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『第五層:記録編纂層——消された真実』
第四層の歪みを抜けた先は、
一転して“静寂”だった。
中央には巨大な柱。
その周囲には無数の書架が広がり、
光の粒子が漂う図書館のような空間。
しかし、書物は存在しない。
代わりに――
透明な板状の“記憶片”が浮かんでいる。
アシェルは思わずつぶやいた。
「……情報の倉庫か。
塔が集めた“世界の破壊記録”……」
ノワが不安げに寄り添う。
――あしぇる
――ここ は “きおく の かそう”
――せかい の しゅうり に つかわれた
――“とうか の きおく” が あつまってる
「修理……?
塔は世界を修理しているつもりなのか?」
――ちがう
――きみ の いった とおり
――“こうり づける” ため の しゅうせい
――ただ の しょうもう だ
アシェルは奥へ進んだ。
◆
◆村の記録
透明の記憶片が一つ、
アシェルの前へふわりと浮かんだ。
“閲覧対象者:黒核保持者
記録番号:0148・農村区域
項目:削除理由/価値評価報告”
胸がざわつく。
(……俺の村だ)
アシェルは手を伸ばす。
触れた瞬間――
記録が解放される。
空気が震え、声が流れ始めた。
『区域0148。
因果密度:低。
価値貢献指数:0.03%。
住民の遺伝因果潜在:平均以下。
未来寄与:極小。
維持コストに対し効率が悪い。』
アシェルの心臓が圧し潰される。
(……数字で……
俺たちの命が……)
続く声は冷たく、淡々としていた。
『推奨対応:削除。
削除後の因果波形:安定化。
抵抗反応:観測なし。』
アシェルは歯を食いしばる。
「抵抗反応……?
抵抗できるわけないだろ……
村ごと消されたんだ……!!」
ノワがそっとアシェルの背に触れる。
――あしぇる
――なきたい とき は
――なけば いい
アシェルの瞳が震える。
(……泣かない。
その時じゃない)
記録はなおも続いた。
『実行者:〈白衣の観測者〉サリエル。
監督者:〈上位観測者》』
アシェルは目を見開いた。
「……白衣の観測者の名前……サリエル……
そして、上の存在……アーカー……」
ノワがすぐに反応する。
――“あーかー”
――それ は きけん
――あしぇる は まだ しらない ほう が……
しかしアシェルは記録の続きを掴んだ。
『アーカー評価:
“当区域は世界整合性の低下要因となりうるため削除は妥当”』
アシェルは拳を震わせた。
(サリエル……
お前が村を消した。
だが、命じたのは――アーカー。
白衣の観測者すら、歯車の一つに過ぎないのか……)
ノワが不安げに揺れる。
――あしぇる
――きみ の こころ が
――しずんでる……
アシェルは静かに答えた。
「まだ沈むわけにはいかない。
もっと深い真実があるはずだ。」
◆
◆塔の“事故記録”
別の記憶片が、アシェルの手を引くように光った。
【記録:黒核発生源/異常事例8201】
アシェルは息を呑む。
(黒核……俺の胸のこれか……)
触れた瞬間、記録が再生された。
『黒核とは、因果修復機構の“副次発生物”。
本来は世界の根源因子へ返還されるはずだった。
しかし8201番事件において——
黒核は“人間個体に宿った”。』
ノワが声を震わせる。
――あしぇる
――それ は……
アシェルは記録を見つめた。
『宿主:アシェル・レイヴ
状況:区域0148削除直後
黒核が安定化し、宿主の因果値を上書き
“修復者”としての可能性が発生』
アシェルは絶句した。
(……俺は……村を消した“瞬間”に、塔の力を受けて……
修復者に……?)
塔が静かに語りかける声が降りてきた。
『アシェル。
あなたは本来、世界を修復する存在だった。
破壊者ではない。
復讐は誤りです。』
アシェルは怒りに目を燃やした。
「世界を修復する?
そのために村を消したのか?
妻を犠牲にしたのか?」
塔の声は揺るがない。
『世界全体の価値のためには、
犠牲は必要です。』
アシェルの拳が震える。
(……こいつは……
“犠牲の価値”を当然として話している……)
その時――
ノワが鋭い声を上げた。
――あしぇる!!
――きょくぶ の きろく を みて!
ノワが指差した記憶片には、
短い文が刻まれていた。
『副産物個体“ノワ”
本来の役割:黒核安定器
発生理由:宿主の精神保護のため生成
属性:未分類因果体』
アシェルは驚愕する。
「ノワ……お前は……
俺を守るために生まれた?」
ノワは小さく頷いた。
――うん……
――われ は “あしぇる の こころ が よんだ”
アシェルはそっとノワに触れる。
「……ありがとう。
お前がいなければ、俺は今ここにいない。」
ノワの影が震え、
その胸の位置に弱い光が灯る。
――あしぇる
――われ は “きみ の ため に いきたい”
アシェルは笑った。
悲しく、しかし強い笑み。
「お前がいてくれるなら、俺は進める。」
◆
◆塔の声が再び響く
『閲覧過多。
被験者アシェル、精神状態が危険域に到達。
これ以上の情報開示は推奨されません。
下層への進行を止めなさい。』
アシェルはゆっくりと立ち上がる。
「止まらない。
真実を知っても、俺の意思は変わらない。」
ノワが隣で言う。
――いこう
――“もっと ふかい ところ” へ
――あしぇる の てき は
――まだ さき に いる
アシェルは歩き出した。
その歩みは、
破壊者か修復者か、
未来を決めるものだった。
塔もまた震え、
次なる層への扉を開く。




