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『第三層:因果分岐室——選ばれなかった未来』
第二層が崩れ落ち、
アシェルとノワは暗い風穴へと落ちていった。
落下の速度は速いのに、
空気の流れはない。
やがて――
ふわりと足元に柔らかな衝撃があり、
アシェルは静かな空間へと降り立った。
そこは、鏡張りのような床と壁の部屋だった。
上下左右すべてが虚無の反射。
だが鏡にはアシェルしか映っていない。
ノワが震える声で言う。
――あしぇる
――ここ は “みらい の へや”
――きみ の あるく かち
――その えらび を ためす ばしょ
アシェルは息を整えた。
(また価値か……
塔は徹底的に俺を“判断”の枠に押し込もうとしている……)
その瞬間。
空間がふっと揺らぎ、
足元に“影”が現れた。
影は形を取り、
ひとりの青年になった。
アシェルは息を呑んだ。
「……これは……」
青年はアシェル本人。
だが、穏やかな笑顔をしていた。
両腕には作物の束を抱え、
背後には村の景色が広がっている。
そして――
彼の隣には、アシェルの妻がいた。
◆
◆“あったかもしれない未来①:村が生き残った場合”
穏やかなアシェル(別未来)が笑って言う。
「こっちの未来では、村は消されなかった。
お前は戦場に行くこともなく、
ただ普通に、妻と幸せに生きている。」
アシェルの胸が痛む。
(……これが……
もし村が消されなかった場合の未来……)
ノワがアシェルを見上げる。
――あしぇる
――こころ が ゆれてる
アシェルは唇を噛む。
「当たり前だ……
こんなの……見せられたら……」
妻の笑顔。
村の暖かさ。
平穏な日常。
すべてが“奪われたもの”。
別未来のアシェルが続ける。
「復讐なんてしなくていい未来は……
ここにあるんだよ。」
アシェルは声を荒らげた。
「そんな未来は……
もう存在しない!!」
影の未来は静かに溶けた。
◆
◆“あったかもしれない未来②:妻だけが生き残った場合”
次に現れたのは――
“負傷しながら生き延びた妻”。
痛みに耐えながらも、
それでも生きようとしている姿。
そして彼女は言う。
『どうして私を助けてくれなかったの……?
アシェル……どこにいたの……?』
胸に突き刺さる言葉。
アシェルは拳を握った。
(……俺はあの日、
助けられなかった……
救えなかった……)
涙がこぼれそうになる。
だがノワがそっと手を握る。
――あしぇる
――ちがう
――きみ は にんげん
――ぜんぶ は すくえない
アシェルは静かに目を閉じた。
「……それでも、俺は……
お前のために歩いている」
妻の影は涙を浮かべ、そして消えた。
◆
◆“あったかもしれない未来③:復讐を選ばず軍を出た場合”
次に現れたのは、
くたびれた軍の制服で酒場に座るアシェル。
腫れた目で酒を飲み、
疲れ切った声で言う。
「戦いたくなかった……
復讐も怖かった……
だから俺は逃げた……
そして何も守れなかった……
何も手に入らなかった……」
アシェルはその未来に対し、
哀れみとも怒りともつかない感情を持った。
「……それも俺だ。
だが俺は、逃げたくなかった」
影の未来は砕けた。
◆
◆塔の本当の目的が透けて見える
部屋全体が震えた。
塔の無機質な声が響く。
『被験者アシェル。
複数の未来から“最適未来”を選択せよ。
選択しない場合は、存在の価値が曖昧と判断され――』
ノワが怒りで震えた。
――あしぇる
――こいつ ら は
――きみ に “こう なってほしい” と きめてる
――きみ を “ゆるい かたち” に おとしたい
アシェルは冷静に塔へ向かう。
「塔……お前の目的が分かったぞ」
塔の声が一瞬沈黙する。
アシェルは言葉を続ける。
「俺に“後悔を選ばせる”つもりだったんだろ?
自分の意思で選んだ未来より、
“選ばなかった未来”の方が正しいと、
俺に認めさせたいんだ。」
塔が淡々と返す。
『後悔は価値と同じ。
自我を弱め、選択を委託させる。
それが合理的です。』
アシェルは笑った。
冷たく、覚悟を宿した笑み。
「――俺は後悔を選ばない。」
塔の音声が急激に乱れる。
『判定不能……精神パラメータ逸脱……不適合……』
アシェルは叫ぶ。
「俺は“もう存在しない未来”に縋らない!
選ばれなかった未来なんて……
全部まやかしだ!!
俺が歩くのは――俺だけの未来だ!!」
黒核が強く光る。
鏡のような床が砕け、
壁も割れ、
天井は消え――
塔は敗北の音を立てた。
ノワが震えながら言う。
――あしぇる……
――“こわかった”……
アシェルはノワを抱き寄せるように影に触れた。
「怖がらなくていい。
俺は……俺の未来を、誰にも渡さない」
部屋が崩れ落ちる。
その先には、
第四層へ降りる暗闇の階段が開いていた。
塔が小さく呟く。
『……後悔なき者。
あなたは……塔にとって想定外……』
アシェルは答える。
「復讐者に後悔なんて必要ない。」
ノワが静かに頷いた。
――つぎ へ いこう
――“ほんとう の てき” に ちかづく
アシェルは階段を降りた。
覚悟は揺るがず、
道はただ一つ。
“塔の中心”へ。




