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『決着――揺らぐ因果、燃える黒核』
アシェルは一歩踏み出した。
黒核は完全暴走直前、
胸の奥で灼熱の黒い太陽のように脈打っている。
ドクン――
ドクン――!
(……持つのか、俺……?
この一撃で決めなきゃ……もう“俺自身”がいなくなる……)
サリエルは構えた。
その姿は相変わらず美しく整い、
だがその因果線の奥――
一本だけ揺らぐ線がある。
アシェルはそれを見据えていた。
「――行くぞ、サリエル」
サリエルは静かに答える。
「来い。
破壊者か、修復者か。
お前が何者か……この一撃で決まる。」
ノワがアシェルの背へ寄り添う。
――あしぇる
――きみ が きめた みち だ
――われ は どこ に でも ついていく
――たとえ……“きえる” こと に なっても
アシェルは拳を握りしめた。
「お前を消させない。
ノワは……俺が守る。」
ノワの影が震えた。
――ありがとう……
――あしぇる……
◆
◆黒核、最終暴走
アシェルが踏み出した瞬間――
黒核が完全に目覚めようとした。
《――オマエハ モウ ニンゲンデハナイ》
《――コワセ コワセ コワセ》
《――ゼンブ ナクナレバ イタミハ ケセル》
アシェルの意識が黒へ飲み込まれかける。
(駄目だ……!
この声に……任せたら……戻れない……!)
ノワが叫ぶ。
――あしぇる!!
――われ の こえ を きいて!!
――きみ は まだ にんげん!!
――きみ は “あしぇる” だ!!
その声が鎖のようにアシェルを引き留めた。
アシェルは黒核の叫びを押し潰すように吠えた。
「黙れ……!!
復讐は……俺がやる!!
俺の意思で……俺の拳で……!!」
黒核の力は、
アシェルに支配されていない。
逆にアシェルが支配しているのでもない。
ただ、この瞬間――
「アシェルの意思」が黒核を上回った。
◆
◆決着の一撃
アシェルが踏み抜くように走り出す。
その動きは“未来が存在しない動き”。
ゆらぎ、矛盾し、予測できない。
サリエルの目が初めて広がった。
「読めない――だと……!?」
空間が割れる。
影が伸びる。
ノワがアシェルの背を押す。
――いけ!!
――あしぇる!!!
アシェルの拳が、
サリエルの“揺らぐ因果線”へ向かって突き刺さった。
ドガァァァァン――!!!
光が爆発し、
空間がひっくり返るように揺れた。
サリエルの身体が後退し、
足元の因果線が崩れ落ちる。
その瞬間――
サリエルの体から“音のようなため息”が漏れた。
「……やはり……
お前は……例外中の例外だ……アシェル……」
アシェルは息を荒くしながら睨む。
「倒れろ……サリエル。
俺はまだ……塔の奥へ進む……!」
サリエルは膝をつきながらも、
どこか安堵したように言った。
「……アーカーの言葉を……覚えているか。」
アシェルは眉をひそめる。
「誰が……あんな奴の言うことなんか……」
サリエルは静かに微笑んだ。
生者の笑みとは違う、薄い影のようなもの。
「“世界を修復するためには、
価値の低い領域を切り離せ”」
アシェルは吐き捨てるように言う。
「お前もあの思想に染まっているのか……?」
サリエルは首を振った。
「違う……アシェル。
アーカーは……“世界のためではない”。」
「――“自分のために世界を書き換えている”。」
アシェルの心臓が大きく跳ねた。
(自分の……ため……?
あれほど冷たい存在が……
そんな個人的な理由で……?)
サリエルの声がかすれる。
「私は……観測者であり……
観測された因果の集合体……
お前とは違い、世界に“命令されて生まれた”。」
その言葉は哀しさすら帯びていた。
「だから、自由意思を持つお前に……
勝ちたいとは……本当は思っていなかった……」
アシェルは驚く。
(サリエル……
お前……そんな感情が……)
サリエルは立ち上がれないまま言った。
「アーカーのもとへ行け……アシェル……
あの男だけは……世界を本当に滅ぼす……」
「お前なら……止められる……
“破壊者でも修復者でもない、お前なら……”」
ノワがアシェルの手を握る。
――いこう
――あしぇる
――この さき へ……
アシェルは軽く頷き、
倒れゆくサリエルを見下ろした。
「……サリエル。
お前の言葉は信じない。
だが――」
アシェルはゆっくりと拳を下ろした。
「お前の“意思”は受け取った。」
サリエルは目を閉じ、
安らぐように言った。
「……ありがとう……例外の男……」
そして彼の因果線は静かに消え、
第六層に静寂が戻った。
ノワがアシェルの胸へ飛びつく。
――あしぇる!!
――だいじょうぶ……!?
――くろかく……おちついてる……?
アシェルは深く息を吐いた。
「……ああ。
ノワのおかげだ。」
ノワが弱い声で言う。
――われ……すこし……うすく なった……
――でも……まだ だいじょうぶ
アシェルはノワの頭に手を置く。
「無理をさせて悪かった。
絶対に、お前を消させない。」
ノワの影が震え、
嬉しそうに光を灯した。
そして、
塔の奥から低く響く声が聞こえてきた。
『――黒核保持者アシェル。
当層突破を確認。
次層:〈管理層・アーカー領域〉を開放する。』
アシェルは深く息を吸い――
前を向いた。
「行くぞ、ノワ。
俺はまだ復讐を終えちゃいない。」
ノワが頷く。
――いっしょ に……
――どこ までも
こうしてアシェルは、
塔の最深部へと歩みを進めた。
その背に燃えるのは、
復讐の火。
そして“世界そのものへの問いと否定”。
第一章・第三項 完。




