まれたのに――
“名”だけが空白。
それが、第三段階の黒核を “安定させない最大の原因” でもあった。
◆
◆アーカーの本心が揺らぐ
アーカーが静かに言う。
『名は、力だ。
名を持つ者は、世界に一つの線を引く。
名を持たぬ者は、世界と混ざり、消える。』
アシェルは睨みつける。
「お前は……何者なんだ。
お前の名は……?」
アーカーが初めて、
わずかな間を置く。
そして短く答えた。
『私は――“アーカー”。
これは私が自ら選んだ名だ。
世界に刻むための名。
因果を操作する者としての名。
私自身の定義。』
アシェルは息を飲む。
(自分の名を自分で選んだ……?
それは……強い……)
ノワが震えながら言う。
――あしぇる……
――きみ は……なに を えらぶ……?
アカーの声が落ちる。
『言葉にしろ。
“お前は何者なのか”。
アシェルという名を捨てろとは言わない。
だが――
“お前が自分をどう定義するのか” を言え。』
白い書板に、
再びアシェルの影が揺れる。
その輪郭に、
黒核の光が微かに灯る。
アシェルは胸の奥に沈んでいた感情を掬い上げるように
ゆっくりと口を開いた。
「俺は……」
ノワが息を呑み、
白い世界が静まり返る。
アーカーの声が重く響く。
『言え。
それが“第三段階の黒核”を確定させる。
そして――
お前という存在が“世界と並ぶ力”を持つ第一歩となる。』
アシェルは心の底から言葉を掘り出した。
(俺は……
何を求め……
何を守り……
何のために在る……?)
そして――
生まれて初めて“自分自身の名”を名乗ろうとした。




