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カーディア  作者: アデル
第一章 第四項 最深部への門
56/83

6

『精神試練③――怒りの正体、黒核の本性』


 


透明なアシェルが粉々に砕け散ると、

暗闇は一瞬の静寂を迎えた。


だがその瞬間――

アシェルの胸の黒核が脈動を強める。


ドクン……ドクン……!


(……まただ……

 怒りが、勝手に……湧いてくる……)


アーカーの声が落ちてくる。


『次に扱うのは――“怒り”だ。

 お前をここへ運んだ最初の炎。

 その正体を知る時が来た。』


アシェルは歯を食いしばる。


「怒りなら……俺はずっと抱えてきた。

 妻を奪われ、村を奪われ……

 当然のことだ。」


アーカーは静かに否定する。


『違う。

 お前の怒りは“復讐心”ではない。

 復讐は表層的な言い訳だ。』


「……何だと?」


『怒りは“存在の衝動”。

 自分が“ここにある”と証明するための本能だ。』


アシェルの胸の奥が熱を帯びる。


(……“存在を証明する”怒り……?

 そんなものが……俺に……?)


ノワが震える影で呟く。


――あしぇる の……あの ねつ……

――たしか に……“いきたい” って こえ に きこえた……


アーカーは続ける。


『怒りは破壊のためではなく、

 “自分を保つため”に生まれている。

 黒核の本性も、それと近い。』


アシェルが低く呟く。


「黒核……?」


 



◆黒核の本性が露わになる


空間が裂け、

黒核そのものの“精神側の姿”が姿を現した。


それは――

巨大な黒い“脈打つ円環”。


形を持っているようで持っていない。

輪郭は流れ、ゆらぎ、

中心には空洞が広がる。


アシェルの胸の中の核と同じ速度で脈を刻んでいる。


ノワが目を見開く。


――あれ……あれ が……

――あしぇる の なか の……くろかく……?


アーカーが告げる。


『黒核とは、因果の“欠損”。

 世界の線が途切れた場所に生まれる空洞。

 だが空洞は空洞のままでは存在できない。

 何かで“自分を満たそうとする”。』


アシェルは息を呑む。


(……だから俺の怒りに反応した……?

 欠けた俺の心を埋めるように……?)


アーカーは肯定する。


『怒りは最も強い“存在証明の衝動”。

 だから黒核は、お前の怒りに形を与え、増幅させた。』


ノワが不安げに言う。


――あしぇる の いかり……

――“じぶん を まもる” って こと……?


アーカーは冷たく答える。


『そうだ。

 復讐のための怒りは表層。

 真の怒りは――“消えたくない”という叫び。』


アシェルは拳を震わせた。


(……俺は……

 怒りで世界を恨んでいたはずじゃないのか?

 なのに……

 根っこにあったのは……

 “俺が消えるのが怖い”という感情……?)


黒核の円環が脈打つたびに、

アシェルの視界が赤く染まる。


薄い、だが確かな殺意。


(やばい……

 怒りが勝手に膨らむ……

 黒核が俺を押している……!)


ノワが必死にしがみつく。


――あしぇる!!

――おちついて!!

――われ を みて!!

――われ は ここ に いる!!


アーカーは静かに、残酷に言う。


『怒りの本質を知れ。

 お前の怒りは、お前自身が“壊れないために”必要とした。

 憎しみは理由ではなく、手段。

 だから――』


声が一段低くなる。


『復讐を終えれば、お前の怒りは消える。

 怒りが消えれば――お前の存在も弱まる。

 黒核もまた、お前を保持できなくなる。』


アシェルは息を飲んだ。


(……俺は……

 復讐を終えたら……

 “自分の輪郭を保てなくなる”のか……?)


黒核が雄々しく脈動する。


ドクン!!


黒い円環から、

アシェルと同じ“怒りの影”が生まれた。


それはアシェルの姿をしながら、

赤い瞳でアシェルを睨みつける。


『――オレハ オマエダ。』


ノワが跳ねる。


――あれ……“いかり の しょうたい”……!


影アシェルは、

アシェルとは似ても似つかぬ、

荒々しい気配で言い放つ。


『オマエハ ケスナ。

 オマエガ ケエタラ、

 オレモ キエル。』


影アシェルは拳を構える。


『イカリハ テイギダ。

 ソレヲ ステゴウスルナ。

 ナクスナ。

 ナクナ……アシェル……!!』


アシェルの胸が熱くなり、

呼吸が荒くなる。


(……怒りが……

 “消えること”を……

 こんなにも恐れている……?)


アーカーが言う。


『さあ答えろ、アシェル。

 怒りなくして、お前は存在できるか?』


ノワの声が重なる。


――あしぇる!!

――かなしみ も、いたみ も

――ぜんぶ あって いい!!

――でも……いかり だけ で

――きみ が つくられてる わけじゃない!!


アシェルは震えながら拳を握る。


影アシェルが叫ぶ。


『オレハ オマエダアアアアア!!!

 オマエガ オモッテイル ホド……

 “ジブン” ハ ツヨクナイ!!!』


アシェルは初めて、

その怒りに対し――

真正面から言葉を返した。


「……怒りは……俺だ。

 でも――俺の全部じゃない。」


影アシェルが動きを止める。


アシェルは息を吸い、

胸の黒核へ手を置いた。


「復讐のために怒ったんじゃない。

 俺自身を守るために怒ったんでもない。」


ノワが震えながら聞き入る。


――あしぇる……


「俺は“奪われた命を忘れないために”怒ったんだ。

 怒りは……俺の誇りだ。

 でも――支配させはしない。」


影アシェルの身体に罅が入る。


アーカーがわずかに驚きを見せる。


『ほう……

 その解釈に至るか。

 面白い。

 怒りを否定も肯定もせず、

 自分の意思で位置づけたか。』


影アシェルが砕け、

黒核の円環が縮んでいく。


ノワが光を取り戻し、

アシェルへ抱きついた。


――あしぇる……!

――やっぱり……きみ は……きみ だ!!


アーカーの声が低く響く。


『……では次だ。

 怒りを乗り越えたのなら――

 次は“拒絶”だ。』


空間がひっくり返るように反転し、

新たな試練が姿を現し始めた。


アシェルは目を細める。


「……まだ続くのか。」


『当然だ。

 お前は例外。

 例外は、より深く試される。』


ノワが小さく手を握る。


――いこう……

――あしぇる……


アシェルはうなずいた。


(怒りも……恐怖も……

 全部ある。

 でも――

 俺の存在を決めるのは、俺だ。)


彼の精神は、

以前とは比べ物にならないほど強く揺らいでいた。


だが――

確かに前へ進んでいた。

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