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『精神試練⑦・後編――答えと覚醒』
白い世界が静止したまま、
アシェルの口元から言葉が生まれかけている。
ノワは固唾を飲み、
アーカーは黙したまま観察している。
アシェルは胸に手を当てた。
黒核が低く脈動している。
(俺は……
復讐のために生きてきた。
それは否定しない。
だが――
“その先”を一度も見ようとしなかった。
恐れたからだ。
自分が空っぽになるのが。
何者でもなくなるのが……)
アーカーの声が落ちる。
『言え。
それが“お前”を決める。
それがなければ……存在は維持できない。』
ノワが震える声で言う。
――あしぇる……
――なに を えらんでも……
――われ は……うれしい……
アシェルは、
大きく息を吸い――
ついに言葉を吐き出した。
◆
◆アシェルの“生きる理由”
「――俺は……」
世界が震える。
「俺は……
“もう一度、人を愛せる自分になりたい”から……
生きたい。」
白い世界に、ひびが入る。
アーカーの声が止まった。
ノワの影が震え、
次の瞬間――涙のような光がこぼれ落ちた。
――あ……
――あしぇる……
――それ……それ が……
――きみ の……“みらい”……
アシェルは続ける。
「復讐の先には虚無しかなかった。
それでも俺は……
“誰かを大切にできる自分”でいたかった。
そのために……生きたいんだ。」
言葉は震えていた。
だが、
その震えは迷いではなく、
“決して逃げない意思の震え”だった。
アーカーは静かに口を開いた。
『……“愛”か。
よりにもよって、その答えか。』
声には、
苛立ちとも焦燥ともつかない揺れが混ざっていた。
『それは最も脆く、最も壊れやすい理由。
だが――
“どの因果よりも強靭に伸び続ける線”でもある。』
ノワが胸の前で手を合わせ、震えながら言う。
――あしぇる……
――きみ は……
――“ただ だれか を まもりたい” じゃなくて……
――“だれか を あいしたい”……
――それ を えらんだ んだね……
アシェルは頷いた。
「そうだ。
復讐ではなく……
憎しみでもなく……
“愛せる自分の未来”。
それが俺の……生きたい理由だ。」
◆
◆黒核、第三段階へ
アシェルの胸の黒核が、
突然激しく脈打ち始めた。
ドクン……ッ
ドクン……ッ!!
黒い光が白い空間を染め上げ、
核の内部に走っていた“白い線”が広がり、
渦を巻くように形を変え始める。
ノワが息を呑む。
――あしぇる!!
――くろかく が……
――“かたち を えはじめてる”!!
アーカーが低く呟く。
『……第三段階へ移行した……
“欠損”が“構造”になりつつある……
アシェルという存在の核が……
独自の体系を作り始めた……』
黒核の光が収束し、
胸に“新しい脈動”が宿る。
その波は、
怒りでも悲しみでもない。
――“生きたい”という、
静かな衝動。
アシェル自身が驚いたように胸に触れる。
(……これが……
俺の……核……?
こんなにも静かで……
力強い……?)
ノワが微笑む。
――あしぇる……
――きみ は……かわった んじゃない……
――ほんとう の きみ に……もどった んだ……
◆
◆アーカーの態度の変化
アーカーの声が落ちた。
『……予想外だ。
ここまでの試練はすべて“破壊による成長”だった。
だが今の答えは――
“再生による成長”。』
アシェルは問い返す。
「それが……悪かったのか?」
アーカーは沈黙し、
次の瞬間――初めて“明確な感情”を含んだ声を出した。
『――悪い。
非常に、計画から外れる。』
ノワが硬直する。
アシェルも息を飲んだ。
アーカーがこんな“人間のような反応”を示すのは初めてだった。
アーカーは続ける。
『お前のような例外は、
本来“怒り”または“喪失”で核を形成するはずだった。
愛を理由に生を選ぶなど……
因果においても稀だ。
いや――
ほぼ前例がない。』
アシェルは目を細める。
「それが……何だ。」
アーカーが告げる。
『お前の存在は、
予測不能の領域に入った。
ここから先は、試練などではない。
――“実験”だ。』
白い空間が音を立てて砕け始めた。
ノワがアシェルの腕にしがみつく。
――あしぇる!!
――にげなきゃ……!!
アシェルはノワを抱え、
崩壊する白の彼方へ駆け出した。
アーカーの声が最後に響く。
『愛などという曖昧な線で自分を構築した例外が、
因果の最深部まで辿り着けるか……
楽しみにしているぞ、アシェル。』
白が砕け、
空間は黒い深淵へ転落した。
アシェルはノワを抱きしめ、
落下の中で目を開いた。
その視線は迷いなく前を向いていた。
(俺は……生きたい。
もう一度、人を愛せる自分になりたいから。
そのために前へ進む。
ここがどんな地獄でも関係ない。)




