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『静寂の管理層――塔が変わった理由』
サリエルが消えた後の第六層は、
まるで息を潜めたように静かだった。
崩壊しかけた空間がゆっくりと修復されていき、
あの激しい戦闘が嘘のように、
均整の取れた青白い回廊へと姿を戻す。
アシェルは壁に手をつき、
深く息を吐いた。
(……戦いが終わったというのに……
胸の黒核は、むしろ熱を増している……)
ノワがふわりと浮きながら寄り添う。
その身体は薄く、弱々しい。
――あしぇる……
――だいじょうぶ……?
――われ……あんまり……ながく は……もたない……
アシェルはノワの影頭にそっと触れた。
「無理させた。
でも、お前がいてくれたから勝てたんだ。」
ノワは嬉しそうに震える。
――あしぇる が……
――そう いってくれる の が……
――いちばん……うれしい……
だが影の揺れは弱い。
明らかに、限界が近い。
(……黒核の暴走を抑えるために、
ノワは自分の核を削って受け止めてくれた……
このままでは……)
心の中に、焦りが生まれる。
だが進まねばならない。
この先に、妻を奪った全ての元凶がいる。
アシェルはノワを抱き寄せるようにして歩き出す。
◆
◆塔の雰囲気が“変わった”
第六層の出口へ向かう途中、
アシェルは気付いた。
空気が違う。
これまで塔は、
侵入者であるアシェルを排除するために
罠や因果操作を惜しみなく仕掛けてきた。
だが今は――
敵意が薄い。
むしろ、“静かに道を開いている”。
(……何だ……この感覚……
塔が……俺を通すことを前提に動いている……?)
ノワが震えた声で言う。
――あしぇる……
――ここ……“うけいれよ う” と してる……
「受け入れ……?」
ノワは弱々しく頷く。
――きみ が……
――“かんし ゅ” の とびら に ちかづく ほど……
――とう は……“よろこんでる”……
アシェルの背筋が冷たくなる。
(塔が……喜んでいる?
俺がここまで来たことを……?
なら俺に何をさせたい……?)
問いは胸に重く沈んだまま、
第六層の最奥へたどり着く。
そこには――
巨大な黒い門があった。
門は静かに脈動している。
黒核と同じ、低い鼓動を持って。
「……ここが“管理層”か。」
ノワがぼそりと囁く。
――“あーかー” の けはい が……
――すこし する……
アシェルは拳を握りしめた。
(サリエルが最後に言っていた……
アーカーは“世界のためではなく自分のため”に
因果を操作していると……
あいつを倒さなければ、何も終わらない)
門へ手を伸ばした時――
塔の奥から声のようなものが微かに響いた。
『――来い。
例外の男。
私は《管理者アーカー》。』
アシェルの呼吸が止まる。
初めて聞くその声は、
サリエルとは違う。
冷たさすら超越した“無音の音”のようだった。
――ひや……だ……
――あれ は……
――ひと の こえ じゃない……
ノワが震え、アシェルの腕にしがみつく。
アシェルは小さく頷いた。
「……ああ。
間違いなく、あいつが“全ての中心”だ。」
門が静かに開き始める。
奥には――
塔の構造とは明らかに異質な、
黒と白の層が混ざり合う“未定義の空間”。
アシェルは覚悟を決める。
(ここから先は……人の領域じゃない。
だが、戻るわけにはいかない)
ノワが最後の力を振り絞り、言う。
――あしぇる……
――どんな かたち に なっても……
――われ は……きみ の そば に いる……
アシェルは優しくノワに触れた。
「行くぞ、ノワ。
俺の復讐は……今始まる。」
そして――
アシェルはアーカーの領域へ足を踏み入れた。
第四項・管理層突入編、開始。




