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『精神試練②――存在の核心と選ぶ意思』
透明なアシェルが、
ゆっくりと手を伸ばし、
本物のアシェルの胸へ触れようとする。
触れられるたびに、
アシェルの輪郭が薄れ、
視界がノイズで満たされていく。
(……だめだ……
意識が……溶けていく……
俺が“俺じゃなくなる”……)
ノワが震える影で抱きつこうとするが、
アシェルの身体は半ば透き通っていて、
ノワの腕はすり抜けるばかり。
――やだ……
――やだよ……
――あしぇる……きえて ほしく ない……
透明アシェルが囁く。
『アシェル。
お前の未来を見せてやろう。』
周囲の空間が波打ち、
“ありえた未来”が広がった。
◆
◆未来①:復讐が終わった後の“虚無”
アシェルがサリエルを倒し、
アーカーを倒し、
すべての敵を消した世界。
そこには戦が無く、
塔も消え、
ただ風が吹いているだけ。
アシェルは独り立っている。
誰もいない。
誰も待っていない。
ノワも存在していない。
アシェルはゆっくりと呟く。
『……俺は……誰なんだ……?』
透明アシェルが答える。
『復讐の炎が消えた後、
お前には“燃やすもの”が残っていない。』
『だから――
お前は“存在の形を保てない”。』
本物のアシェルの心臓が締め付けられる。
(……俺は……復讐の後……
本当に……生きていられるのか……?)
◆
◆未来②:黒核の宿主としての“崩壊”
次に映った未来は、
黒核の暴走が止められなかった世界。
アシェルの身体は黒い線に覆われ、
ノワは抱きしめられたまま砕けている。
黒核は完全な“因果破壊装置”と化し、
アシェルという人格は跡形もなく消えていた。
透明アシェルが静かに言う。
『黒核は元より宿主を守らない。
宿主を“器”として利用するだけの力だ。
お前の意思が弱まれば、
お前は黒核に飲まれて消える。』
ノワが叫ぶ。
――そんな こと させない!!
――われ が……あしぇる を……まもる!!
透明アシェルは首を振る。
『守れない。
お前は今、限界に達している。
この精神領域だけで、
すでに“宿主の影”としての力を使い果たしつつある。』
ノワの影がボロボロと崩れた。
――う……く……
――でも……やだ……
――あしぇる を……なくす の は……
アシェルの胸が裂けるように痛む。
(ノワ……
お前まで……巻き込むわけには……)
◆
◆未来③:存在理由が見つからず“溶けていくアシェル”
最後の未来が映し出される。
復讐も黒核も、
すべてが終わり――
アシェルはただ立っている。
だが――
その身体が砂のように崩れていく。
足が。
腕が。
胸が。
風に吹かれるように、
“存在という形”が保てない。
透明アシェルが重く告げる。
『お前の恐怖の正体だ。』
『――“目的が終われば、自分が消える”という恐怖。』
アシェルは言葉を失った。
それは、
復讐の怒りとも、喪失の悲しみとも違う。
もっと深い。
もっと根源的な。
(俺は……
何かを失うのが怖いわけじゃない……
俺自身がなくなるのが……怖かったのか……)
ノワがかすれた声で言う。
――あしぇる……
――きみ は……きえる ひと じゃない……
透明アシェルは首を横に振る。
『違う。
お前は“目的が自分を形づくる人間”。
目的を失うと形が失われる。
だから恐怖している。
誰よりも。』
アシェルは拳を握りしめ、
震えながら呟く。
「……俺は……
そんな理由で……ここまで来たのか……?」
暗闇の中で、アーカーの声が響く。
『理解したなら十分だ。
お前は所詮、目的を失えば崩れる。
存在の前提が脆い。』
『――だから、私には勝てない。』
アシェルは俯いた。
だが。
その肩を支えたのは――
限界寸前のノワだった。
ノワはほとんど霧のようになりながらも、
アシェルの胸へ影を寄せ、囁いた。
――あしぇる……
――きみ は……けっして……よわく ない……
アシェルはゆっくり顔を上げた。
「ノワ……
お前は、どうして俺をそこまで――」
ノワの答えは、震える光のように優しかった。
――“きみ が きみ で ありつづけよう と してる”
――その ちから が……われ は すき なんだ……
アシェルは息を呑んだ。
透明アシェルが揺らぐ。
アーカーが静かに言う。
『選べ。
存在しない未来を恐れ、ここで消えるか。
恐怖を抱えたまま歩み、例外として生きるか。』
アシェルは、自分の胸に手を置いた。
(……俺は……
“目的のために生きている”んじゃない。
復讐が俺を作ったんじゃない。
俺が“復讐という道を選んだ”んだ。
だから――)
そして、
アシェルは初めて“自分のための言葉”を口にした。
「――俺の存在を決めるのは、俺だ。」
透明アシェルが砕け、
アーカーの精神領域が揺らいだ。
ノワの影が微かに輝く。
――あしぇる!!
アーカーは小さく息を吐く。
『……なるほど。
反論としては、悪くない。
では――次の段階へ進め。』
空間が再び変形し、
第二の試練が姿を現し始める。




