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『精神試練⑤――孤独という深淵』
幻影が砕け散った直後――
空間は一度すべての色を失った。
白も黒もない。
灰ですらない。
ただ、世界から“音”が剥がれ落ちていく。
ノワが不安げに周囲を見回す。
――あしぇる……?
――なんか……さっき と ちがう……
アーカーの声が落ちる。
『拒絶は通過した。
だが、それは“孤独を受け入れた”こととは別だ。』
アシェルは眉をひそめる。
「……どういうことだ。」
『拒絶は線を切る行為。
だが“孤独”は線が一本も結ばれない状態。
お前はまだ、孤独を知らない。』
ノワがアシェルに触れようとする。
だが――
影の手がアシェルに届く直前で、
空間が“無音の光”を発し、ノワを弾いた。
――あっ……!?
アシェルが驚く。
「ノワ!? どうした!」
ノワは苦しげに影を縮める。
――あしぇる に……
――さわれない……!!
アーカーが平然と告げる。
『この領域は“完全孤立空間”。
どれほど想っても、触れることはできない。
声は届く。
だが“関係”は結べない。』
ノワが絶望したように震えた。
――やだ……
――われ は……あしぇる と……いたい のに……
アシェルは怒りを込めて叫ぶ。
「ふざけるな!!
こんな試練でノワを苦しめるつもりか!」
アーカーは冷たく答える。
『ノワを苦しめているのは私ではない。
“お前の孤独の形”だ。』
アシェルは息を飲む。
(俺の……孤独の形……)
◆
◆“誰もいない”のではなく、“誰とも繋がれない”
孤独空間は静かだった。
本当に静かすぎて、
アシェルの心臓の鼓動だけが
世界の全ての音のように響く。
ノワの声が小さく重なる。
――あしぇる……
――きみ の そば に……いる のに……
――さわれない の……こわい……
アシェルの胸が締め付けられる。
(……孤独って……
“誰もいない”ことじゃない……
“誰かがいても届かないこと”なのか……)
アーカーが言う。
『そうだ。
孤独とは、関係が断たれた状態。
お前の恐怖は“自分という存在が世界と繋がれなくなること”。
怒りでも恐怖でも拒絶でもない――
もっと根源的な“切断の恐怖”だ。』
アシェルは心の底で、
その言葉が理解できてしまう自分に気付く。
(俺は……ずっと……
誰かと繋がっていないと……
自分の存在を感じられなかったのか……?)
ノワが小さな声で言う。
――あしぇる……
――きみ は……だれか が いない と
――じぶん を みうしなう よう に できてる……
――でも……
――それ は わるい こと じゃない……
アシェルは静かに答える。
「ノワ……
お前の声は聞こえる。
それで……十分だ。」
ノワが涙のように光る。
アーカーは淡々と続ける。
『声が届くと言っても、
“繋がりが結べない”限り、孤独は消えない。
アシェル――この状態で進めるか?』
アシェルは深く息を吸い、立ち上がる。
(繋がれない……
助けが届かない……
支えられない……
孤独はこんなにも冷たく、息苦しいのか……
でも――)
アシェルは拳を握り、前を向いた。
「孤独でも進む。
孤独だから止まるなんて、
それこそ“俺が俺じゃなくなる”。」
ノワが震える。
――あしぇる……
アーカーがわずかに声を落とす。
『……意外だな。
孤独を恐れ、拒絶できず、怒りで繋ぎ止めてきたお前が……
孤独を一歩で越えるとは。』
アシェルは微笑む。
「孤独を越えるんじゃない。
“孤独のまま前に進む”んだ。」
ノワの影が淡く震え、
その言葉に呼応するように光が灯る。
(あしぇる……
きみ は……ほんとう に……つよい……)
アーカーは一瞬だけ沈黙した。
まるで計算が狂ったような。
『……なるほど。
やはり“例外”……
お前は“線から外れた者”ではなく――
“線そのものを引き直せる者”か。』
アシェルは目を細めた。
「今の言葉……どういう意味だ?」
アーカーは答えない。
ただ。
空間がふたたび“色”を取り戻し始めた。
黒と白が渦を巻き、
孤独空間は幕を閉じる。
同時に――
ノワの身体が“触れられる距離”に戻る。
ノワは泣きつくようにアシェルに抱きついた。
――あしぇる……!!
――よかった……よかったよ……!!!
アシェルは優しく抱き返す。
「ノワ……ありがとう。
お前のおかげで……俺は折れずに済んだ。」
アーカーが静かに告げる。
『孤独を越えたなら――
次は“関係を断つ痛み”を知れ。
拒絶ではない。
“喪失の再定義”だ。』
アシェルはノワを守るように立つ。
「まだ続くんだな。
上等だ。」
『ああ。
お前は例外。
例外は――深部まで削られる必要がある。』
空間がゆっくり変質し、
“喪失の領域” が姿を見せ始めた。




