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『精神試練③――怒りの正体、黒核の本性』
透明なアシェルが粉々に砕け散ると、
暗闇は一瞬の静寂を迎えた。
だがその瞬間――
アシェルの胸の黒核が脈動を強める。
ドクン……ドクン……!
(……まただ……
怒りが、勝手に……湧いてくる……)
アーカーの声が落ちてくる。
『次に扱うのは――“怒り”だ。
お前をここへ運んだ最初の炎。
その正体を知る時が来た。』
アシェルは歯を食いしばる。
「怒りなら……俺はずっと抱えてきた。
妻を奪われ、村を奪われ……
当然のことだ。」
アーカーは静かに否定する。
『違う。
お前の怒りは“復讐心”ではない。
復讐は表層的な言い訳だ。』
「……何だと?」
『怒りは“存在の衝動”。
自分が“ここにある”と証明するための本能だ。』
アシェルの胸の奥が熱を帯びる。
(……“存在を証明する”怒り……?
そんなものが……俺に……?)
ノワが震える影で呟く。
――あしぇる の……あの ねつ……
――たしか に……“いきたい” って こえ に きこえた……
アーカーは続ける。
『怒りは破壊のためではなく、
“自分を保つため”に生まれている。
黒核の本性も、それと近い。』
アシェルが低く呟く。
「黒核……?」
◆
◆黒核の本性が露わになる
空間が裂け、
黒核そのものの“精神側の姿”が姿を現した。
それは――
巨大な黒い“脈打つ円環”。
形を持っているようで持っていない。
輪郭は流れ、ゆらぎ、
中心には空洞が広がる。
アシェルの胸の中の核と同じ速度で脈を刻んでいる。
ノワが目を見開く。
――あれ……あれ が……
――あしぇる の なか の……くろかく……?
アーカーが告げる。
『黒核とは、因果の“欠損”。
世界の線が途切れた場所に生まれる空洞。
だが空洞は空洞のままでは存在できない。
何かで“自分を満たそうとする”。』
アシェルは息を呑む。
(……だから俺の怒りに反応した……?
欠けた俺の心を埋めるように……?)
アーカーは肯定する。
『怒りは最も強い“存在証明の衝動”。
だから黒核は、お前の怒りに形を与え、増幅させた。』
ノワが不安げに言う。
――あしぇる の いかり……
――“じぶん を まもる” って こと……?
アーカーは冷たく答える。
『そうだ。
復讐のための怒りは表層。
真の怒りは――“消えたくない”という叫び。』
アシェルは拳を震わせた。
(……俺は……
怒りで世界を恨んでいたはずじゃないのか?
なのに……
根っこにあったのは……
“俺が消えるのが怖い”という感情……?)
黒核の円環が脈打つたびに、
アシェルの視界が赤く染まる。
薄い、だが確かな殺意。
(やばい……
怒りが勝手に膨らむ……
黒核が俺を押している……!)
ノワが必死にしがみつく。
――あしぇる!!
――おちついて!!
――われ を みて!!
――われ は ここ に いる!!
アーカーは静かに、残酷に言う。
『怒りの本質を知れ。
お前の怒りは、お前自身が“壊れないために”必要とした。
憎しみは理由ではなく、手段。
だから――』
声が一段低くなる。
『復讐を終えれば、お前の怒りは消える。
怒りが消えれば――お前の存在も弱まる。
黒核もまた、お前を保持できなくなる。』
アシェルは息を飲んだ。
(……俺は……
復讐を終えたら……
“自分の輪郭を保てなくなる”のか……?)
黒核が雄々しく脈動する。
ドクン!!
黒い円環から、
アシェルと同じ“怒りの影”が生まれた。
それはアシェルの姿をしながら、
赤い瞳でアシェルを睨みつける。
『――オレハ オマエダ。』
ノワが跳ねる。
――あれ……“いかり の しょうたい”……!
影アシェルは、
アシェルとは似ても似つかぬ、
荒々しい気配で言い放つ。
『オマエハ ケスナ。
オマエガ ケエタラ、
オレモ キエル。』
影アシェルは拳を構える。
『イカリハ テイギダ。
ソレヲ ステゴウスルナ。
ナクスナ。
ナクナ……アシェル……!!』
アシェルの胸が熱くなり、
呼吸が荒くなる。
(……怒りが……
“消えること”を……
こんなにも恐れている……?)
アーカーが言う。
『さあ答えろ、アシェル。
怒りなくして、お前は存在できるか?』
ノワの声が重なる。
――あしぇる!!
――かなしみ も、いたみ も
――ぜんぶ あって いい!!
――でも……いかり だけ で
――きみ が つくられてる わけじゃない!!
アシェルは震えながら拳を握る。
影アシェルが叫ぶ。
『オレハ オマエダアアアアア!!!
オマエガ オモッテイル ホド……
“ジブン” ハ ツヨクナイ!!!』
アシェルは初めて、
その怒りに対し――
真正面から言葉を返した。
「……怒りは……俺だ。
でも――俺の全部じゃない。」
影アシェルが動きを止める。
アシェルは息を吸い、
胸の黒核へ手を置いた。
「復讐のために怒ったんじゃない。
俺自身を守るために怒ったんでもない。」
ノワが震えながら聞き入る。
――あしぇる……
「俺は“奪われた命を忘れないために”怒ったんだ。
怒りは……俺の誇りだ。
でも――支配させはしない。」
影アシェルの身体に罅が入る。
アーカーがわずかに驚きを見せる。
『ほう……
その解釈に至るか。
面白い。
怒りを否定も肯定もせず、
自分の意思で位置づけたか。』
影アシェルが砕け、
黒核の円環が縮んでいく。
ノワが光を取り戻し、
アシェルへ抱きついた。
――あしぇる……!
――やっぱり……きみ は……きみ だ!!
アーカーの声が低く響く。
『……では次だ。
怒りを乗り越えたのなら――
次は“拒絶”だ。』
空間がひっくり返るように反転し、
新たな試練が姿を現し始めた。
アシェルは目を細める。
「……まだ続くのか。」
『当然だ。
お前は例外。
例外は、より深く試される。』
ノワが小さく手を握る。
――いこう……
――あしぇる……
アシェルはうなずいた。
(怒りも……恐怖も……
全部ある。
でも――
俺の存在を決めるのは、俺だ。)
彼の精神は、
以前とは比べ物にならないほど強く揺らいでいた。
だが――
確かに前へ進んでいた。




