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『第六層:干渉層──白衣の観測者サリエル』
第五層を抜け、
アシェルとノワが踏み入れた第六層は――
これまでとはまるで違っていた。
空間は静止している。
風も、光の粒子も、揺れもない。
あるのは“息をひそめた世界”だけ。
ノワが小さく呟いた。
――あしぇる
――ここ は だれ か が “みている”
――とても ちかく で
アシェルは一歩踏み出し、気配を探った。
(……いる。
この空間の中心に、意識がある……
俺を“観測”し続けていた奴だ)
その瞬間。
空間が裂けるように揺れ、
白い線が集まり――
一人の“男”へと形を成した。
白い外套。
仮面のような無感情な顔。
黒髪は静かに流れ、重力すら拒むように浮いている。
アシェルは拳を握りしめた。
「……サリエル」
白衣の観測者はゆっくりとアシェルに視線を向けた。
「久しいな、アシェル・レイヴ。
お前がここまで到達したのは……正直、驚きだ。」
ノワが敵意を露わに影を膨らませる。
――おまえ が
――むら を きえさせた!!
サリエルは無表情のまま答える。
「正確には違う。
ただ、命令を実行しただけだ。
無価値区域の削除は、“アーカー”の判断だ。」
アシェルの呼吸が荒くなる。
「だったら俺はお前を憎まないと思うのか……?」
サリエルは僅かに肩をすくめた。
「憎しみは好きにしろ。
ただし、お前は誤解している。」
「俺はな……
お前たちの村が“死ぬ”瞬間すら観測していない。」
アシェルが目を見開く。
「どういう意味だ……?」
サリエルは淡々と語る。
「“削除”とは、生死を扱う行為ではない。
存在を“無かったこと”にする処理だ。
だから、死ぬ瞬間など発生しない。」
アシェルは怒りで声を震わせた。
「……ふざけるな!!
消されたのも、死んだのも同じだ!!
俺にとっては失ったんだ!!」
サリエルはわずかに首を傾げた。
「理解はする。
だが、事実としてお前は“被害者ですらない”。
お前たちは最初から──」
ノワが吠えるように叫ぶ。
――いう な!!
――あしぇる の こころ を きる ことば!!
サリエルはノワに視線を向けた。
「……未分類因果体。
お前は本来、破棄されるべき存在だ。
宿主への依存が強い。」
ノワは影を震わせる。
――おまえ に
――われ の なん が わかる!!
サリエルは冷たく言った。
「理解している。
お前は“修復者に寄生できるよう設計された”
本来なら未完成の因果生物だ。」
アシェルはノワを守るように前に出た。
「黙れ。
ノワは“俺が選んだ存在”だ。」
サリエルはここでほんのわずか、表情を変えた。
驚き。
いや――“興味”。
「……なるほど。
だからお前は黒核暴走を抑えられたのか。」
「アシェル。
お前は、修復者として完成する可能性を持っている。
なぜそれを捨て、復讐などという下劣な目的に使う?」
アシェルは睨み返す。
「それが俺の歩く道だからだ。」
サリエルはため息のように言った。
「……分かっていないな。
修復者とは世界を全面的に“治す役割”だ。
お前が修復者として完成すれば、
因果の傷は塞がり、
人類は再び統一される。」
アシェルはゆっくりと首を振った。
「俺は“世界のため”なんて興味はない。
俺は……俺の大事なものを奪った力を壊すために存在する。」
「だから俺は……
修復者じゃなく、“破壊者”として歩く。」
ノワの影が天井まで広がった。
――そう!
――あしぇる は “のぞんで こわれよう と してる” んじゃない
――“まもる ため に こわす” んだ!!
サリエルは沈黙し、
やがて深く息を吐くように呟いた。
「……アーカーが、お前を危険視した理由が分かった。」
「だが、今ならまだ間に合う。
黒核を解放すれば、お前は修復者へ戻れる。」
アシェルはその誘いを即座に拒絶した。
「お前たちの“正しさ”は全部嘘だ。
犠牲を正当化してるだけの、効率主義の亡霊だ。」
サリエルの表情が、初めて揺れる。
「……アシェル。
お前は“世界の敵”になる。」
アシェルは真っ直ぐに言った。
「違う。
俺が敵にするのは“世界を狂わせた中心”だ。」
◆
◆サリエルの最後の言葉
サリエルは静かに手を挙げた。
空間が軋み、光が逆流する。
「……良いだろう。
ならばここで、お前を試す。」
「修復者ではなく破壊者を選んだお前が、
本当に“世界に値しない存在”なのかどうか。」
アシェルが黒核に手を添える。
ノワが後ろから支える。
――あしぇる
――かつ
――きみ の みらい は きみ が つくる
サリエルは白衣を翻し、
空間全体を戦闘領域へ変換した。
「では――アシェル。
破壊者としての力、見せてもらおう。」
アシェルはまっすぐにサリエルを見た。
「お前からだ。
お前を越えなければ、村にも妻にも顔向けできない。」
そして、
第六層は戦闘の光で満たされ始めた。




