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『精神試練④――拒絶という名の刃』
空間が崩れるように反転し、
黒と白の層が一度すべて沈んだ。
次に姿を現したのは――
「何もない」場所。
色も、形も、光も、影もない。
ただ、圧迫感だけがある空間。
アシェルは思わず息を呑んだ。
(……何だ、ここは……?
空間の感触すら……存在しない……)
ノワが心細げに寄り添う。
――あしぇる……
――ここ……いちばん……いやな とこ……
アーカーの声が静かに落ちてくる。
『“拒絶”とは、存在を切り離す行為だ。
怒りや恐怖とは違い、
拒絶は“断つ意思”そのものを表す。』
アシェルは眉をひそめた。
「……俺には関係ない。
俺は敵を拒絶したことはあるが……」
アーカーは淡々と遮る。
『敵ではない。
お前自身の話だ。』
「……俺自身?」
『お前はこれまでの人生で、
一度でも“自分が本当に拒絶したかったもの”を、
拒絶できたか?』
アシェルの心臓が、
一瞬だけ止まったように感じた。
ノワが震える。
――あしぇる……それは……
アーカーが淡々と続ける。
『お前は怒りで戦い、
恐怖に抗ってきた。
しかし――拒絶だけは避けてきた。』
アシェルは無言。
『喪失も、裏切りも、運命も。
どんな苦しみも“一度は受け入れて”しまった。
拒むべきものすら、抱えてきた。』
ノワがアシェルの袖を掴む。
――あしぇる……
――ちがう……ちがうよ……
――きみ は……よわかった んじゃ ない……
――やさしかった んだ……
アーカーは冷たく否定する。
『優しさではない。
“拒絶できない弱さ”だ。』
アシェルは歯を噛み締めた。
(……確かに、俺は……
何かをはっきり否定したことがない……
受け入れれば……壊れないと……
どこかで思っていた……)
すると空間が微かに揺れた。
黒いひびのような“線”が広がり、
その奥から人影が現れた。
村の住人。
妻。
仲間。
決して拒絶できなかった人々の“幻影”。
アシェルは息を呑む。
「……なぜ……お前たちが……」
アーカーの声が重なる。
『お前は彼らを愛していた。
だが同時に――
彼らが“お前を縛っていた”ことも事実だ。』
アシェルは拳を握る。
「……そんな言い方をするな……!」
『真実だ。
お前は村を出たかった。
しかし、“拒絶する勇気”がなかったから残った。』
アシェルの胸が痛む。
(……確かに……
俺は、村から出るのを怖がっていた……
拒めなかった……)
幻影が言葉を発し始める。
『アシェル……どこへ行くの?』
『村にいれば幸せだったのに……』
『外の世界なんて必要なかったでしょう?』
一つひとつが、
“記憶に刻まれた声”だ。
ノワがアシェルの前に飛び出し、
影の身体で幻影を遮ろうとする。
しかし――
ノワの影は幻影をすり抜ける。
――あしぇる!!
――さわっちゃ だめ!!
――これは……“きみ の くびかざり の かたち”!!
アーカーが告げる。
『お前が失ったものではない。
お前が“捨てられなかったもの”だ。』
アシェルは苦しげに頭を押さえる。
(……拒絶……
俺は一度も、拒絶なんて……)
幻影がアシェルの足元へ触れた瞬間――
世界が黒く染まった。
◆
◆拒絶できなかった過去が“重み”を持って圧し潰す
幻影が次々とアシェルの身体へ触れてくる。
触れた部分から、
重さが生まれる。
過去の言葉。
後悔。
やり残した選択。
閉じた村の未来。
それらが「重さ」になって
アシェルを押し潰すようにのしかかる。
アシェルは膝をついた。
「く……っ……!!
重い……!
なんだ……この圧力は……!!」
アーカーが告げる。
『拒絶すべきものを拒絶しなかった代償だ。
“重さ”となってお前を停滞させる。
それが拒絶できない者の未来だ。』
ノワが必死に手を伸ばすが、
またしてもアシェルには触れられない。
――あしぇる!!
――たすけたい……でも……
――これ は……あしぇる だけ が
――こえ なきゃ……いけない……
アシェルは苦しみの中で呻く。
「く……そ……!!
俺は……弱かった……!!
拒めなかった……!!
選べなかった……!!」
幻影がアシェルの背へ手を置く。
『戻ってきて。』
『ここにいればよかった。』
『お前は外へ出てはいけなかった。』
アシェルは叫ぶ。
「やめろ……!!
俺は……外へ出たかった!!
俺は……選びたかった……!!」
アーカーが低く言う。
『では、なぜ拒絶しなかった?』
アシェルは口を開けかけ――
言葉が出ない。
(……言えない……
どうして拒絶できなかったのか……
俺は……何を恐れていた……?)
ノワが涙のような影をこぼしながら囁く。
――あしぇる……
――きみ は……ひとり に なる の が……
――こわかったんだ……
アシェルは息を呑む。
ノワは続ける。
――だから……
――すべて を うけいれて……
――“だれ も うらない” って きめて……
――じぶん が きえる の を……
――ひたすら ふせいでた……
アシェルは震える声で言った。
「……そうだ……
俺は……“ひとりになること”が怖かった……
拒絶したら……
誰も俺を必要としなくなると思った……」
アーカーが告げる。
『では――今こそ、真に拒絶してみろ。
“お前の存在を軽くするために”。』
重みに押し潰されながら、
アシェルは立ち上がろうとする。
足は震え。
胸は軋み。
喉は声を失いかけている。
だが、
彼の目は“誤魔化さずに見る意思”で満ちていた。
アシェルは幻影に向かって言った。
「俺は……
全部を背負って生きる人間じゃない……!!
俺は……!!」
胸から、黒核の光が漏れる。
「“俺の人生を選ぶために”世界へ出たんだ!!
だから――」
そして。
アシェルは人生で初めて、
はっきりと口にした。
「――俺は、お前たちを拒絶する!!!」
その叫びは――
精神領域の世界を揺るがした。
幻影は一斉に砕け散り、
黒い重みが霧のように消える。
ノワが泣きながら抱きつく。
――あしぇる……!!
――すごい……!!
――きみ は……できた……!!
アーカーの声が低く震えた。
『……興味深い。
拒絶とは孤独を選ぶ行為。
だがお前は孤独になっていない……なぜだ?』
アシェルは息を整え、答えた。
「……俺の隣には、
“必要としている存在”がいるからだ。」
ノワは涙のように光を溢れさせた。
アーカーは数秒沈黙した後――
静かに告げた。
『では――次は孤独そのものと戦ってもらう。』
空間が再び反転し、
“孤独の領域”が姿を現し始めた。




