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カーディア  作者: アデル
第一章 第四項 最深部への門
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『精神試練⑦――生の理由』


 


紺色の空間が光に溶け、

次に姿を現したのは――

何もない白。


ただ真っ白。


影も、境界も、床も天井もない。

方向の概念すら消えた完全無構造の“白”。


ノワは怯えたようにアシェルにしがみつく。


――あしぇる……

――ここ……いや……

――ぜんぶ の もの が……けしとんでる……


アーカーの声が落ちてきた。


『ここが最後の門。

 “生の理由”を問う領域だ。』


アシェルは眉を潜める。


「……生きる理由……?」


『そうだ。

 恐怖、怒り、拒絶、孤独、喪失――

 それらはすべて“死なないための理由”だ。

 だがお前はまだ、“生きる理由”を示していない。』


アシェルは反論する。


「俺は復讐のために生きている。

 それが俺の――」


アーカーが切り捨てるように言う。


『復讐は“生きる理由”ではない。

 “死なないための理由”だ。』


アシェルは言葉を失う。


ノワが小さく囁く。


――あしぇる……

――ふくしゅう は……きみ の いきる すべて じゃ……ないよ……


アーカーが続ける。


『復讐には終わりがある。

 終わりのある理由は“生き続ける理由”にはなれない。

 生の理由とは――

 “終わりを迎えても消えないもの”。』


アシェルの胸が強く脈打った。


(……終わりを迎えても……消えない……?

 そんな理由が……俺に……?)


アーカーの声は淡々としているが、

どこか深い洞察が含まれていた。


『お前は何度も死から逃げ、

 何度も自分を取り戻し、

 何度も目的を掲げた。


 だが一度も――

 “何のために生きたいのか”を問わなかった。』


ノワがアシェルの袖を握る。


――あしぇる……

――これは……われ も てつだえない……

――“なぜ いきたい のか” は……

――あしぇる にしか……わからない……


アシェルはゆっくり息を吐いた。


「……俺は……

 生きたいなんて……考えたことがなかった……」


妻の顔が浮かぶ。


(妻を守りたかったから生きた。

 失ってからは復讐のために生きてきた。

 それ以外……何も考えていなかった……)


アーカーが告げる。


『喪失、怒り、恐怖――

 それらはお前の“起点”にすぎない。

 だが“理由”ではない。

 理由とは、起点の先に続くものだ。』


アシェルは問う。


「……なら……

 “生の理由”って何なんだ……?」


白い空間が、波紋のように揺れた。


アーカーが答える。


『それを決めるのは――お前だ。

 私は理由を提示しない。

 それは外部から与えられるものではなく、

 本来“自分の内側で産まれる”ものだからだ。』


アシェルは拳を握る。


(……俺の内側で産まれる理由……

 そんなもの……俺に……?)


 



◆白の世界が“問い”を形に変える


空間の白が、少しずつ形を取り始めた。


蝶のような形。

鳥のような形。

人のような形。

すぐに崩れて、また新しい形に変わる。


“定まらない意志”の具現だった。


アーカーが言う。


『お前にはまだ“未来像”が一つもない。

 未来を思い描けない者に、

 生きる理由など生まれようがない。』


アシェルは息を呑んだ。


(未来……

 俺は一度も、未来を考えたことがない……

 復讐の後の自分を想像できなかった……

 だから“存在が薄れた”んだ……)


ノワが少しだけ微笑む。


――あしぇる……

――きみ が みらい を えがく なら……

――われ は……ずっと そば に いるよ……


アシェルは苦しげに言う。


「……未来なんて……

 俺には似合わない……

 俺は復讐者で……

 血まみれで……

 変わり果てた世界を歩くしか――」


ノワが首を振った。


――ちがう……!

――ふくしゅう した あと でも……

――きみ は “きみ の みらい” を えらべる……

――われ は……そう おもう……


アーカーが鋭く言う。


『未来を描け。

 “怒りの先にある自分”を。

 “喪失の先にある自分”を。

 それができなければ、お前はここで存在が途切れる。』


アシェルは目を閉じた。


深い沈黙が落ちる。


(俺は……何のために生きたい……?

 妻を救うためではなく……

 復讐のためでもなく……

 ノワを守るためでもなく……

 塔を壊すためでもなく……

 アーカーを倒すためでもなく……

 その先に……何がある……?)


白い世界が揺れる。


アシェルの胸の黒核が脈打つ。


ドクン……!


ノワが小さく息を呑んだ。


――あしぇる……

――きみ の こころ……

――なにか……うまれ そう……


アーカーが静かに言う。


『言葉にしろ。

 “生きたい理由”を。

 それが、お前という存在の核になる。』


アシェルは、

ゆっくりと目を開けた。


そして、

震えながらも確かな声で言った。


「――俺は……」


白い世界が、

アシェルの答えを待つように凍る。


ノワが息を止める。


アーカーの声が響く。


『言え。

 それが、お前が“例外”となる理由だ。』


アシェルは――


生まれて初めて、“生きたい理由”に触れた。

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