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カーディア  作者: アデル
第一章 第一項 谷間の農村ロマル
5/83

5

 塔が崩れた直後から、村の空気は明らかに変質していた。

 まるで見えない手が村全体をつかんでいるような、圧迫感。

 夜でもないのに光が弱くなり、視界に薄い靄がかかっている。


「アシェル、肩……震えてる」

「大丈夫だ。走るぞ、エルマ!」


 二人は村の中央へ向かって駆けた。

 集会場の前にはすでに数人の村人が集まっていた。


「塔が……塔が勝手に崩れたんだ!」

「誰もいじってないのに!」

「空も変なんだ、そらを見ろ!」


 村人たちが騒ぎ、泣きそうになっている子供もいる。


「村長は!? 村長はどこだ!?」

「さっき、見回りに出たまま戻ってきていない!」


 嫌な予感が、アシェルの背筋を這い上がる。


(村長さん……大丈夫なのか……?)


 



 


「アシェル……どうするの? 私たち……」


 不安に押しつぶされそうなエルマの声。

 アシェルはその手を取った。


「まず、村長を探す。それから、状況を見て避難を――」


 言いかけた瞬間、

 村の外れの方で、風が逆流する音 が響いた。


 ヒュオォォォォ……

 村人全員がそちらの方向を見る。


「あ……あれ……」


 エルマの声が震えていた。


 ロマルの村を囲む森。

 その一部がゆっくり――

 “沈んでいた”。


 地面が崩れたのではない。

 木々が地中へ吸い込まれるように沈んでいく。


「な、なんだあれは!」

「地盤沈下か!? いや、違う……木が……消えて……」


 エルマがアシェルの胸にしがみついた。


「アシェル、こわいよ……ねえ、あれなに、なにが起きてるの……?」


 アシェルは答えられなかった。

 森が沈む。その境界線が、少しずつ村の方へ移動している。


(これは……自然現象じゃない)

(まるで……空のひびと同じ現象が地面にも……)


 理解の範疇を超えた“因果構造の乱れ”。

 素人でも直感的にわかる異常。


 



 


「アシェル!!」


 村の少年ラルスが泥だらけの顔で駆けてきた。


「やばい、やばいんだ!! 村長が……!」


「村長がどうした!?」

「村長が、森の方で……裂け目に……」


 アシェルは心臓が凍りつくのを感じた。


「案内しろ!」


「だめ! 行っちゃだめ!!」


 エルマが腕を掴んで叫んだ。


「アシェル、あそこは……あそこは絶対に……!」


「エルマ、村長を放っておけない。あの人は……俺たちを守ろうとしてる」

「わかってるよ……わかってるけど……!」


 エルマの目に涙がにじむ。


「アシェルがあそこに行ったら……二度と会えない気がする……!」


 アシェルの胸が締めつけられた。

 エルマの不安はただの怯えじゃない。

 もっと深いところから来ているような“本能的警告”だった。


(……それでも俺は……)


 アシェルはエルマの頬にそっと触れた。


「必ず戻る。俺はエルマを置いて死なない」

「そんなの……信じたいけど……信じてるけど……! 怖いよ……!」


 エルマの声が震えるたび、アシェルの胸が痛んだ。


「ただの確認だけだ。森には入らない。村長を連れ戻すだけだ」

「約束だよ……? 絶対だからね……?」


「絶対だ」


 その“絶対”が後に、

 アシェルの人生を最も苦しめる鎖になる。


 



 


 ラルスに案内され、アシェルは森の手前まで来た。

 木々が沈んでいる部分はすでに“巨大な陥没のような穴”となり、

 土砂が吸い込まれるように消えていく。


(これは……空のひびと同じ……世界が削れている……)


「ここだよ……ここで村長が……」


 ラルスが震える指で指した先――


 地面に、縦に走る亀裂 があった。


 空のひびと同じ形。

 細く、深く、まるで存在の層を切ったような亀裂。


 亀裂からは光も風も漏れない。

 逆に周囲の音が吸い込まれていく。


(まずい……これは、近づくだけで危険だ)


 アシェルは慎重に足を進め――


 何かを見つけた。


「村長……!」


 割れ目のすぐ近くに、

 村長ハルドの杖が落ちていた。

 折れ、焼け焦げたような跡がある。


 その先に――

 布切れのようなものが転がっている。


 服だ。

 村長が着ていた服の一部。


(まさか……ここで……消えた……?)


 喉がひゅっと締まる。


「村長は! 村長はどこ!?」


 ラルスが泣き叫ぶ。


 アシェルは周囲を探す。

 しかし――

 “気配がない”。


 生の気配も、死の気配も、残滓すらない。


 まるで最初から存在しなかったかのように。


(これは……殺すとか、事故じゃない。

  存在が奪われた ……そんな感じだ)


 理解不能な恐怖が背骨を締めつける。


 そして、確信した。


 この現象は村全体を飲み込む。

 必ず。近いうちに。


 



 


「ラルス、村に戻るぞ! 今すぐ避難の準備を――」


 そう叫んだ瞬間。


 背後で、

 パキィッ……!

 と、村の方向から音がした。


 振り返る。


 村の空に――

 大きなひび割れが走っていた。


 今までとは比にならない規模。

 夕陽を裂くように、空が割れていく。


「……嘘だろ……」


 声が漏れる。


 エルマがいる方向だ。


 アシェルの足が震え、心臓が跳ね上がる。


「エルマ……!」


 アシェルは全力で駆け出した。


 今はもう理屈も分析もない。

 ただ一つの叫び――


 エルマを守らなければ。


 その一心だった。

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