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『塔の入口――因果で組まれた警備網』
地下の残響層から戻ったアシェルは、
ゆっくりと塔の外壁沿いに進んだ。
塔は、夜空を貫く巨大な円柱。
白く滑らかな外壁は無機質で、
触れただけで“冷たさではなく空虚”を返す。
ノワが塔を見上げて囁いた。
――ここ は
――“ひと の ため の いえ” じゃない
――むしろ “きみ の てき を うむ ため の いえ”
アシェルは眉をひそめる。
「……つまり、この塔は“研究施設”というより、
何かを生み出す“巣”みたいなものか」
――そう
――せかい の きのう が
――ここ を とおして “でてきた”
アシェルは黒核が脈打つのを感じた。
残響層で触れた“根源因子”の記憶が
胸の奥で刺激となり、黒核がざらついている。
(……近づくほど不安定になる……
ノワがいなければ、暴走していたかもしれない)
ノワが優しく影を寄せた。
――きみ は くずれない
――われ が そば に いる
アシェルは息を整えた。
「なら行こう。
塔の内部へ」
◆
◆塔の入口――そこに“人間の警備”はいなかった
塔の正面には、巨大な扉がある。
ただし、守りは兵士ではない。
人の気配がまるでない。
アシェルは扉に手を近づけた。
……そのとき。
空気が波打ち、
アーチ状の入口に“透明な膜”が浮かび上がった。
次いで――
そこに人影が現れた。
兵士。
……だが、人間ではない。
身体が薄いガラスのように透け、
内部で無数の文字列が流れ続けている。
(これは……因果データで作られた“模擬体”……!
人間を基にした構造だけど、本質は“因果コード”だ)
ノワが低く唸る。
――これは “ひと を まねた もの”
――だれ か が ひと を “くみかえて” つくった
アシェルは目を細める。
(これは……白衣の観測者の技術ではない……
もっと冷たく、もっと機械的……)
一体のミミック兵がアシェルを見て、
淡い機械音声を発した。
「識別不能。
因果波形――外部規格。
対象を危険と判断。封殺プロトコル起動――」
アシェルは反射的に手を伸ばす。
「来るな」
――パキィン。
空間がひび割れ、
兵の未来が“消去”される。
ミミックの身体は、
砕けるように崩れた。
ノワが目を細める。
――あしぇる
――つよく なった
アシェルは首を振る。
「違う。
“敵に近づくほど”……
俺の黒核が反応して勝手に……」
――それ でも きみ
――じぶん で えらんだ みらい を つかんだ
アシェルは黙ったまま前に進む。
◆
◆塔内部――空間が拒絶する
扉を潜ると、内部は巨大な螺旋通路になっていた。
だが、普通の構造ではない。
壁が脈動し、
床が波打ち、
階段が無音で伸びては縮む。
(……塔そのものが“生きている”……?
いや、これは……因果の組み替えだ)
ノワが説明する。
――この たてもの は
――“いんが を しろい もの たち が つかい”
――じぶん の かたち を かえている
「つまり、固定された建築物じゃないんだな」
――きみ を おとしいれる “わな” に なる
アシェルの眉が動く。
(やはり……入ること自体が試練のようなもの……)
進むほどに、
塔全体が彼の存在を拒絶しているのを感じた。
そして次の瞬間――
廊下の奥に“白い影”が立った。
◆
◆白衣の観測者の“残滓”
アシェルの心が凍る。
(あいつ……!!)
しかし、その姿は揺らめいていた。
完全な存在ではなく、
塔内部に残った“因果の残響”だった。
白い観測者の声が遠くから響く。
『試験個体アシェル・レイヴ。
侵入を確認。
塔内部の構造は、お前の黒核と反応する。
進むほどに――“自我の境界”が曖昧になるぞ。』
アシェルは低く唸る。
「忠告のつもりか?
それとも誘いか?」
声は淡々と答える。
『どちらも同じだ。
お前はここで――“進化する”。』
ノワが怒りを帯びて前へ出る。
――しずまれ
――あしぇる を みだすな
白い観測者の残響は一言だけ残し、消えた。
『塔の最深部で会おう。
お前の未来を……評価する。』
アシェルの胸が激しく脈打つ。
(……ルートの影響で、黒核が暴れようとしている……
でも、止まるわけにはいかない)
アシェルは拳を握りしめた。
「奥へ行くぞ、ノワ。
俺は――この塔そのものを壊す覚悟だ」
ノワは影の手を差し出した。
――いこう
――あしぇる と われ は
――“きょうどう たい” だ
アシェルはその手を握り――
塔内部の螺旋へと踏み出した。
塔は彼の侵入に応じて、
内部構造をゆっくりと“敵意ある形”へ変えていく。
だがアシェルは怯まない。
復讐の影を背負い、
進むべき先はただ一つ。




