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『決着前夜――黒核暴走封印と観測者の弱点』
空間がねじれ、光が砕け、
第六層はほとんど戦場というより“崩壊する理論空間”と化した。
アシェルの黒核は、
胸の奥で“別の心臓”のように鼓動し始めていた。
ドクン……
ドクン……!!
「……ぐ……っ……!」
黒い線がアシェルの皮膚を走り、
腕、胸、首筋へと広がっていく。
ノワが泣き声のように叫ぶ。
――あしぇる!!
――このまま じゃ……
――“きみ” が いなくなる!!
アシェルは息を切らしながら答える。
「……分かってる……
でも……黒核が……止まらない……!」
黒核は囁いている。
《――タタカエ》
《――マワリヲケシ、タダノコアニナレ》
《――オマエノ ヒトトシテノ カチハ ムダ》
その声に、
アシェルの意識が薄れかけた――が。
ノワがアシェルの胸に飛び込み、
自分の影の核を重ねるように抱きしめた。
――あしぇる の ねつ……
――われ が うけとる……
――すこし だけ……!!
アシェルは驚く。
「ノワ!?
そんな事をしたら、お前が――!」
――だいじょうぶ じゃ ない……
――でも……あしぇる が いなくなる より……
――ずっと まし
ノワの影が熱を吸収し、
黒核の暴走がほんの少し緩む。
だが代償として、
ノワの身体は白く薄れていく。
アシェルは必死に叫んだ。
「ノワ!! もうやめろ!!
お前が消えたら……俺は……!!」
ノワは揺らぎながら微笑む。
――あしぇる は
――だれ か を まもる ちから が ある
――それ が きみ の ほんとう の かたち
――われ は……その ちから を
――すこし かす だけ……
アシェルの胸が痛む。
(……俺を守るために……
ノワが自分を削っている……
こんな力……欲しくなかった……!)
◆
◆サリエルの“変化”
サリエルが静かにアシェルを見つめていた。
その表情は――戦士のものではない。
観察者。
そしてどこか、“羨望”すら混じった眼。
「……アシェル。
未分類因果体とここまで深く結びついた人間を見たのは初めてだ。」
アシェルは怒りを込めて返す。
「これは絆だ。
分類なんてくだらない枠に押し込むな!!」
サリエルはかすかに目を伏せる。
「分類は……逃れられぬものだ。
私は“観測されるために存在する因果体”だ。」
アシェルは目を細める。
「……今のは……どういう意味だ?」
サリエルは答えない。
ただ、手のひらを広げると空間の一部が割れ、
青白い光が波紋のように広がった。
「そろそろ決着をつける。
お前の黒核が暴走する前に。」
アシェルの胸が再び苦しげに脈打つ。
ドクン……!!
黒翼の影が背から広がり、
アシェルの足元の影が深く沈む。
ノワが完全に抱きしめて抑え込んでいるにも関わらず――
暴走はもう止まらない。
(……このままだと……
黒核が俺の意識を飲む……!)
◆
◆致命的弱点の発見
サリエルが構えた瞬間――
アシェルの視界が“暗い線”で覆われた。
世界が黒と白の層に分かれ、
サリエルの身体を構成する因果線が見える。
アシェルは思わず呟く。
「……見える……?
サリエルの因果が……」
ノワが震える声で言う。
――あしぇる の め が……
――“かくとく した”
――くろかく の しそく……
――すべて の いと を “みる まなこ”
アシェルはその光景の中で、
一本だけ“異質な線”があることに気づく。
(……あれは……?)
サリエルの全身を構成する線の中で――
1本だけ、微かに“揺れている線”があった。
固定されていない。
選択されていない。
存在が定まりきっていない。
(あそこだ……
あれを切れば、サリエルは形を保てなくなる……!)
ノワが小さく頷く。
――わかった の!?
――あしぇる……すごい……!!
サリエルはまだ気づいていない。
「来い、アシェル。
私を越えられるか、示してみろ。」
アシェルは構えた。
黒核が暴走する直前のギリギリで、
人としての意思がまだ残っている。
その意思で――
アシェルは一歩前に出た。
「サリエル……
お前の弱点は見えた。」
サリエルは目を細める。
「ほう……?」
アシェルは黒核の光を押さえつけながら言った。
「お前の存在は“観測された結果”でしかない。
だから――
その“結ばれきっていない線”を断てば……
お前は存在できない。」
サリエルの目が初めて揺れた。
「……何……?」
アシェルは拳を構えた。
「次で終わりだ。」
ノワが影を広げる。
――いこう……あしぇる……
――“けっちゃく の いっせん” だ
サリエルが構え直す。
「来い。
破壊者アシェル。」
アシェルは暴走寸前の黒核を抱えて――
決着の一撃へと踏み出した。




