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『実験領域――アーカーの干渉』
白い世界が崩れ、
アシェルとノワは深淵を落ち続けていた。
だが、着地の衝撃はなかった。
気づけば――
二人は“黒い床”の上に立っていた。
黒。
ただ黒。
深淵ではない。
重力も温度もない、
“意図的に作られた黒”。
アシェルは周囲を見回し、息を飲んだ。
(……ここは……
明らかに今までの精神領域とは違う……)
ノワが不安げに震える。
――あしぇる……
――ここ……“とう の そと” の におい が する……
アシェルはぎょっとした。
「塔の外……? 今のはどういう意味だ?」
ノワは影を揺らす。
――とう の なか の しれん は……
――“かんり された うち がわ” の くうかん……
――でも ここ は……
――“かんりしゃ の て” が ふれた あと……
アーカーの声が降りてくる。
『よく気づいたな、ノワ。
ここはもう“試練”ではない。
私の“実験領域”。』
アシェルが構えるように前を睨む。
「実験……?
どういう意味だ。」
『簡単だ。
お前の“生きる理由”が予想の外に出た以上、
私はお前の成長過程を観察する段階へ移った。』
アシェルは怒気を含んで言い返す。
「観察……?
俺を道具のように扱うつもりか?」
アーカーは淡々と言う。
『当然だ。
例外とは“未来の誤差”。
誤差は利用価値がある。』
ノワがアシェルにしがみつく。
――あしぇる……
――あれ……きらい……
――われ の かんじょう を……
――ぜんぶ……こわす……
◆
◆黒核の“副作用”が始まる
突如――
アシェルの胸の黒核が激しく鼓動した。
ドクンッ!!
ドクンッ!!
アシェルは思わず胸を押さえる。
「く……何だ……!?
さっきとは違う……
熱じゃなく……“圧”が……!」
ノワが必死にアシェルの手を握る。
――あしぇる!!
――それ……“さんだんかい” の はつよう……!!
――いま の きみ の からだ じゃ……
――まだ うけとめられない !!
アーカーの声が重なる。
『副作用だ。
第三段階の黒核は、
“生の理由”に従って形を変える。
だが肉体が未対応のままでは――
存在が内部から破綻する。』
アシェルは苦しげに歯を食いしばった。
「クソッ……!!
まだ成長しきっていないのに……
核だけが先に行こうとしている……!」
ノワが震える。
――あしぇる……やめて……!!
――いま は……むり……!!
――きみ が こわれちゃう……!!
アーカーは静かに告げる。
『安心しろ。
ここからは私が“誘導”する。
お前が壊れないように――
調整してやる。』
アシェルは怒りを露わに叫ぶ。
「俺を勝手に調整するな!!
俺の核は俺のものだ!!」
アーカーが答える。
『違う。
黒核は“世界の欠損から生まれたもの”。
お前は器でしかない。』
アシェルの目が赤く光った。
「……なら、器ごとぶち壊してやる。」
アーカーは興味深げに返す。
『その反逆心――悪くない。
だが“器の破壊”は黒核にとって死。
お前は矛盾し、ゆえに面白い。』
◆
◆ノワの異常事態
そのとき――
ノワの影が急激に揺らいだ。
「あ……ぐ……!」
――あしぇる……
――あれ……
――あれ は……ちがう……
アシェルは驚く。
「ノワ!?
どうした!?
何が見えている!?」
ノワは震えながら指を差した。
――あしぇる の うしろ……
――なにか……
――“かげ” が……あしぇる に ついてくる……
アシェルは振り返る。
しかし――
何もいない。
ノワは続ける。
――あれ は……
――“あーかー の のぞみ” が……
――かたち に なろう と してる……
アーカーがその言葉を遮るように言う。
『ノワ。
お前程度の解析では理解できん。
黙っていろ。』
ノワが怯えて縮こまる。
アシェルはアーカーへ怒鳴った。
「ノワに触れるな!!」
アーカーはあくまで冷静だ。
『触れてなどいない。
だがノワという存在は“黒核の副作用”の影響を
最も受けやすい。
お前の核が進化すれば、
ノワも必然的に変質する。』
ノワの影が苦しげに歪む。
――あしぇる……
――われ……こわい……
――きみ の へんか が……じゃなくて……
――“われ の じたい” が……かわる の が……
ノワですら理解できない変化が起きつつある。
アシェルはノワを抱き寄せる。
「大丈夫だ。
変わってもいい。
お前は俺の仲間だ。
それは変わらない。」
ノワは涙のような光を散らした。
――あしぇる……
アーカーが低く言う。
『情動は後にしろ。
次の領域へ進む。
ここから先は――
“実験としての精神干渉”だ。
お前がどこまで“人間でいられるか”
観察させてもらう。』
黒い床が波を打ち、
空間に巨大な“目”が開いた。
“アーカーの観測窓”。
ノワが震え、アシェルの背に隠れる。
――いや……いや……!!
――あれ……“みてる”……
――あしぇる を……!!
アシェルは睨み返す。
「見ろよ。
見た上で――俺が“例外のまま”生きるところをな。」
アーカーは静かに答えた。
『それは期待しよう。
次は――人間の境界を試す。』
黒い床が再び沈み、
空間が別の形へ変質し始める。
アーカーの実験領域。
精神試練の最深部。
アシェルとノワが、
“人間性の極限”に触れる場所へ。




